鬼たちのぶつかる希望
「山田沙紀さんですね。こちらが、端末と隊服です。」
ニコリとビジネススマイルを浮かべる女性から、一式を受け取った。
そう、それだけ。それだけで、鬼の選ばれた者のみが入れるという鬼導隊への手続きは終わった。
「こんなに、あっさりでいいのかな?」
沙紀は、政府機関の建物から出ると、思わず本音が漏れた。
首をかしげていた沙紀は、いきなり手首を捕まれた。
グンっと、引っ張られる衝撃に、沙紀は驚いた。
「ちょっと、アンタ何考えてるわけ!?」
血相変えた泉希が、ものすごい力で手首を握っている。
その様子に沙紀も血の気が引く。そして、自分が何をしたのだろうかと必死に考えた。しかし、答えは出てこない。
「え、えっと…?」
情けないけど、沙紀はそんな言葉しか出なかった。
「アンタね、鬼の頭領の推薦を蹴って他のトコに行くなんて馬鹿じゃないの!?」
「で、でも、推薦だし。」
まくしたてる泉希に、オドオドしながらも、沙紀は言い返した。
「推薦って言葉でも、それが菊さまの希望ならそれに従うのが私達の生きる道なの。アンタ、村八分にでも、遭いたいわけ?」
その言葉に、沙紀は凍りついた。確かに泉希の言うことにも一理ある。少なからず、沙紀は菊の厚意を踏みにじっている。
「とにかく、筋だけは通しなさい!村八分だけは回避よ!」
泉希は呆然としている沙紀をグイグイと引っ張って行く。
そうかと思えば、急に止まるので、沙紀は泉希にぶつかった。
痛いと思ったが、そんな文句を言える雰囲気でもないので、黙っていると、泉希はこちらをくるりと見る。
「言っとくけど、アンタのためじゃないから。高貴がこの件の責任を取らされないようにするためなんだからね!!」
そう言い切ると、泉希はまた沙紀を引きずっていった。
「そう、鬼導隊に入ることにしたの。」
「はい。き、菊さまが頭領屋敷で働けるように推薦して下さったのに、すいませんでした。」
菊と向かい合う沙紀の指は震えが止まらない。
「そうねえ。少し残念ね。私の傍で支えて欲しかったのだけれど…。」
菊は怒りもせず穏やかにそう言った。
「そんなに言っていただけて嬉しいです。」
菊の様子にほっとした沙紀は、つい素直にそう言ってしまった。
そのとき、菊の様子が変わった。
「なら、今からでもここで働くのはどうかしら?あちらには私から言っておくから。」
菊は穏やかな笑みを浮かべながらそう言うが、二人の間にある空気は少し冷たくなる。
菊は、とても冗談を言っている様子ではない。むしろ、否とは言い出せない雰囲気で沙紀に選択を迫っているのだ。
今度、菊の希望に背けばそれは無知故の誤りとはみてはくれない。
頭領への反抗になる。
沙紀の頭の中は、ぐちゃぐちゃになっていた。
「これはね、私の希望でもあるけれど、あなたのためでもあるの。」
黙り込む沙紀に菊は優しい言葉で選択を迫る。
(私のため?)
沙紀はその言葉に引っかかっていた。
自分のための答えは何だろうかと沙紀は考えた。
すると、頭はクリアになって一つの答えが浮かんだ。
「すみません、菊さま。」
沙紀にとっての、「自分のため」の答えは一つだ。
それを言おうと、沙紀は息を吸い込んだ。
「失礼します!」
沙紀の言葉を遮るように、凛々しい声とともに襖が開いた。
そこに立っていたのは、高貴だった。
「何の用かしら?今、彼女と話していたところだったのだけれど。」
高貴は何も言わぬまま、沙紀より少し前に座って、菊を見据えた。
「沙紀は鬼導隊に入るべきだと思います。」
沙紀は思ってもいなかった言葉に驚いた。
「どういうことかしら?」
菊も思ってもいなかったようで、怪訝そうな顔できいた。
「沙紀は、十六年間も人間として暮らしてきました。人間の社会で任務をこなす鬼導隊には、彼女の力が必要になると思います。」
その言葉に菊はため息をついた。
「あなたの理由にも一理あるわ。正直に言いましょう。私はね、沙紀をみすみす危険にさらしたくないの。」
菊は困った顔で、駄々をこねる子供を見るかのように、高貴と沙紀を見た。
しかし、高貴はいまだしっかりと、菊を見据えていた。
「菊さまのおっしゃることも分からなくもないです。しかし、『護る』ということは、危険にさらさないことだけではないと思います。強さを身につけさせることも、また、『護る』ことだと思うんです。」
高貴の言葉に沙紀は聞き入ってしまっていた。こんなに、他人が自分のことを思って語ってくれているのは、初めてだった。
「それでも、もし、任務で危険があれば、私が全力で守ります!!」
高貴は強い眼差しでそう言い切った。
一方で、沙紀の鼓動は大きく鳴り出してしまう。
菊はまたため息をついた。
「いつから、そんなに弁の立つ子になったんでしょうかね。」
高貴は、その時、我に返ったように頭を下げた。
「申し訳ありません。生意気なことを言いました。」
「いいえ、次期頭領なのですから、このぐらいなければ困ります。」
「それじゃあ…。」
「いいでしょう。沙紀の鬼導隊入隊を認めましょう。」
そう言って、菊は軽く微笑んだ。
「もう!アンタたち、私の寿命を縮めるつもり!?」
菊の部屋を離れると、ドキドキしながら待っていたであろう泉希が二人を出迎えた。
「特に、高貴!あそこは、この子に頭領屋敷で勤めるよう言うべきとこでしょ!」
「なんだ、盗み聞きか?」
「今は、そんなこと関係ないでしょ!」
相変わらず、怒っている泉希に高貴は呆れた顔で対応していた。
「そんなことより、もうすぐ、夕餉の時間じゃないか?」
「っ!もう、こんな時間!?とにかく、アンタも高貴にこれ以上、迷惑かけないでよね!!」
そう言い放つと泉希は忙しそうに、廊下を小走りで去っていった。
二人きりになった沙紀は、高貴の顔を見上げた。
「高貴さん、先ほどはありがとうございました。あんなに言ってもらって嬉しかったです。」
「大したことじゃないよ。俺も俺が思ったことを言ったまでだし。まあ、師匠としては、弟子の願いを叶えてあげたいしね。」
沙紀は、師弟関係を大事にしてくれることをうれしく思いながらも、弟子だからかと少し寂しい気持ちになった。
「だって、外に行きたかったんでしょ?」
高貴の突然の言葉に沙紀は固まった。
「やっぱり、図星かな?まあ、普通に会いたいもんね、家族とか。」
優し気な瞳で高貴は、微笑みかけた。
この師匠には隠し事はできないなと沙紀は心の中で苦笑した。それでも、頬がいつもより熱を帯びていることは隠しておきたい、そう思った。
「はい、会いたいです。こんなことが理由で入隊するなんて、失礼かもしれないですけど。」
「いいんじゃないかな。俺だって、その気持ち分かるしね。」
「え?」
沙紀は、思ってもいなった言葉に聞き返した。
「あ、そっか。言ってなかったね。俺、菊さまの養子だから、本当の子供じゃないんだ。」
いや、それは知ってるけどと沙紀は思ったが、続く高貴の言葉に耳を傾けた。
「それでもって、赤ん坊の時に捨てられてたから、本当の親に会ったことないんだ。」
そんな大層なことを平気そうに、高貴は言う。
「だから、家族に会いたい気持ちは、少し分かるよ。」
ただ、高貴が平気そうな顔を繕っても、少し傾き始めた日の光に照らされて、その顔は切なく見えた。




