★王
やさしそうな人だ……。
生まれて初めて会う、この国の王を見てルナはほっと胸をなでおろした。
いくつもの好奇と疑惑の視線を浴びながら、ルナは宮殿の一室へと通されたのだった。
白髪混じりの髪は、きちんと整えられ、口ひげに少し隠された口元は微笑んでいるようにも見える。決して大柄ではないのに、圧倒的な存在感を放つ国王を前にし、ルナはしばらく立ち尽くしてしまった。
「そなたがルナ・アーネスか」
「はっ、はい!」
緊張して返事すらまともにできないルナに構わず、王は静かに続けた。
「ルナよ、よくぞここまで来た。そなたの父ベン・アーネスの名を久しぶりに耳にしたが、私はその名をよく覚えておるぞ」
「あ、ありがとうございます! 父は……、父は王様との謁見を申し出た後、すぐに行方不明になってしまいました」
「あぁ、知っておる。そなたの父は20年前から起きておるバケモノ騒ぎについて重大な情報があると私に文をよこしたのだ」
「えっ……!?」
一体、どういうことなんだろう? お父さんは何も言ってなかった……。
「そなたも知らなかったようだな。だがな、文にはそれ以上記されてはおらんかった。おそらく私に直接話すつもりだったんだろう。ただ……」
「ただ?」
「ただ、何者かからの情報が元になっておるようだった。それが何なのかは私には分からん」
「……」
ルナには1つ思い当たる節があった。しかし、ルナにとってもかなり不確かな上に、絶対に黙っておくべき事のような気がした。
「そなたは死んだはずの父親を探しに行くと申しておる。森や砂漠で何が起こっておるのかは残念ながら私にも未だに分からん。私が派遣した兵は、全員収穫なく戻ってくるか、全員戻ってこないかどちらかだった」
王はひとつ溜息とも言えぬ音をもらした。
「そなたのような少女に通行証を出したと知れたら、私は子供を見殺しにする残酷な王だと言われるだろう」
「そんな……!」
「よいか、ルナよ。私はこの国の王だ。王であるべき以上、民の安全を優先しなければならぬ。だがな……、だが、そなたが私の戦士だと申すのなら別だ」
「!!」
「ふっ、私は頑固で融通が利かないと言われておろう?」
「い、いえ、そんなことはっ……」
「ふっ、それはそなたも同じだろう? そなたの瞳を見れば分かる。ルナ・アーネスよ」
「はいっ!」
「そなたは今から私の、この国の戦士だ。通行証を発行する。そして必ずこの王都へ戻って参れ」
それは手の中でずっしりと重く、ひんやりと冷たかった。
通行証を握りしめながら、ルナはふらふらと王都クレスタ最初で最後の門をくぐった。
私、王様に会った……! 会って、通行証を手に入れた!!
急に全身を不思議な感覚が走り抜ける。それは達成感だろうか、昂揚感だろうか、ルナが生まれて初めて感じるものだった。
はたから見ればボンヤリと突っ立っているだけのルナの背後で声がした。
「大した女だな」
一瞬、ガレスかと思ったが違った。
ほとんど日も暮れ、薄暗い中で、その男の金髪は白く浮いて見える。
「あっ、先ほどは本当にありがとうございました……!」
この男がいなかったら今頃どうなっていただろうか。
頭を下げて礼を言うルナに男はズンズンと近づく。
「ソレを使って何をするつもりか知らねえが、戻ってきたらお前をオレの嫁候補の1人にしてやってもいいぜ」
「えっ?」
きょとんとするルナの顎を、男はまたもクィっと持ち上げる。
「まあ、今日の礼はこれで許してやる」
突然、ルナの唇にふわりとやわらかいものが触れた。一瞬、何が起きたのか分からなかった――が……。
えっ!? ええ―――――!?!?
ルナが目を白黒させた時には、もう男の唇は離れ、あの不適な笑みが目の前にあった。
ルナは思わず後ずさり、どうしていいか分からず踵を返した。
「……気に入ったんだ。死ぬなよ。」
口元を押さえ、走り去るルナの後姿を見つめながら、男はひとり呟いた。
ドスン、ドスン、ドスン、ドスン……!!
今のルナに効果音でもつけるとしたら、こんな音ではないだろうか。
「今のお前がオレに乗ったら、背骨に立派なヒビが入りそうだな」
「……」
ルナは先程あの男にされた事を思い出す。
初めてだったのに! 初めてだったのに! 初めてをあんなチャラチャラした軽そうな男に……! 頭がいいなんて思った私がバカだった!
怒っているはずなのに、頬が熱くなってしまう自分にも腹が立った。
ルナにはほとんどと言っていいほど、恋愛経験がない。15で働き始めてからは、店の常連に声をかけられることはあったが、どれもルナとは親子程歳が離れている大人が、冗談でからかってくるものばかりだった。
「通行証の他にも、得たモノがあってよかったな」
ガレスはそんなルナを見て、少し楽しそうだ。
「ガレス! からかわないでよ!」
人間の若い女ほど扱いにくいものはない、が、一緒にいて飽きはしない……と、ガレスは心の中で付け足したのだった。
「ガレス、明日は寄る所があるわよ! 今日は疲れたからいっぱい寝てやるんだからっ!」
ルナは無駄に大きな声でガレスに一方的に話しかけるのだった。




