王都の男
翌日、一行はクレスタへの道をひたすら進んでいた。このまま行けば今日の夕刻には到着するだろう。
しかし、そこからがまず第一の関門だ。通行証を手に入れることができなければ、この道を引き返し、全てを諦めることになる。
この国には、あらゆる所に関所が置かれていた。そう聞くと窮屈で閉鎖的だと思われるかもしれないが、これは外的危険から国民を守るための王の強い自国愛の表れでもある。
外的危険とは他国からの侵入者はもちろん、今では得体の知れないバケモノも含まれる。
リューナ国王は温和な性格だと言われている一方で、頑固で融通が利かないと囁かれていることもルナは知っていた。
お父さんが王様との謁見を要請したのはもうずいぶんと前の話……。果たして王様はお父さんの名前なんかまだ憶えていらっしゃるのかな……。
ルナがそんな考えに耽っていると、急にガレスの歩が止まった。
「おい……、着いたぞ。ここからは降りろ」
顔を上げるとルナは大きく瞳を見開いた。
「ここが、王都クレスタ……」
「あぁ、正確にはあの門の先からだがな」
少し先の大きな門の前には、屈強な兵士が4人。おそらくこの先にも同じような門があり、そこにもこんな兵士がたくさんいるのだろう。
そして、ルナが写真でしか見たことのない王宮の立派な屋根に、国章である月のモチーフの装飾が西日を浴びてキラリと光った瞬間、ルナの全身から汗が噴き出した。
握っていた手綱が震える。
私、とんでもない所に来ちゃったんだ……。
「おいっ! 聞いているのか? はやく降りろ」
「う……うん」
ガレスから降り、地面に足をつけようとしたが、ルナは膝から崩れ落ちてしまった。
足に力が入らない……!
へたりと座り込むルナをガレスが一瞥する。
「ルナ……、お前の目的は何だ?」
ルナはガレスを見上げた。ガレスはゆっくりと静かな口調で続ける。
「オレの目的はノアを見つけることだ。いいか、ルナ、オレはお前を利用する。ノアの声はなぜかお前にしか届かん。そんなお前を利用してオレは目的を遂げる。お前の父親がどうなっていようとオレの知ったことではない。オレはお前の父親をエサにしたんだ」
ルナの表情がみるみる険しくなっていく。その瞳がガレスをきっと睨んだ。
「だがな……、それはお前も同じはずだ。馬なしでここから先に進むことは不可能だ。そもそもお前はオレが現れる前に父親を探そうと思い行動に移したか? 何もしてないだろう? お前にはキッカケが必要だった。それがオレだ」
ガレスの声がルナの頭にわんわんと響く。
「ルナ、立て。お前が今すべきことは何だ」
――今、すべきこと……私が――
ルナはゆらりと立ち上がり、ゆっくり前を見据えた。
「ガレス、ありがとう」
そして門兵の前まで行くと、ルナは一つ大きく息を吸った。
「なっ、なんだ貴様は!」
「ここはガキの来るような場所じゃない! 帰れ!」
手前の門兵2人がルナに長い槍を突きつける。
が、ルナは構わず口を開いた。
「無礼を承知でやって参りました!! 私はルナ・アーネスと申します! 通行証をいただきに参りました! 王様との謁見を願います!!」
叫んだ。一気に叫んだ。
「なに……! 通行証だと!? ふざけるな! 貴様、通行証がどういうものか分かって言っているのか!?」
「まさかお前……! さては密入国者の手先か!?」
「おいっ、貴様、一体いくらで雇われた? 雇い主を言え! 答えによっては貴様は生きては帰れんぞ!!」
片方の門兵が突然ルナの背後に回り込み、ものすごい力で押さえつける。そしてもう1人がルナの首元に槍の先を突きつけた。
「ぐっ……!」
思わず呻き声が漏れる。
まさかここまで疑われるとは思っていなかった。
しかし、こんな所で諦めるわけにはいかない。ルナはなおも大声で続けた。
「私は決して密入国者の手先などではありません! 行方不明の父を探すため、通行証が必要なのです! 父の名はベン・アーネス! 王様はご存知のはずです!!」
ガレスは背後で状況を窺っていた。
このままではルナの身が危険かもしれない。隙をみて門兵を蹴り倒し、ルナを連れ去って再度出直すか……。
ガレスがそう考えはじめた時だった。
ギィ……と突然門が開き、1人の男が現れた。
「おい、一体なんの騒ぎだぁ? 何だお前らぁ、女押さえつけて何してる?」
ゆるいウェーブのかかった金髪の、気だるそうな顔をした男。
「大佐! この怪しい女が王との謁見を要求してきました! おそらくこいつは密入国者の手先です!」
「こいつは父親と王が知り合いだとか理由をつけて通行証を手に入れ、密入国者にまわすつもりです! 捕えて牢にぶちこんでやります!!」
「違います!! 私は決して怪しい者ではありません! 通行証は父を探すために必要なんです! 本当です! 信じてください!!」
大佐と呼ばれた男は門兵と装備は似ていたが、左腕には国章のついた腕章をつけている。顔には不適な笑みを浮かべ、その表情からは何を考えているのか分からない不気味さがある。
この男に捕まったら終わりだ……!
ルナは直感的にそう思った。
「ほおぉ……、1人で乗り込んでくる女は嫌いじゃねぇぜ」
男はそう言いながら、門兵に押さえつけられて今にも顔が地面にぶつかりそうなルナに近づいた。
目の前で黒光りする革のブーツがジャリっと音を立てる。
「でもなぁ、お嬢ちゃん、ウソはもっと上手につかねぇと――」
男がルナの顎をつかんでクィっと上げた瞬間、目が合った。
「!?」
男の目が見開く。
「おい……、お前、いい顔してんな……」
「!?」
ルナは驚いたが、その男の視線から目をそらすことができない。
この人、強い……。
この人はとても強い、そして、それだけじゃない。
頭がいい……。
「お嬢ちゃん、名前は?」
「ル……、ルナ・アーネスです」
「親父の名前は?」
「ベンです、ベン・アーネス……」
しばらくの間の後、男はニタリと笑って言った。
「お嬢ちゃん、いや、ルナちゃんよぉ、ちょっとそこで待っててくれよ。オレ、ルナちゃん気に入ったぜ」
そして、ふらりと門へと歩き出した。
「た……、大佐!?」
「待ってください、大佐!」
「おい、お前らぁ、あんましルナちゃん痛くすんじゃねぇぞ。おかしなことしてみろ、後ろの馬に骨の1、2本やられるぞ」
大佐と呼ばれる男は振り返ることなく、門の中へと姿を消した。




