ノア
ルナとガレスは都市アルブを抜け、西に位置する王都クレスタへの道を進んでいたが、夕刻に出発したためにだいぶ辺りは暗くなっていた。
「今日はここらで休むぞ」
ガレスはそう言うと突然道を外れ、低木が茂っている小さな林へと入る。
人けのない林の中は鬱蒼としていてさらに暗かったが、ルナはガレスと一緒だと思うとあまり怖くはなかった。
持って来た小さなランプに火を灯し、硬いパンをかじる。さっき家を出たばかりなのに、もう母親の作る温かい豆のスープが恋しくなってしまった。
「後悔しているか?」
隣のガレスと目が合う。
体と同じで真っ黒だと思っていたその瞳は、ランプの炎に照らされて美しい深緑色をしていた。
「ううん、そんなことない……。だって、お父さんが生きているかもしれないんでしょ?」
少し強がっている……かもしれない。
「あぁ、こないだも言ったが、断言はできないがその可能性はある」
「ところで、なぜあなたは人間の言葉を話せるの?」
ルナはまず1番に気になっていたことを聞いた。
「……それは必要だからだ」
期待はしていなかったが、案の定よく分からない答えが返ってきた。そんなルナを察してかガレスは続ける。
「お前は少しカン違いをしているようだが、オレは実際に話しているわけではない。お前の脳へ送り込んでいると言ったところだ。まあ、所謂、テレパシーのようなものだ」
「えっ!? そ、そうなの!?」
動物には不思議な力があるとは思っていたけど、まさかそんなことができるなんて!
「あぁ、だがこれは全ての人間相手にできるものではない。お前の母親に対しても無理だった。いや、むしろこれが通じるのは本当に限られた、ごく一部にのみだ」
先程の母とガレスのやり取りを思い出して、ルナは納得した。
そして、何かがひっかかった。
これがテレパシーというのなら、もしかして……!
「あの夢!!」
「あぁ、鈍いお前でも気づいたか。お前の夢はおそらくあいつが故意に見せている。だが、なぜかオレたちには届かなかったから苦労した。おかげでここまで来るのに何年もかかってしまった……」
「じゃ、じゃあ、お父さんが生きているかもしれないってことは、やっぱりあの白馬はノアなのね!」
ノアはアーネス家で飼われていた馬だ。父はノアを溺愛していたし、ノアは彼の良き相棒でもあった。仕事には必ず連れて行き、休日も乗馬や釣りにと行動を共にしていた。
そして、父が消えた日も一緒だった。
「そうか……、あいつはこっちでもノアと名乗って――」
名乗る!?
「おいっ!どうしてその名を――」
ルナは興奮して、ガレスの言葉がほとんど頭に入っていない。
ノアがテレパシーを送ってきてるってことは、ノアがまだ生きてるってことで、ということはお父さんも一緒にいる可能性が高いってことで!
「ガレス!! 私を迎えに来てくれてありがとうっ!!」
ルナは気持ちが昂って、思わずガレスの首に抱きついた。かじりかけのパンがコロンと乾いた草の上に転がる。
ガレスは驚いて仰け反ったが、フゥと鼻を鳴らしてルナを見た。
「おいっ……、興奮するな。まだ可能性があるというだけだと何度も言っている。バラバラになっていることも考えられる上に、どこにいるのかも分からんのだぞ。そもそも生きている保障はないんだ」
人間の若い女ほど扱いにくいものはない、という噂は本当だな……とガレスは思った。
喜怒哀楽が激しい上に、こいつに限っては思い込みも激しいときた。
「苦労するな……」
「えっ? なに?」
うれしそうに寝袋に滑り込むルナに目をやり、ガレスは少女の笑顔をはじめて見た気がした。




