ひみつのへや
世界がぼんやりと明るさを取り戻してゆく。
しかし視界はいつまでも焦点が合わないまま。それどころか雨にぬれ続ける窓ガラスのように乾くことを忘れてしまっている。
ルナは泣いていた。
あとからあとから溢れてくる涙。
どのくらい気を失っていたのかも、周りがどうなっているのかももう全くわからない。
「ごめ……なさ……」
ルナの唇が動く。
牙の生えそろった大きな口から、小さく息を吸う音が聞こえた。
「ごめんなさい……」
ガルは一瞬、眼を皿のように丸くしたあと、脱力した。
「小娘……」
あぁ、あぁ、オレは……。
この言葉だけだったのだ。
あれからずっと、この言葉だけが欲しかった。
あぁ、そうだ、本当に本当に、ただそれだけだったのに……。
体中の力が抜けていく。あぁ、このまま眠ってしまいたい。どうせ立つこともできぬのだ。
今ならもう悪夢を見ずに……。
ガルは薄衣のような瞼をゆっくりと閉じた。
大きな瞳の縁どりからこぼれた一筋の涙は、誰の眼にも触れることなく黒い地面に吸い込まれたのだった。
ナイトの手の中で、澄んだ天色をした鉱石の結晶が輝いている。
彼はそれを穴が開くほど、いや、本当に穴が開いてしまうのではないかというほどに凝視していた。
ここまでくるには少々時間を遡らなければならない。
「ドルモン、ひみつのへや、きみ、みせる」
砂漠でドルモンに捕まった時、ひとり彼の口の中に残されたルナ。
そんな彼女にドルモンは喜々としてそう言ったのだった。
彼の秘密の部屋は地下へ下りる途中、枝分かれしている通路の先にあった。そしてその部屋は驚くべき光景をしていた。
巨大に成長した美しい天色の結晶がひしめき合う洞窟の中で、ルナは言葉を失ってしまった。
リューナの砂漠の地下に、まさかこんな鉱石が眠っていたなんて。
トゥル石が真紅に燃える炎の石ならば、これは濃藍の海の底で青い空を夢見る石とでも言おうか。
人間の女を見るのがはじめてらしく、触角をざわざわと動かしながら異常にはしゃいだドルモンは、その部屋でルナに色々なことを教えてくれた。
「ドルモン、ルナ、ひみつ、ぜったい」
子供のように純真無垢な彼は最後にそう言うと、近くに転がっていたひときわ美しい結晶を器用に咥え、ルナの掌に乗せたのだった。
今、彼女のそこには真紅のトゥル石があった。
「お前の命はこんなもんじゃ換えられねぇよ。鎖、ダメにしちまって悪かったな」
ガルの胸の上から、涙と粘液でぐしゃぐしゃになったルナを助け出したナイトは照れ臭そうにそう言った。
「ナイト、ありがとう。これを」
ルナはナイトに天色の石をそっと差し出すと、それ以上口を開かなかった。




