一本のツルハシ
「ガレス!」
「……問題ない、オレに構うな!」
嘘だ、そんなの大嘘だ。
右の後ろ足、折れてるじゃない!
黒い皮膚を突き破った白い骨と赤い血。
「嫌ぁ! ガレス!」
来るな、ルナ。
前を向け、奴に背を向けるな。
ガレスに向かおうとする足がピタリと止まる。
そうだ、それでいい。
人間に仕えてきたと言っただろう?
今、オレの主はお前だ。役目くらい全うさせろ。
「そんな……」
足の折れた馬の末路をルナはよく知っていた。助かったとしてもガレスはもう……。
「ナイト、聞こえるか? ルナに注意をひきつけさせて奴の足を狙え。あの巨体だ、足がダメになれば立ち上がれん。シャロンのように腱を断て」
「ガレス、そんな甘っちょろいことを! だからめんどくせぇって言っただろ! 俺が心臓を一突き――――」
「ナイト、お前の強さは上辺だけか? それならお前の国と変わらんな。憎しみが生んできたものをお前は知り尽くしているはずだ」
「チッ、この説教垂れが。お前はそこで寝てろ!」
「ははっ、小僧、何をひとりでしゃべってる。気でもふれたか。小娘、忠実な馬が残念だったな。オレも残念だ、せっかくの道具を使い物にならなくしてしまったからな」
「ええ、本当……。私も残念よ、あなたたちと分かり合えなくてっ!」
ルナはぐるりとガルの左側に回り込んだ。
すぐさま彼女めがけて大きなカギ爪が降ってくる。
よけた。
つもりだった。しかしふわりと広がるスカートの裾を爪が捉え、ルナはもんどりうって地面に転がる。
「うっ」
淡紅の眼がニタリと笑った直後、ナイトの叫び声がした。
「おい、白いの! こっちががら空きだぜ!」
ヒュウと鳴いたナイトの刃はガルの右足の腱を完全に制していた。
「があぁ!」
痛みに咆えながらも左足を軸にし、ガルはナイトに向き直ろうとする。
クソっ、左足だけで立ったか。
「このゴミどもがぁ!」
長い尾がナイトに狙いを定めようとした時、ふと、上空を小さな影が横切った。
それはガルの首に朱の傷をつけたのち、カランカランと地に落ちたのだった。
一本のツルハシ。
その先には痩せこけた白い男の顔、顔、顔。
落ち窪んだそれらの瞳の奥に、かすかに希望の光が宿り始めている。
「奴隷どもがぁ! オレに逆らう気かぁ!」
「おい、白いの。お前、俺より集中力がねぇなぁ」
ガルの左足はシュタイラの刃によって完全に自由を奪われたのだった。
グルルル……
壁沿いをジーグと人、馬が埋め尽くしている。倒れた司令塔に混乱したジーグたちは、生気を取り戻した人間と殴り合いを始めていた。
あの中にお父さんが……!
「ルナ、まだ終わってねぇぞ。決着をつけるんだろ? お前の戦いのな」
オベドの腰から抜かれ、差し出されたリューナの剣がルナの潤みはじめた視界を縦に割る。
「……うん」
ルナ……。
激痛と失血で薄れゆく意識の中、ガレスはルナの背中を見つめた後、静かに瞳を閉じた。ひどく懐かしい蹄の音が遠くから聞こえてきた。
ルナは黒い天を仰いで倒れているガルの胸の上にまたがると、剣を持つ腕を振り上げた。




