嘲笑
「てめぇがガルか。随分と遅いお出ましだな。居眠りでもしてたのかぁ? あぁ、それとも、部下が弱すぎて時間稼ぎができなかったか」
あまり煽るなとガレスがナイトに目を向ける。
「……威勢がいいのがいるな、お前はいい労働力になりそうだ。馬もまぁ使えるだろう。あとは……ん、お前、囮にしてやったのに気に入らなかったか? まぁ、部下たちの玩具程度にはなるだろう」
が、玩具ですって……? 数えきれない程の人をさらって、ボロボロになるまで使って、一体人間をなんだと思ってるの!
「……ふ」
噛み締めた歯の隙間から音が漏れる。
体の震えはどこかへ行ってしまった。
写真の中の父、消えた同僚を想う滞在記録の一行、疲労と涙で汚れた兵士の顔、屍のような人や馬……。渦を巻いて押し寄せる悲しみと怒りでドロドロになった感情が、ルナの眼に宿ってゆく。
「ふざけないで! 人間はあなたたちの奴隷なんかじゃないわ! 人間は意思があって尊いものよ!」
シンと静まる空気にやがてガルの嘲笑が響き渡った。
「はっ! ははは! 尊い! 尊いだと? 笑わせるな! いいか小娘、その驕りが全てを狂わせるんだ。この世の理に唯一逆らい、全てを破壊へ導く、お前たち人間は最も醜い、この世のゴミだ!」
「なっ……!」
「へっ、そりゃ聞き捨てならねぇなぁ。醜いのはお前らバケモンだろ? バケモンはバケモンらしく地下でコソコソ生きてりゃいいんだよ! 外に出れねぇんだろ? それとも俺が引きずり出して見世物にでもしてやろうか?」
「小僧、殺さず使ってやろうと思ったが気が変わった。お前たちはこのオレがひねりつぶしてやろう」
そう言い放ったかと思うと、ガルは突進してきた。白い体色のせいか、より一層巨大に見える身躯に、内臓をえぐり取られそうなカギ爪が光る。
「ルナ!」
あいつ! ルナから! まずい、間に合わ――――
ザシュッ
皮と肉が裂ける音が、ガレスとナイトの鼓膜をぞわりと撫でる。
しかし次の瞬間、紅に染まっていたのはルナの持つ短剣とガルの腕だった。
「小娘がぁ!」
腕から滴るその血は、白いクロスに飛び散ったワインのように生々しく赤い。
「ル……ナ?」
フー フー フー フー
獣みたいな息遣い……私のだろうか?
ううん、今はそんなことどうだっていい。
私は負けない……。
負けない負けない負けない。湖でガレスと約束した。
そして許さない、絶対に!
「ルナ?」
「ガレス、ナイト、ガルは動きに一瞬遅れがあるわ。私でも分かるくらい」
「お、おぅ」
……ルナ、気づいてるか? お前、俺と出会った夜と同じ眼してるぜ?
「調子に乗るなよ、小娘が!」
ガルはまたも両手を振りかざしルナを襲う。ドォンドォンと巨躯が硬い地面を揺らす。
やっぱり……! 少し遅れる!
ガルの振り下ろした腕を右、左とルナは素早くよけた。
すると目の前に爬虫類を思わせるガルの白い腹が現れた。ぬらぬらと粘液が光る。
隙だらけ! 行ける!
右手に握っていた短剣の柄に左手を添えた時だった。
「二度は通用せんぞ」
勝ち誇ったような声とともに、目の前に白く太いものが勢いよく迫る。
「え」
尾?
吹き飛ばされるはずのルナはその場で尻もちをついただけだった。代わりに突如視界を覆った黒い影が岩の壁に激突する。
鳴り響いたのは枝がバキバキと折れるような乾いた音だった。




