真紅の血
ぬらぬらとした粘液を纏った大きな体は、松明の灯でねっとりと輝いていた。振り向いた顔に埋め込まれた大きな赤い眼が、吃驚でさらに大きくなる。
「うらあぁぁぁ!! くたばれ! バケモンがぁぁ!」
屈んだままガレスの背の上で両足で立ったナイトは、ジーグにぶつかる直前で跳び上がり、落下する身体の重さをも威力に変えて切りかかった。
長い刃は一筋の光を放ち、ジーグの左脇腹を通ると、その刃先を真紅に染めた。
あまりに一瞬の出来事で目で追うことすらできなかったルナだが、次の瞬間には自分の心配をすることとなった。
想像していたよりもその部屋は狭かったのだ。猛突進してきたガレスは急には止まれない。「ルナ、悪い!」と聞こえた時にはすでに宙を舞う体。
上体をひねりながら後ろ足だけでなんとか止まったガレスからルナが弾き飛ばされたのと、どおんといってジーグが倒れたのは同時だった。
ジーグの腹からは、目に痛い程の真紅の血が、じわじわと岩の地面を生きた血管のように這い広がり、ルナは全身を打った痛みすら忘れる。
赤い血……人間と同じ色……。ナイトが倒したんだ!
「ぐうっ……う……」
「もっと深くえぐるつもりだったがぬめって刃が滑った。……わりぃな、お前らが捕まえた人間を助けるためだ」
腹を押さえて呻くジーグにナイトはそう言葉を浴びせた。
こうして改めて見ると、ジーグはおぞましい姿をしていた。
茶褐色の粘液を纏った表皮は深緑色をした鱗で覆われ、手足には闇をも切り裂きそうな鋭い爪。真っ赤な双眸は半透明の瞼を持ち、瞳を閉じても眼の赤は透けてはっきりとうかがえる。肉食獣を思わせる大きな口内にはびっしりと鋭い歯が生えそろっている。
大きさはルナの倍ほどだろうか。この個体は虚の中の個体よりもずっと大きいようだ。
「オベドに何をした、奴隷どもめ」
背後の声は冷静だったが、怒りに満ちていた。
そこには、今しがた倒したジーグよりも全身がややすらりとした個体が、血以上に赤い眼でこちらを睨んで立っていた。
「へぇ、こいつオベドっていうのか。わりぃな、名乗る前に切っちまってよ。てめぇはこんなことにならねぇように名を聞いといてやろうじゃねぇか」
「フン、奴隷が生意気な……。いいだろう、オレはシャロン、ガル様の右腕だ」
「へぇ、てめぇ倒したら、そのガルサマってやつはさぞ悲しむだろうな。俺の名はナイト、よく覚えとけ、よおぉ!」
そう言い終わらないうちにナイトはシャロンの懐へ飛び込んだ。
人間から取り上げたであろう、腰に下がる剣を咄嗟に抜いたシャロンは、ナイトの刃を既のところで受け止めた。ジーグたちの粘液のような肌に纏わりつく地下の空気に、キイィンと刃のぶつかる音がこだまする。
ナイトの方が優勢か? あの大きなジーグ相手に大した力だ……。
起き上がろうとするルナを鼻先で助けながらガレスは闘いを見守る。
シャロンの刃を振り払ったナイトは、素早く下方から切り込んだ。シュンと空気が裂ける音。
図体に見合わぬ動きでシャロンはそれを受け止める。
「ぐっ……」
「てめぇ、なかなか素早いじゃねぇか……、だがな……シュタイラの剣を甘く見るなよ!」
ナイトが柄を握る両手にグッと力を込めると、チリチリと刃同士が鳴く。やがて、凍てついた湖面にピシリと走る亀裂が如く、シャロンの刃はそれを境界に真二つに折れたのだった。
「なにっ……!?」
リューナの剣が脆すぎるのか、シュタイラの剣が硬すぎるのか、はたまた両者の力の差ゆえなのか。
舞い上がった刃の破片が地に落ちる頃、シャロンの姿はそこにはなかった。
「嫌あぁ!!」
首元に食い込むカギ爪が喉を締め付けて、ルナはそれ以上まともに声を出せない。




