痛む胸
ルナは奥で倒れている男に気づいたのか、ひたひたと歩いて男に近づく。
「お、おい、ルナ?」
ナイトはルナの顔を見てギョッとした。
真っ青じゃねぇかよ……!
彼女の足取りは整然としていたが、その顔からは血の気が引き、元々白い肌が一層白さを増している。悲しんでいるのか、苦しんでいるのか、見たこともないような表情を浮かべたルナに、ナイトはかける言葉を失ってしまった。
「あの時の兵士さん……。ごめんなさい……」
倒れている兵士の前で立ち尽くしたルナ。その両目からは大粒の涙がとめどなく溢れ、彼女の足元に無造作に落ちる。
「……ルナ」
声をかけたガレスに向き直ったルナの顔はみるみるうちに歪んでいった。
「うっ……」
そしてそのまま、ふらりとガレスの胸元に顔を埋める。
「うぅ」
ガレスには分かっていた。ルナは地下の真実を知ったのだ。以前彼女に告げた言葉が、今、痛いほど彼女の胸を締め付けているのだろう。
「ガレス……、あなたの言った通りだった……。私たちは――」
「ルナ、いいんだ。何が正しいのかなんて誰にも分からない。どうしていいのか分からないのはオレも同じだ。それよりもお前が無事でよかった。オレは今、それだけで救われる」
オレが人間だったらな……。
ガレスは生まれて初めてそんな事を考えた。人間だったらこんな時、苦しんでいる者を両の腕で抱きしめてやることもできただろうに。
ルナは暫しの間、ガレスのあたたかい胸元で静かに瞳を閉じた。
彼の声はいつも不思議とルナの心にすぅと溶け込み、暗闇の中で灯火のように点々と光りながら出口へといざなってくれる気がする。
ルナはガレスからそっと離れると、
「ドルモン、そこで倒れているおじさんを診ててあげて」
と振り向かずに言った。
ガレスとナイトが驚くのを察してか、さらに付け足す。
「その子はドルモンってゆうの。私に地下やジーグたちのことを教えてくれたわ。安心して、決して悪い子じゃないの」
そんなことを言われてもと絶句しているガレスとナイトをよそに、ドルモンと呼ばれた巨大ナメクジはズササッと音を立てながら男の前までゆっくりと移動した。
「ルナ、おいら、分かった。おじさん、みる」
ドルモンはこもり気味で舌足らずな声を発すると、倒れている男の前でじっと動かなくなった。4本の触角だけがイソギンチャクの腕のようにせわしなく揺れている。
「ちょっと意味が違うけど、いいわ。ありがとう」
「ルナ……、お前、あのバケモンをどうやって手なずけたんだ!?」
「手なずけたわけじゃないの。人間の女が珍しいみたい」
「はっ、女好きか。俺たちに対する扱いとだいぶ違うもんな」
眉をハノ字にし、少し苦笑したルナを見て、ナイトは心底安堵した。
巻き込まれたのか、はたまた自ら足を突っ込んだのか。いつの間にか異国の地で奔走する自分自身を彼は悪くは思わなかった。
今頃シュタイラでは、リューナに放した犬が一匹死んだとでも言われている程度だろう。使命感に燃えて突き進む少女の命と、いずれ不要となれば処分される身の上など、今の彼にとっては同じ天秤に乗せるまでもないのだ。
「ドルモンは昔、人間を食べていたそうよ……。人の骨のカルシウムで背中を覆う甲羅を形成して体を守ってた。甲羅があれば太陽の光も、鋭い木々の枝も気にせずに森に入って食物にありつけたのよ」
「人間が捕食対象だったとはな……」
「うん……」
「今、あいつには甲羅がないってことは、もう食ってないってことだろ? じゃああそこに散らかってる木の実なんかは……」
「あれはジーグがドルモンに与えているの。ジーグの王、ガルはドルモンと契約をしたそうよ。人を食べる代わりに捕まえろ、そうすれば森の食物を与えるって」
「やっぱりガルって奴が親玉か。しかし契約とはな」
「太陽の光というのはどういうことだ?」
「うん、地下生物のドルモンやジーグは、太陽光に弱いみたい。だからドルモンは砂漠で砂を纏っていたの」
「そうか、だから木の虚の中に朝日が差し込んだ時、ジーグはもぐって行ったのか」
「えぇ、私もそう思ったわ。彼らは地下でしか生きられないのよ。地上に出れるのは太陽が沈む夜だけ……」
「はーん、あんなデカい図体してる割に繊細なんだな。親玉を殺れば……捕まえて太陽の下にでも引っ張り出せば終わりだな。頂点が消えりゃあなんとかなるだろ」
「ガルの下には言葉を話す個体がいたわ。私が落ちた部屋。ドルモンによると、その奥にガルが居るそうよ。あの通路をずっと進んだ先」
「おいおい、あのナメクジ、そんなペラペラしゃべっていいのかよ。あいつ体はデカいが脳みそ豆粒なんじゃねぇのか」
「ナイトといい勝負だな」
「あぁ!? なんだとこの――」
「ドルモン、ナメクジ、ちがう。おいら、ドルモン。お前、ルナ、友達、だから、ガルの部屋、連れてかない、だけ」
「お……おぅ!? 聞こえてたのかよ……、悪かったな。しっかし耳はどこにあるんだ、ありゃあ」




