★逃げてきた男
やってきたのはバケモノ……ではなく、一人の男だった。
やつれた顔でぜぇぜぇと肩で息をしながら、壁伝いを這うように歩いてくる。
「ふぅ、なんだ、人か。びっくりしたじゃねぇか……。あっ! おい! おっさん!? 大丈夫か!?」
苦しそうにその場でへたり込んでしまった男にナイトが駆け寄る。
「はぁ、はぁ、なんだい? お前さんも捕まったのかい? はぁ、その割には威勢がいいな……」
「まぁ、そんなようなもんだ。それよりおっさん、こんなとこで何してんだ!? ボロボロじゃねぇか!」
「はぁ、お前さんもすぐこうなるぜ……。俺はなぁ、この地獄から抜け出してやるんだよ……!」
「!」
「はっ、へへっ、なに驚いてやがる? あたりめぇだろ? 俺はなぁ、人助けようとして捕まったんだぜ? 森ん中でジーグに捕まったってゆう女の子助けようとしてこうなっちまったんだ!」
「!」
思わずナイトとガレスは目を合わせる。
「……ジーグってのはバケモンのことか?」
「あぁ、そうさ。あいつらはなぁ、捕まえた俺たちから武器を全部取り上げるんだ。そのかわりに硬ぇ岩を掘るツルハシを押し付ける。そのツルハシでなぁ! 俺の目の前で何人が自害したと思う……!?」
男の体はガタガタと震えだし、顔を覆った手の指の間からのぞく眼は恐怖の色を帯びてゆく。
「もう時間の感覚もなくなっちまったがな、俺がここに来てから3人だよ……!
皆、発作的にツルハシを自分の首や心臓に突き立てるんだ! あ、あいつらに殺されたようなもんだ! 俺は絶対にこの地獄から抜け出してやる! なぁ、この先は地上に繋がってるんだろ!? 俺はアルブに女房と小せぇ息子もいるんだよ!」
ナイトの胸元をぎゅうぎゅうと掴む男の手は、真っ黒に汚れ、血がにじんでいた。
「なぁ! おい! 答えてくれよ……!?」
「……おっさん、わりぃがこの先はデカい砂のバケモンの出入口があるだけだ……。俺たちはそのバケモンに捕まってここに落ちてきたんだ」
「そんな……。なぁ、おい、うそだろ!? 俺はまだ死にたくねぇんだよぉ……。なぁ、お前さん、何とかしてくれよぉ……」
男の目から流れた涙は地に落ちることなく、乾いた頬にすぅと吸い込まれていく。
ナイトは男の手を静かに自分の胸元から離した。
地鳴りのようなごおぉという音が近づいてきていた。
耳のいいガレスが背後の天井にぽっかりと空いた大きな穴の先を睨みつける。
「ナイト、来るぞ! おそらく砂のバケモノだ。まだこっちにいたようだな!」
「やっとお出ましか。あのやろう、ルナを食ってたら脳天から真っ二つにして、ぜってぇルナを取り出してやる……!」
ドオォォォンン!!!
大砲でも降ってきたかのような爆音と、巻き上がる砂煙の中現れたのは、ツルリとした表皮の巨大なナメクジのような生物だった。
「さっきの奴じゃねぇぞ!?」
「いや、ナイトよく見ろ! 砂が剥がれ落ちているんだ!」
なるほど、巨大ナメクジの表面には、所々砂がこびりついたままになっている。砂が落ちた部分は軟らかいゼリーのようで、塩でも振ったら本当に溶けてしまいそうだ。
「バ、バケモノ!! 俺は……もう……あぁ……」
通路の入口で座り込んでいた男は目を白黒させ、口から泡を吹いてそのまま倒れてしまった。
「てめぇ! ルナをどうした!?」
うようよと動く左右に2本ずつ生えた触角の下には、目を凝らさないと見えない程の小さな目。巨大ナメクジはその目を何度かしばたたかせた後、閉じていた口をもごもごと動かした。
「ナイト、ガレス、私なら無事よ。心配かけてごめんなさい」
突然聞こえてきた、少しクセのある高い声。
「ルナ!?」
まるで巨大ナメクジがルナの声でしゃべっているかのようだったが、上体をゆっくりと倒したその大きな口から現れたルナは、ストンときれいに地面に滑り降りたのだった。




