滞在記録
日も落ちかけた頃、商人用の休憩小屋を見つけた一行は、密度を増した深い森の夜をそこで過ごすことにした。
現在は兵士と役人が使っているその小屋は、こじんまりとしていたが、夜を越すには十分な毛布、暖炉、少量の食糧まで揃っていた。「私に任せて」とルナが少し得意げに薪をくべると、小さな小屋の中はたちまち暖かい緋色で満たされた。
どこか懐かしさを感じる空間の中、ルナは小さな本棚の上に一冊のノートが置かれていることに気づいた。
商人や兵士たちの滞在記録だわ。
その一冊はまだ新しいものだった。
[今日はやけに冷える。はやく家に帰りたい。 イーニアス]
[ブラム、好きだ! オレも男だけど、俺の気持ち分かってくれるよな……?愛してる。 グレッグ]
[ボクは今、たっぷりのチーズが乗ったエミーおばさんの店のグラタンが食べたいです。あのお店は超おすすめ! なんでもおいしいんだから。ぜひ行ってみて! 腹ペコのロディ]
「ふふっ」
そこには男たちの本音がぎっしり詰まっていて、ルナは秘密の手帳をこっそり覗き見してしまったようなこそばゆい気持ちになった。
棚の中は古いノートだわ……。
本棚の下の方のノートを引き出してみると、指に灰色の埃がつく。パラパラとめくると、それは9年前のものだった。
[5日前、モーガンが消えた。返してくれ。オレの大事な同僚を返してくれ。 ダズ]
ルナはそのノートをパタリと閉じるとさらに古いノートを開く。頁をめくると葉巻の煙のように埃が舞い、思わず顔をしかめるが、そこでピタリとルナの視線はある一点に釘づけになった。
そこには、ベンの名が記されていたからだ。
[もうすぐ愛する妻と私との間に子供が産まれる。男でも女でも、私はその子をルナと名付けるつもりだ。次の大月の頃に産まれるそうだから。私も大月の生まれだが、大月生まれには不思議な力があるんだ。ルナも私みたいに力を持っていたら、どうかその力がルナを幸運へと導きますように。 ベン]
間違いない……、お父さんだ! 私のことが書いてある……。
ルナはその文字の上を指で何度もなぞってから、ピリリと頁をちぎると、荷袋の奥にしまってある父親の写真立ての中に小さく折りたたんで入れた。
うとうととしていたナイトが、パチッという薪の爆ぜる音で薄目を開けると、その先に袖で目元をごしごしと拭うルナの後姿があった。
月が近い大月の夜、小屋の外では夜行性の獣が餌を探し回り、ガサリと音を立てる。
ナイトの意識は深い夜の闇へと吸い込まれていった。
「ガレス、お父さんね、不思議な力を持ってたって。たぶん私と同じ、テレパシーの力……。お父さんはやっぱりノアと話せたのよ」
風に細かい砂粒が混ざっているのだろうか、口の中にジャリっという不快感を抱きながら、ルナは昨夜見つけた父の滞在記録のことを伝えた。
「大月生まれか……不思議なものだな。異種間交流の力か」
「でも、みんながみんなってわけじゃなさそうだし、波長が合う者同士って感じなのかなあ」
「あぁ、これが通じる相手は本当に限られる」
「おいおい、波長だと!? 冗談じゃねぇ! なんで俺がこんな馬と合わなきゃいけねぇんだ?」
「それはオレも同感だな。頭の悪い奴と合うとは信じたくない」
「なんだと!? 俺は頭が悪いわけじゃねぇ。……忙しくて勉強するヒマがなかっただけだ!」
「やはり、バカだな」
「なに!? お前、その皮剥いで俺の財布にでもしてやる!」
「ちょっと! いい加減にしてよね! あっ! そうだガレス、革で思い出したわ。ダニーのマント着たほうがいいんじゃない? なんだか風に砂が混ざってきたし」
「……」
砂漠が近いのだろう、歩みを進めるほど乾いた風を肌に感じる。ルナはなぜか不機嫌になってしまったガレスにマントを着せたあと、自身のマントのボタンを上まで留め、顔を埋めた。




