舞う金属片
疲弊した身体が勝手に意識を手放そうとするのを、ルナが必死で繋ぎとめようとしている頃、キィキィという鳥の声と共に、東の空の薄い雲の淵が桃色に光りはじめた。昨日の雨のせいだろうか、皮肉な程に朝焼けが美しい。
木々の間を縫ってきた光が、虚の中まで差し込み、立派なクマをつくったルナの目にしみる。
その時、ズルリ、ズルリと背後で音がした。振り向くと、バケモノが穴へともぐっていく。
今しかない!
「ガレス! ガレス聞こえる?」
ルナは口元を手で覆いながら小声で彼を呼ぶ。
「あぁ、聞こえている」
すぐに返事があり、ルナはほっとした。
「バケモノが穴にもぐって行ったわ!」
「すぐに行く」
木の傍にいたのだろう、ガレスは本当にすぐにやってきた。
いつまたバケモノが戻ってくるとも分からないのだ、時間がない。
「ルナ、鎖を見せろ」
その鎖はガレスが想像していた以上に太く、頑丈なものだった。
クソ……、これでは噛み砕くのは不可能だ。虚に刺さる杭から引き抜くか!
ガレスは杭を口に咥えて力の限り引っ張った。ギリギリという金属とガレスの歯が擦れ合う音が、ルナの耳に痛い。
杭はほんの少しずつだが、虚から抜け始めた。ガレスの口の端から赤い液体が流れるのが目に入り、ルナは抜け始めた杭が、今度は自分の胸に刺さっていくような気持ちに襲われた。
やがて、ガシャン! という音と共に右腕側の杭が抜け落ちた。
ハァハァと苦しそうに息をするガレスだが、すぐさま左の杭に移動する。杭と鎖はついたままだが自由になった右手で、ルナも左腕の鎖をめいっぱい引っ張った。
このままいけば……! 目の前の危機からは脱出できる!
ところが、ルナの中に現れた希望の光は、次の瞬間またしても掻き消される羽目になった。
ズルッ ズルッ ズルッ ズルッ
深い穴の底からバケモノが這い上がってくる音。ルナとガレスの動きが止まる。
「ガレス、どうしよう……!」
「まずいな」
左の杭はまだ三分の一も抜けきっていない。
「右の杭を一旦元に戻すわ! ガレスは外へ――」
そう言いかけた時、向かい合うガレスの背後に大きな人影がゆらめいた。
「おい、どけっ!」
そこからルナは瞬きをすることすら忘れてしまった。
細かな金属片が目の前を舞ったかと思ったら、杭を抜くために踏ん張っていた足が突然解き放たれ、強い力で突き飛ばされたように尻もちをついてしまった。
「ひゃあっ!!」
間抜けな声を上げて唖然とするルナの腕を、大きな手ががしりと掴み、華奢な彼女の体ごと持ち上げる。そしてそのまま眩しい太陽の元へと引きずり出したのだった。
虚の奥からグルルと唸る声が聞こえた気がした。
大樹からだいぶ走ったが、バケモノは追ってはこなかった。
ぜぇぜぇと肩で息をしながら、ルナはその長身の人物に向き直る。
「ど……うしてっ、あなたがっ?」
「……あ? 石で俺を買ったんだろ? お前がよ」
フードをゆっくり下しながら、絶賛密入国中の男はニヤリと口の端で笑った。




