バケモノ
「……しいのが……ちて来たな」
「ころ……か?」
「待て、ガル様……へ……って行くぞ」
地底から這い上がってくるような、低くかすれた声がルナの耳に入ってくる。
「うっ……」
体中が痛い。私、何してたんだっけ……。あぁ、雨宿りをしようとしてたんだ……。
うつ伏せに倒れているルナの指がピクリと動く。
体は動く……。けど、ここはどこだろう?
意識が戻ってきたのか、会話の主の声が先程よりはっきりと聞こえてくる。
「おい、気がついたみたいだぞ」
「あぁ。チッ、めんどくせぇが連れて行くか」
連れて行く? 助けてくれるのかな? でも、ずいぶんと鼻息が荒い人たちね。
ビチャ ビチャ ズルッ ビチャ ビチャ
聞き慣れない足音と何かを引きずるような音が近づく。が、慣れないのは足音だけではなかった。
人間の足が見えてくるはずのそこには、鱗のような皮膚に覆われた大きな三本指の足が現れた。
その三本の指には、分厚い動物の皮膚をも容易く裂くことができそうな、太く鋭いカギ爪がそれぞれ備わっている。後ろに引きずっているものは尾だろうか。ぬらぬらとした茶褐色のゼリー状の液体が、そのおぞましい獣の表皮を覆っていて、それはごつごつとした岩の地面にも所々飛び散ったように付着している。
「ひっ……!」
ルナの喉から小さな悲鳴が漏れる。
人間なんかじゃない!、バケモノだ!
血の気が引くとはこういう状態なのだろうか。ルナの全身は凍ったように冷たくなり、恐怖のあまり、自身の心臓の音すら聞こえなくなった。
首の後ろを掴まれたのか、体が宙に浮く。だらりと垂れ下がっているのは自分の腕だろうか。
あ……、視界が霞む……。
「落ち着けルナ、冷静になれ」ガレスだったらこんな時こう言うのだろうか。
でも、ごめんガレス……、私とても冷静になんてなれない。だって、もう、体も心も言うことを利いてくれないんだもの……。
ルナの意識はここでプツリと途切れた。
「チッ、こいつまた気失ったぞ」
「こんな奴、役に立たねぇだろ」
夢……だったのだろうか?
目の前に、大きな金色の木の実が転がっている。
あ……れ? この木の実は私がさっきガレスと採ったのだ……、いつ落としたんだろう?
ルナは雨宿りに駆け込んだ大樹の虚の中にいたが、外は雨が上がり嘘のように明るくなっていた。
這いつくばった体勢のまま、木の実に手を伸ばしかけたその時、ジャラリという金属音がし、それ以上ルナの腕は伸ばせなくなった。
「えっ?」
何、これ……!
ルナの両腕は、それぞれ金属の鎖で繋がれていた。鎖の先は虚の左右に深く突き刺さり、簡単には外せないことを物語っている。
夢じゃなかった……、これは恐ろしい現実だ。私はバケモノに捕まったんだ!
そうだ! ガレス……、ガレスはどこだろう!?
「ガレス!! ガレスどこ!?」
大声を出すとまずいだろうか。しかし、さっきの場所にガレスはいなかった。ガレスは無事だろうか。
「……ナ、ルナ!」
頭の中で声が聞こえる。ガレスだ。
「ガレス! どこ!? どこにいるの!?」
「ルナ、生きていたか! 落ち着け、オレは近くにいる。一体何があった? 分かるだけでいい、説明しろ!」
ルナはガレスの姿が見えなくて不安だったが、なぜか自分の声がガレスに届くことにひとまず安心した。きっと彼のことだ、用心して外にいるのだろう。
「バケモノよ! たぶんこの下、地下にいたの……! 私、捕まったみたい。腕に鎖を付けられて動けないの……あっ、待って! 人よ、人が来た! 助けてもらえるかも!」
「おい、ルナ!」
ルナの耳にザッザッという人のものと思われる足音が聞こえてきた。この森はもう兵士か役人しか通らないはず。ラッキーだ、彼らなら鎖を剣で断ち切るぐらい容易いだろう。
「誰か……! 助けて!!」
気づきますように!
ザッザッという足音が止まる。
「ん? 何だ?」
「こっちです! 大きな木の虚の中! 助けてください!」
虚を覗きこんだのは兵士だった。一瞬驚いた顔をしたが、すぐにルナに近づいてきた。
「なんでお前さんみたいのが森にいるんだ!?」
「助けてください! 理由は後で話しますから! バケモノ、バケモノに捕まったんです! この鎖を切ってほしいんです!」
「なん……だって!? おい、そりゃ本当か!? ちょっ、ちょっと待ってろ、俺がなんとかしてやるから!」
「ありがとうございます!」
兵士はルナの後ろに回り込む。
「あぁ! これか! 暗くてよく見えねぇがこの鎖だな。よし、俺に任せろっ。んっ!? お、おい、何だ……!?」
「えっ?」
背後の兵士の様子がおかしい。
「や、やめろ……! あ! う、うわあああぁぁぁぁー!!!」
ドサッという人が転倒する音と共に、ビチャビチャという粘性の液体の不快な音が虚の中に響き渡る。
兵士の叫び声は、次第に地下深くへと消えていった。




