★港の男2
バチッ!!!
何かが弾けるような大きな音がしたのと、ルナがぎゅっと目を瞑ったのはほぼ同時だった。
「……ぐっ」
前方で男の呻き声。
何!?
何が起こったのかよく分からない。だがルナはまだ生きていた。
「何だ……!? 一体……クソッ……」
男はふらつきながらも、また剣を構える。
ルナは何がなんだか分からなくなっていた。が、とにかく一瞬生まれた隙のおかげで体が動くようになった。そして咄嗟に、付けていたトゥル石のネックレスを鎖ごと引きちぎった。
この男が密入国者なら、一か八か……!
「ちょっと待って……!」
「あ? 何だ? 命乞いか?」
「そっ、そうよっ……!」
「いいだろう、聞いてやる。まぁ、聞くだけだがな」
男は刃をルナの首に当てる。
「あ、あなたはトゥル石目当ての密入国者でしょう……? この石で私の命は間に合わないかしらっ?」
「……俺と取引するつもりか。バカな奴だな、お前みたいなガキが持ってる石なんざ価値がないだろ」
ルナは掌に爪が食い込むほどに鎖をぎゅっと握りしめながら、ネックレスを男の前に突きつけた。
男はしゃがみ、その大きな手でルナの腕をつかむ。
痛い……すごい力……!
ルナの細い腕は簡単にへし折られてしまいそうだ。
目線が合ったその顔は、ルナが想像していたよりも若く、端整だったが、鈍く光る瞳はスール橋下の海の闇のようだった。
トゥル石の結晶は月明かりを浴びてキラキラと輝き、その内部では真紅の内包物が港の灯台の炎のようにゆらめいている。
「これ……は……!」
男は心底驚いていた。
これは……内包物を含む希少石だ。しかもかなり大きい。シュタイラに持って帰れば、とんでもない値がつくぞ!
「……ガキ、気が変わった。それをよこせ」
「……」
「はやくしろ。腕ごと切り落とすぞ」
「……こ、これは本当はすごく大事な物なの。私の命が十分間に合いそうなら、もう1つ、きょっ、協力してほしいことが-―」
「ルナ!? 何を!」
何を言い出すんだ! ガレスはさもそう言いたげにルナを見る。
その時だった。
「おい……! どうして馬がしゃべってんだ!?」
男が驚いた顔でガレスを凝視する。
「えっ!?」
「!!」
「お前ら一体何者だ!?」
男はさらに心底驚いていた。
何なんだこいつらは!? なぜ馬がしゃべるんだ!? そういえばさっきからおかしな事ばかりだ。俺の剣が弾かれたり、こんなガキがとんでもない石を持ってたり……!
「あなた……、ガレスの声が聞こえるの?」
「ガレスってのはその馬か!? 何なんだお前らは!? どうなってる!?」
男はルナから離れ、後ずさる。
この男にまさかガレスの声が聞こえるなんて! 驚くのは無理もないわ、私だって最初驚いたもの。でも、石とガレスのおかげで命の危険は免れたかもしれない。
ルナの心は落ち着きを取り戻し始めていた。そして、自分と男の立場が変化しつつあることも感じていた。
「ガレスの声が聞こえる人はそうはいないわ。私は普通の人間よ……。私たちはある目的のために旅をしているの。」
そう言いながらルナはゆっくりと立ち上がる。
「……」
「この先の森からはバケモノが出るかもしれないの……」
「お前、何が言いたい?」
「シュタイラの男の人はとても強いと聞くわ」
そう、強力な軍事国家でもあるシュタイラ国。リューナ国民は線が細くて背も低いのに対し、シュタイラには背が高く屈強な体格の人間が多い。事実、この男も多分に漏れず、たくましい体と高度な剣術を持っている。
「お前……! まさか俺を石で買収するつもりか!?」
「……」
この男がいれば、バケモノが出てもなんとかなるかもしれない。お母さん、大切なネックレスをこんなことに使ってごめんなさい……!
ルナは男の目を真っ直ぐ見据えた。
その視線に男は背中がゾクリとするのを覚える。
このガキ……!
サクリッ。
男は構えていた剣を地面に突き刺すと、ひとつ長い溜息をついてから口を開いた。
「……いいだろう。そのかわり、石は先に渡してもらう。元々はお前の命と引き換えだからな」
ルナは一瞬迷ったが、心の中で母に謝りながら手の中のトゥル石を見つめた後、男に差し出した。




