第二章 懐疑と信用 橋の兵士
「ルナ、お前の好きな兵士だ」
湖を出発してから3時間程歩いただろうか、日が陰り始めてきた頃、前方に1人の兵士が立っているのが見えた。
「ガレス、私は兵士なんて嫌いよ」
これまでに遭遇してきた兵士の顔を思い浮かべて、ルナは頭をブンブンと振った。金髪の男のニヤけた顔が浮かんだ瞬間なんて特に!
「あの兵士がいる所からスール橋よ。スール橋を渡ったら鉱山と港があるわ」
「通行証の出番だな」
そう!いよいよ通行証の出番だ。
ルナはダニーに貰ったマントのフードをすっぽりと被った。こうすると、なんとなく守られているような気分になるのだ。
兵士がルナとガレスに気づく。
ルナはピンと背筋を伸ばした。
「おい、ここから先は鉱山だ。見たところお前は商人じゃないな」
「私はこの先にどうしても用があるの。通行証なら持っているわ」
「!?」
兵士はルナの声を聞いて驚いたのだろう。フードで顔がよく見えていないはずだが、まさか少女だとは思ってもいなかった様子だ。
「通行証だと? 偽物じゃないだろうな。見せてみろ」
ルナは荷袋の中の通行証を取り出し、兵士に渡す。なぜか自分の心臓の音が大きく聴こえる。
「……確かに、本物だな……」
稀に出回っているという偽物との見分け方でもあるのだろうか。兵士はルナに通行証を返すと、一歩下がって道をあけた。
「この先は港もあってタチの悪い連中もいる。女ってだけで危険も多い。十分気をつけろ」
「あ、ありがとう」
通れた……! 通行証ってすごい!
ルナは改めて手の中の通行証をまじまじと見つめた。
「やったな。あの兵士は嫌いか?」
「あ、あの兵士は、まぁちょっといい兵士ね、気をつけろって言ってくれたし」
ルナはコホンと咳払いをしてガレスに答えた。
それにしても、橋の上はなんともおぞましい雰囲気に包まれている。日も落ちて、遥か足元の海は、ぽっかりと大口を開いた怪物の口の中のように漆黒の闇となり、ごうごうと音を立てている。
リューナ国は、王都クレスタ付近から緩やかに大地が隆起しており、スール橋手前では切り立った断崖絶壁となっている。この辺りの海は凶暴な生き物がいると言われ、橋の建設はずっと見送られていたが、バケモノ騒ぎがあったため10年前に丸1年かかってスール橋が完成した。
橋の建設には、騒ぎで仕事を失くした商人や、それに付随する失業者が雇用対策として充てがわれたが、慣れない危険な労働で多くの命が失われてしまった。
そんな人々の怨念が、今もこの漆黒の海に溶け込んでいるのだろうか、ルナには波やヒューヒューと通り過ぎる風の音が、人々の泣き声のようにも聞こえた。
ルナとガレスは終始無言で橋を渡る。
ガレスの蹄の音だけが響いていた。
30分も経っただろうか、松明の灯と共に、1人の兵士の影がぼんやりと見えた。
「また検問よ」
声がかすれた。もう何時間も言葉を発してなかったかのような感覚に陥る。
こんな時間に鉱山方面へ行くのだ。また咎められる可能性が高い。
「次はどんな奴だろうな」
ガレスも気を張っているのだろうか。
「おっ!?」
まだルナたちと距離があるというのに、その兵士は大きな声を出し、こちらに近づいて来た。
またもルナの鼓動が速くなる。
50も過ぎた歳のころだろうか、やや痩せているが人の好さそうな顔をした兵士だ。
「こんな時間に人が来るたぁ、珍しいこった! ちょうど暇してたんさぁ」
「……あの、えっと……」
「おっ!? なんだい、あんた女かい? そりゃますます珍しいこった!」
「あの、通行証ならあります」
「おっ? あぁ~、いい、いい、そんなもん。向こうで見せたんだろ? それよりあんた、どこまで行くんだい?」
うっ……。
兵士の前だ、ウソはつけない……。
「その……、鉱山より向こうまで……。どうしても行かなきゃいけないんです」
「おいおい! まさか森や砂漠まで行く気かい?」
「はい……」
兵士は少し黙ったが、さらに続けた。
「……そうかい、まぁなんだ、訳ありっぽいが、気をつけな。特に森にはな。知ってると思うがバケモノがいるかもしれん! こりゃ噂だが、夜は出歩かねぇ方がいいぞ」
「そうなんですか?」
「あぁ。そうだ! 森にはな、兵や商人用の休憩小屋がある。あとな、中ぐらいまで行くと、でっかい虚のある木もある。そこらで休むといいぞ!」
兵士にもこんなよくしゃべる人がいるんだなぁとルナは思ったが、今までの張り詰めた空気がぱっと明るくなった気がして嬉しかった。
「ありがとうございます!」
「あぁ、くれぐれも気をつけな!」
よかった……、咎められなくて。しかも新しい情報まで手に入れることができたわ。
「ガレス、行こう」
ルナは手を振ってくれている兵士にぺこりと頭を下げ、その場を後にした。
「ありゃあ、いい馬だなぁ」
去っていくルナたちを見て、兵士はボソリと呟いた。




