輝く湖
「ねぇ、ガレス」
「なんだ」
ルナはガレスの背の上から話しかける。ガレスは無愛想だけど、ルナの話をちゃんと聞いてくれる。その証拠に、ガレスのピンと立った両耳は、しっかりとルナの方を向いていた。
ここ数日で、ルナはガレスの性格を少しずつ理解してきた。
王との謁見のあと、ルナの中で疑問が確信へと変わりつつあることがあった。
「あのね、お父さんもノアと話せたんじゃないかなあ?」
「……あぁ。オレもその可能性は高いとみている」
「やっぱり……!」
父が王に伝えたかった情報の出所は、ノアだったのではないか。
「私ね、思い出したの。昔、ノアが体調を崩したことがあったのよ。その時、お父さんがお母さんに、『ノアが腹が痛いと言ってる』って言ったの。私もお母さんも、お父さんはノアの事になると頭がいっぱいになっちゃうから、特に気にもとめなかったんだけど……」
「ククッ、あいつも腹を壊したりしたんだな」
ガレスはなぜか楽しそうだ。
「ノアって、一体どんな馬なの? ガレスはノアの友達だから探すの?」
「ルナ、あいつはな、言ってみればお前たちの世界での王のような存在だ」
「えっ!?」
ノアが王様ってどういうことだろう?
「まぁ、オレたちの世界にも色々ある。あいつはお偉いさんってやつだ。オレはあいつの側近ってところか」
側近!? ガレスが?
「どういうこと……?」
「お前たちの王がいなくなったらどうする? 血眼になって探すだろう? それと同じだ。オレはノア捜索を買って出た。あいつがいないとオレの仕事が増えるからな」
ノアが王様でガレスが側近で――、ガレスたちの世界って? 一体どういうこと?
「ルナ、この世界がお前たち人間のものだとは思うなよ」
「えっ……?」
「お前の目に見えている世界はこの世の端くれに過ぎん。いいか、過信するな、支配しようとするな。過信は悪だ、支配は罪だ」
「ガレス、言ってることが……」
「オレが言いたいのは、この世は人間が中心で回っているわけではない、全てが同時に変化しているということだ」
「私の頭の中が回ってる……」
「まぁいい、いずれ分かることだ」
「う、うん……」
ガレスはたまに難しいことを言う。
ルナはガレスと出会い、母と別れ、自分の生まれた街を出、王都の王に会った。そしてさらにその先へ進もうとしている。一度に色々なことが押し寄せてきて、まだ心が追い付いてこない。
「少し休むか、水場がある」
ガレスはそう言うと、また突然道を逸れ、細い脇道に入った。どうやら鼻が利くらしい。
しばらく進むと小さな湖が見えてきた。その湖面は太陽を浴びて、銀色の絵具を溶かしたように輝いている。
「ガレス! すごい! とってもキレイな湖よ! ブラッシングしてあげるわ、私、持ってきたの!」
膝まで水に浸かり、ガレスの体にブラシを当てると、ガレスは照れ臭そうにしながらも気持ちが良いのか目を閉じる。
「……さっきは悪かったな」
ルナは驚いて顔を上げる。
「いいの。私はきっと色々知らなさすぎるのよ」
そうだ、私は何も知らない。ガレスの言う世界のこと、お父さんとノアの関係や、バケモノの正体だって。食べられてしまうかも、殺されるかもしれない。王様の兵が戻ってこなかったのに、私が生き残れる可能性は低いはずなのに……。
でも――
規則正しく上下するガレスの腹に触れている掌から、じんわりとあたたかい熱が伝わってくる。
――今、生きている。
「ルナ?」
「……ガレス、私、負けないから……」
「……あぁ」
「きゃあ!!」
いきなり、ガレスが首を激しく左右に振った。濡れた鬣から飛び散った水しぶきが、太陽の光を反射して宝石のようにキラキラ光る。
その向こう側で、目を細めるガレスが見えた。




