A strange experience ‐奇妙な経験4‐
それは「三猿霊媒師」本編完結から、約四年後のこと。
青年がドアを開けると、一人の女性が読書をしながら部屋の中央に鎮座していた。女性は入ってきた青年を一瞥すると、読んでいた書物にすぐ視線を戻し、一言「このたびはご結婚、おめでとうございます」と素っ気なく言い放った。
「叔母さん……」
青年は玄関に突っ立ったまま中に入る気配もなく、むしろそれ以上部屋に入ることを怖がっているようにも見えた。女性はふんと鼻で笑うと、
「その態度は正解だよ。正解なんだけど、悲しいね。昔は結構可愛がってやった記憶があるだけに」
「……すみません。俺も、なんて言ってあげればいいのか。ただ、これだけは信じてください。いつか必ず……」
「いいよ。無理して関わろうとしないで。新婚さんらしくイチャついていればいい」
そう言って、陽気に笑った女性の顔を切なげに見つめた青年は、やがて視線を地面へと落とした。
「あいつは今でも、あの場所に居座り続けていますよ。叔母さんが何も言わないから……帰りを待っています。たぶんこれからも」
「馬鹿だよねぇ? まぁ、そこが可愛いんだけど。いや、別にどうだっていいんだけどさ」
薄ら笑いを浮かべながら、
「そういやさ、あの子いくつになったっけ?」
「……二十三です」
「へぇ、もうおばさんだね」
そう言って、また小馬鹿にしたように笑った。
「私が呪いを受けてから結構経ってるのに、なかなかの忠犬ぶりで。でも今の状況、なんて言えば良いのかね、本当。いろいろと“組み合わせて”遊んでいるみたいですって? はははっ!」
「別に、遊んでいるわけではないでしょう。叔母さんは叔母さんなりに、その呪いの力で以て人のためになろうと頑張っているでしょう」
「どーだか? わかんないよ。そうだ、そこのさ」
おもむろに立ち上がると、女性は背後の箪笥を開き、その中身が青年にも見えるように身体を横にどかして見せた。その中にあったのは……
「……!? あ、あなたは一体何をしているのか、わかっているのですか?」
「あはは。わかりやすい反応だよね。まさかこんなことまではしないっていうかできないとか思ってたんでしょうけど、あいにく私、そこまで善い人じゃないんで」
嬉しそうに笑いながら、女性は玄関に立ち尽くす青年の顔が見る見る蒼白になっていくさまを、ただ黙って見つめていた。
「でもまあ、こういう状況だからさ、もうキミも来なくていいよ。てか、来たくないでしょう? こんな気持ちの悪い場所。今までどうもありがとうね。バイバイ」
そのまま無言の圧力で、女性は青年を追い出そうとしているように見えた。が、
「……誰のですか?」
「ん?」
「それは一体、誰のを取ったのですか?」
すると、女性の唇がにぃっと不気味に弧を描く。
「知りたいの? 教えてあげようか? これはね、あんたもよく知っている人の、血縁者のモノだよ。そうだね、ちょうど……そのよく知っている人が、『捜したいけどなかなか思うようにいかない人』のモノだよ」
青年の目が思い切り見開かれた。その瞳には、恐怖と困惑の色が浮かんでいる。
「あり得ない……なぜ、あなたがこのようなことを……」
「さあね。一つ言えるのは、私はこれを頼まれてやったってことくらいかな」
「頼まれて?」
「そう、頼まれて。もういいだろ? いい加減さようならだよ。でないと……」
――あんたの身体も同じようにバラすよ?
女性のその言葉に、青年はそれ以上何も言わずに玄関のドアを閉めると、二度と振り返らずに歩き去った。
「あれで本当に良かったのか?」
開けっ放しの箪笥の中でくぐもった男性の声がした。女性はその声に「あぁ」と短く答えたのち、
「他でもない、あんたの内縁の奥さんからの頼みですから」
「……違うだろう。甥っ子とあんな別れ方で、後悔しないのかときいている」
女性はその言葉には何も返さず、ただ笑っている。その薄ら笑いの向こうにある感情を読み取ることができる者は、現在の状況では誰一人としていなかった。
女性:峯崎さん。紫雲と紫苑の叔母。時間や空間などを切り離して繋ぎ合わせる能力(本人曰わく呪い)を持つが、まだ完全に制御しきれず、たまに失敗する。
青年:峯崎紫雲。峯霊寺の当主。霊媒相談所の設立者。三猿霊媒師の総指導者。このたび大元織と結婚した。
あいつ・あの子:峯崎紫苑。紫雲の妹。叔母を慕っており、霊媒相談所(最後に叔母の姿を見た場所)で彼女の帰りを待ち続けている。
箪笥の中の男性:荻原治。三猿霊媒師「見ざる」黒川鉄矢の父親。二十年以上行方不明だったが、現在、訳あって箪笥の中にいる。
最後に一言
「トイレの次は箪笥でした」
※同人誌『三猿霊媒師』『うさぎの短編集』にも収録されています。
詳細は活動報告を読んでください。




