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食卓にならんでいるのは、ホカホカに炊けた白米。
おいしそうな湯気を立てる具だくさんのミソ汁。
日本人の食卓の友・梅干しがパックに納められ、たくあんの漬け物、肉じゃがというとり合わせだった。
「いただきます」
あえかが手を合わせ、同じように全員が手を合わせる。
「どうぞ、お召しあがりください」
日和に大沢木、金剛とあえかの四人がちゃぶ台を囲んで箸を運ぶ。
「うまいッス師匠!」
日和はあたまに包帯をしている。破けたパジャマは弁償することにして、今は学生服であった。
「お口に合うようでよかったですわ」
「とくにこの肉じゃがなんか最高っすよ! オレ、これでもう他の肉じゃがなんて見向きもできないです! 師匠の作ったモノじゃないと体が受けつけない!!」
「口の中にあるものを飲みこんでからしゃべってくださいね」
あえかは私服である。
デニムのロングパンツにブルーのロングシャツという軽装に、白いエプロンを着けた格好で食卓に正座している。さすがに道場ではないので、日和や大沢木があぐらをかいていることを咎める気はない。
「うぃ~」
金剛は朝っぱらから酒を口にしている。つまみはたくあんの漬け物である。白いご飯もたまに食う。
大沢木は――
「どうしたいっちゃん?」
日和はまったく食事に手をつけていない大沢木にたずねた。
「師匠の手料理だぜ? 今食っとかねえと一生後悔するぜ?」
それは日和だけである。
「…………」
取り分けられた漬け物の皿に目を落とし、さらにその漬け物すら見えていない様子の彼は、なぜか生気が抜けていた。
「師匠の手料理ホントにうまいぜ? 一口食ってみろよ」
と言って、肉じゃがのジャガイモを箸でつまんで彼の口元へ運んだ。
ポロリとこぼれる。
「あっ! バカもったいねえ!」
畳に落ちたジャガイモを箸で突き刺し、大沢木の口にむりやりつめこむ。
だがしかし、まったく咀嚼されない。
「どうしたいっちゃん」
日和は心配になってたずねた。
「ふぃふぁん」
ジャガイモを含んで話す。
「何言ってるかわかんねえ」
ごくん、とそれなりな大きさのジャガイモを丸呑みする大沢木。
「……男には、見られちゃならねえ秘密ってのがある」
横顔が荒んだ。
「秘密?」
「誰にも言いませんよ。大沢木君」
あえかは微笑みながら大沢木に声をかけた。
ビクッ、と大沢木はふるえ、あたまを抱えてちゃぶ台に頭突きした。
「な、なんだいっちゃん! なにがあったんだ!? なァ!」
「……オレは”狂犬”。喧嘩百段。最強の漢を目指す男。そんなオレが唯一――」
ブツブツと独り言をはじめた親友の様子に、日和は本気で心配する。
「いっちゃん、オレに教えてくれ! ちからになるぜ!」
「うぉぉぉぉ!!」
突如顔をあげた大沢木は、
カクン。
うなだれてポツリとつぶやいた。
「もうだめぽ」
「ぽ?」
ぽうん、と大沢木の口からタマシイが出てくる。
金剛は箸でつかむと、もとの口へと押しこんだ。
「最近のガキは打たれ弱いのう。秘密を他人に知られたくらいでなんじゃ」
酒を呑みながら、また出てきたものをさらに奥へとねじこむ。
「仕方がありませんわ。彼はどうもプライドが高いようですし」
苦笑しながらあえかは言った。
「なにがあったんすか師匠!?」
日和は自分の親友の有りさまの原因を求めた。
「秘密です」
人差し指を唇につけ、ふくみ笑いをするように言った。
「いっちゃんが師匠と秘密を持った!」
がーん!
落ち込む日和。
「お、オレだって、師匠の秘密くらい知ってるぞ! 赤くてスケスケの下着を持ってるんだ! しかもヒモ――」
「春日君。もう一度投げられたいですか?」
あえかが拳をにぎると、日和は黙ってご飯を口に運ぶ。
「”舞姫”。昨日ワシが青龍家から聞いたことを伝えておこう」
ふたりの邪魔が入らなくて都合がよいと考えた――かどうかわからないが、金剛が口を開く。
「はい」
「青龍家は、この件について全面的に協力することを約束した。なお東正龍という名は、青龍家の戸籍上から抹消されることとなった」
「では、やはり青龍家はかかわりがなかったと」
「東が抹消されるって、どういうことっすか!」
日和は箸を止め、金剛の方へ身をのりだした。
「戸籍の抹消とははじめから存在しなかったことにすることじゃ。もしまだ生きているとしたならば、全力で”抹殺”することになる。自家最大の汚点ゆえ」
「抹殺って――」
「東正龍は青龍家に殺される」
のんびり答えたその声に、日和は立ち上がった。
「な、なに言ってんスか! あんたバカじゃないのか!?」
「春日。オヌシも覚悟しておけ。”総社”の秘密を知れば――」
「和尚」
あえかは金剛に口を閉じさせ、春日に対してほほえんだ。
「あなたのお友達とはいえ、まちがいを犯したものは正さねばならない。それは、偶発的でも、自発的でも、のちにまた同じ過ちを冒さぬものが出てこないようにするため。古来より社会が行ってきた制裁の術です。分かりますね」
「悪いヤツややっちゃならないことをやったヤツが牢屋にぶち込まれるのは分かります。でも、殺すって!」
「法とはなんのためにあるのでしょう」
あえかは静かに弟子を見つめた。
「そ、そりゃぁ、その、安全にオレや師匠が暮らしていくため――」
「そうですね。けれど、ちがうのです」
首をふる。
「広義にみれば法は万民のために生み出されたもの。しかしそれは、一個人のためではありません。ムラという集団が生きていくために生みだされた不文律。社会をひとつの個体と見なし、この個体を冒す病原体を無害へと矯正する、もしくは排除するために作られたものが、法。それを守らねば、その社会自体が自壊する。そのおそれから遵守すべき最低限のルールとして法は作られたのです」
あえかは熱いお茶を口に含んだ。すでに茶碗の中身は一粒残さずきれいにカラになっている。
「個人を守る法ではなく、法を守るのが個人、ひいてはその集団に属す個人を守る盾となる。個人の命と同じように、社会もまた、等価の価値を持つもの。村八分やヨソ者をきらう風習というのは、そこから必然的に生まれた自衛の手段です。東正龍という人物も、やってはならないことを冒してしまった。罪はつぐなわれなければなりません」
「なにも死なせることないじゃないッスか!!」
あえかは困ったような表情を浮かべた。
いくら正論を説いても、感情をむき出しにした子供に分からせることなど無理なのかもしれない。
「……わかりました。正龍君のことは、わたしが何とかしましょう」
「”舞姫”」
金剛のするどい目に、あえかはうなずく。「分かっております」
「マジっすか! さっすが師匠! 頼りになるっす」
元通りに席に座り、朝食をがっつき始めた日和を一瞬だけかなしみの瞳で見たあと、あえかは視線を落とした。
茶柱は立っていない。
「早まったやも、知れぬな」
独り言のようにぼそっ、とつぶやき、金剛がのそりと立ち上がった。
「ワシは正龍家との打ち合わせがあるでな。これにてご免」
そう言って、縁側から出ていく。
「金剛様、ではわたしが、彼の居場所を探っておきます」
「できるか?」
「はい。先日、呪主の手がかりを手に入れております」
あえかは、日和に向けて言った。
「禊の準備をします。早く食べ終わってください」
キラーン!
日和の目が光った。




