第8話:依頼『湯けむりカルト・後編』
「うわああぁぁっ!黒江さん黒江さん!!!
凄い豪華なお夕食ですよ!お刺身の船盛りに天ぷら!
山菜の小鉢も~!!!」
18時、客室に運ばれてきた豪華な夕食を前に
茜は目を輝かせて歓声を上げた。
「タダでこんなご馳走を食べられるなんて.....!!
私、本当にこの探偵事務所でバイトしてて良かったです!!!」
「......うるせぇなあ、メシくらい静かに食えよ。」
黒江は畳に胡坐をかき、マグロの刺身を気怠げに口へ運ぶ。
「.......山奥の癖にゃしっかりしてんな。
でも味は薄ぇ、マッ缶も売ってねぇし。」
「文句ばっかり言うなら私が食べちゃいますよー!!!
この天ぷらサクサクで美味しいですよ!ほら!!!」
満面の笑みで料理を堪能した茜は、食後に大浴場へ向かい温泉を満喫。
部屋へ戻ってくるなり「最高でした~....!」と湯上りの牛乳を飲み干すと
長旅の疲れもあったのか、余韻を味わいながら布団の上にダイブして
そのまますやすやと爆睡し始めた。
「......単純な奴め。」
黒江は紫煙を吐き出しながら、健やかな寝息を立てる茜を一瞥した。
──────────────────────────────
深夜2時、静まり返った館内に
地鳴りのような太鼓の音と不気味な読経が響き渡る。
部屋の障子が微かに振動するほどの音量に
黒江は死んだような目で天井を見上げる。
「........うるせぇなあ、クソが。
依頼だし寝れねぇし、いっちょ見てくるか。」
黒江はゆっくりと身体を起こすと
熟睡している茜を起こさないよう、一切足音を立てず
静かに部屋の襖を開けて暗い廊下へ抜け出す。
館内は薄暗く、黒いフード付きのローブを纏った信者たちが巡回していた。
黒江は壁の陰や死角を滑らかに移動しながら
気配を完全に消して廊下をすり抜け、音の元凶に向かって進んでいく。
やがて、読経の中心地である1階の大広間へたどり着いた。
障子の隙間から中を覗き込む。
広間の奥には、禍々しい角と多数の目が刻まれた
『邪神レリーフ』を教祖と呼ばれる男が掲げていた。
その周りを取り囲む数十人の信者たちが、トランス状態のように
身体を揺らしながら呪文を唱えている。
「........なるほどね、何の神か知らねぇけど
睡眠を妨害された人間の方が怖ぇぞ。」
黒江は溜息をつくと、ズボンのポケットから【S&W M686】を引き抜く。
闇の中に身を潜めたまま、大広間の奥で掲げられているレリーフへ
静かに銃口を向ける。
カチリ、とハンマーを起こす小さな金属音が読経の渦に消える。
........ドガァァン!!!!
真夜中の館内に、鼓膜を切り裂くような重苦しい爆音が轟いた。
直後、掲げられているレリーフが内側から弾け飛んだように
木っ端微塵に粉砕され、激しい破片と煙が大広間に撒き散らされる。
「「「ひぃぃぃぃっ!?!?」」」
不快な読経が一瞬にして絶叫へと変わり、信者たちが頭を抱えて伏せる。
「神様が....ご神体がぁ!?」
「な、なんだ!?何が起きたんだ!?!?」
大パニックに陥る大広間。
硝煙が立ち上がる暗がりの中から、足音も無く黒江が姿を現す。
黒江の手には、銃口から白煙を立ち上らせるM686が握られ
死んだように冷たいまなざしで導師と信者たちを見下ろし
銃口をゆっくりと彼らへ向けた。
「........なにをどう信仰してるのかは知らねぇが
呪われたくなきゃ二度とここにくるんじゃねぇよ。」
低く、静かな.....絶対的な殺意を孕んだ声。
突き付けられた本物の鉄の質感と、圧倒的な威圧感に
信者たちは腰を抜かしてガタガタと震え出した。
「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」
「呪われるぅ!殺されるぞぉーっ!!!」
「逃げろ!逃げろぉぉ!!!」
蜘蛛の子を散らすとはまさにこのことだった。
信者たちは着の身着のままで大広間から雪崩のように飛び出し
夜の山奥へ向かって脱兎のごとく逃げ出していった。
静まり返った大広間に取り残されたのは
粉々に砕け散ったレリーフの残骸と、黒江だけだった。
「........ふぅ、これで静かに寝られる。」
黒江はM686をポケットへ仕舞うと
あくびをしながら自分の客室へと戻っていった。
──────────────────────────────
「........ん、ふぁああぁ......よく寝たぁ。」
翌朝、目を覚ました茜は爽やかに伸びをする。
「あれ、黒江さん起きてたんですね珍しい。
.......?館内凄く静かじゃないですか?お経の音も消えてますし。」
疑問を持って部屋を出、廊下を進んだ茜は大広間の前で立ちすくんだ。
祭壇の前で砕け散っているレリーフ、雪崩のように逃げた信者のせいで
扉や障子はボロボロになっている。
しかし、昨日までいた気味の悪い信者の姿は影も形も無かった。
「な......なにがあったんでしょう......。
黒江さん、何か知ってますか?」
「........さあな、でも向こうから居なくなってくれたんなら
こっちとしても依頼完了でいいじゃねぇか。」
砕け散っているレリーフを見つけた茜が、怪訝な目で黒江の方を見る。
「.....黒江さん、確認で聞きますよ。
クラッカー、持ってきてないですよね。」
「........持ってねぇよ、撃ったとしても
ンなデケェ音させたらお前、起きるだろ。
飯食ってさっさと帰るぞ、ヘンな事に巻き込まれたくねぇし。」
旅館で手早く朝食を済ませると
荷物をまとめ、車に放り込みエンジンをかけた。
山道を下り始めた車内で黒江は携帯を取り出すと、オーナーへ電話をかける。
「......神楽坂探偵事務所だ。
怪しい集団だが、もう全員いなくなったぞ。
片づけはそっちの仕事だ、勝手にやっとけよ。」
『えっ!?本当ですか.....!一体どうやって.....!?』
「......知らなくても良いだろ。
でもあいつらは二度と来ねぇよ、安心しろ。
報酬は口座に振り込んどけ....じゃあな。」
一方的にそう告げると、黒江はプツッと通話を切った。
「はぁ.....もう一回温泉入りたかったなあ。」
「......次来た時にでも入りゃいいだろ。
次は静かに楽しめるだろうしな.......。」
朝日が差し込む山道を、茜の名残惜しそうな声と
黒江の怠そうな返事を乗せた車が、走り抜けていくのだった。




