第3話:依頼『開かずの箱』
「.......で、これを開けて欲しいと。」
神楽坂探偵事務所の応接セット。
黒江はソファーに深く腰掛け、目の前のテーブルに置かれた『それ』を
相変わらず死んだような目で見つめていた。
テーブルの上に鎮座しているのは、縦横30センチほどの古めかしい木箱。
表面には不気味な幾何学模様が刻まれ、全体に太い鉄のチェーンと
頑丈な南京錠が重々しく巻き付けられている。
「そうなんです!蔵の整理をしていたら出て来まして.....
鍵屋を数軒回りましたが、全員『こんな構造の鍵は見たことが無い』
と匙を投げられてしまいまして...。」
汗をぬぐいながら熱弁するのは、近所で骨董店を営む初老の店主だ。
「黒江さんなら、探偵さんなら何か特殊な道具があるんじゃないかと...!
もちろん謝礼はたんとお支払いいたしますので!」
「....鍵屋が無理なモン、探偵が開けれると思うのかよ。
ブッ壊してもいいならバールで叩き割るぞ。」
「あぁ!ダメですダメです!貴重な骨董品かもしれないんですから!
中の物を傷つけず鍵だけを......あ、申し訳ない!
急用を思い出しまして!1時間ほどで戻ります、何とかお願いします!」
店主は一方的にそう言い残すと、逃げるように事務所を飛び出していった。
残されたのは黒江と、お茶を淹れていた茜.....それとこの箱だ。
「......勝手に置いて行きやがって。」
「黒江さーん!お客様に『バールで叩き割る』なんて言わないでください!
でも..........これ、どうするんです?ホントになんかあるんですか?」
茜が箱をのぞき込む。
黒江はため息をつきながら、ポケットから取り出した1本の針金を
鍵穴に突っ込み、適当にガチャガチャと弄ってみた。
だが数秒もしないうちに、黒江の手が止まる。
「開くわけねぇだろ.........っ?茜ちゃん、お茶。」
「まあ、そうですよねぇ......。
本当にお茶で良いんですか?
下の自販機にマックスコーヒー置いてありますよ?」
「んー........ならそれで。」
茜は黒江の財布をひったくると、トントンと事務所を出ていった。
扉が閉まり、廊下を遠ざかっていく足音が聞こえる。
事務所には不気味な箱と、黒江だけが残された。
黒江はタバコの煙をぷかぷかと吐きながら、鍵穴から針金をそっと抜く。
針金の先端には、粘り気のある不快な紫色の粘液が付着している。
鍵穴の奥から漂ってくるのは、木の匂いでも金属の匂いでもない。
潮の引いた泥のような、生暖かく不快な異臭。
そして、針先から伝わって来た『ぐにゃりとした生き物』の感触。
(........チッ、骨董品じゃねぇぞこりゃ。中に何か『入って』やがるな。)
鍵屋が匙を投げたのも当然だ。
これは開けるための鍵じゃない、開けられるようには作ってない。
異形を封じ込めるために存在する拘束具だ。
このままあの店主が無理にでも開けようとすれば、中身が跳ねて被害が出る。
そしてなにより......茜が戻ってくるまでに片づけないと、面倒なことになる。
黒江はタバコを灰皿に押し付けると
死んだ目のままジーパンの後ろポケットに手を滑らせた。
ずっしりとした重厚感【S&W M686】を引き抜く。
「.....大人しく鍵だけ開けてやる義理なんてねぇ。
中身も含めて、しっかり『対処』してやるよ。」
黒江はM686のガッシリとした銃口を
箱の南京錠と鎖の集中する中央部分にピタリと押し当てた。
親指でカチリとハンマーを起こし、躊躇なくトリガーを引き絞る。
......ドガァァン!!!!!
狭い事務所内に、鼓膜を破らんばかりの凄まじい轟音が鳴り響く。
.357マグナム弾の衝撃で南京錠と鎖が粉々に吹き飛び
木箱の蓋が粉砕された.........次の瞬間。
無数の不揃いな眼球、ヌメヌメと蠢く無数の触手。
『星の精』の幼体.....封印を解かれ、最初の獲物を喰らいつくそうと
黒江に襲い掛かってくる。
「ジュチチチチチチチッ......!!」
「はぁ......わーったよ、うるせぇな。」
黒江は少し呆れた顔で、M686を両手でしっかりと保持したまま
肉厚のトリガーを連続で引き絞った。
...........ドガァン!ドガァン!ドガァン!
至近距離で叩き込まれるマグナム弾の連射。
飛び出してきた異形は、空中で核を打ち抜かれ肉片となり
紫色の不快な液体となってソファーや床にぶちまけられた。
シリンダーから立ち上がる硝煙。
黒江が撃ち終え、シリンダーを開き空薬莢を排出し
ハンマーを戻したその時......
バターン!!!!と事務所の扉が勢いよく開いた。
「く、黒江さん!?な、何事ですか今の音っ!?」
両手に黄色いマッ缶を持った茜が、目を見開いて飛び込んできた。
茜の目の前に広がるのは、白く立ち込める煙と、粉々になった木箱の残骸
そして床一面に飛び散った謎の液体だ。
「爆発!?地震!?っていうか黒江さん!!!
何持ってるんですかソレ!?音の原因それですか!?!?」
茜が腰を抜かしそうになりながら
黒江がまだ右手に握りしめている大口径リボルバーを指さす。
死んだような目のまま黒江は、手に持ったM686をチラリと見つめ
至極当然といった顔で口を開いた。
「........あ、これか?舞台用のクラッカーだ。」
「クラッカー!?どんなハイパワーのクラッカーですか!!!
音も煙も!完全に映画とかドラマとか事件のやつでしたよ!!!」
「.......手品用のやつだ。
箱の中に変な害虫湧いてたから、音波と衝撃でな。」
「害虫ぅ!?どんな害虫ですか!!!
ていうか箱!粉々じゃないですか!!!骨董品って言ってたのに!!」
「箱は骨董品じゃねぇよ、中身もどうせヤバイ毒虫か
腐ったコンニャクでも詰まってたんだろ、デカくてキモかったし。」
「にしてもですねぇ....!いやそれよりも!!
床もソファーも!ドロッドロじゃないですか!!!
匂いもなんか生臭いし!!!」
「虫だろ、それか何かの液体。
掃除頼むな、私はタバコ吸ってくる。
言われた通り、外でな。」
「ちょっと!逃げないでください黒江さんーっ!!!」
そこへ、タイミングが良いのか悪いのか
骨董店の店主が戻って来た。
「ただいま戻り.....ひえっ!?な、なにが.......。」
「あ、店主さん!
すみません、黒江さんが変なクラッカーで箱を.....!」
「............おい、店主。
中身はヤバそうな害虫だったぞ。
危険手当と弾代込みで、しっかり請求書送るからな。
オラ帰れ帰れ、珍しく見送ってやんよ。」
「あ........害虫......弾代.........!?」
黒江は茜から受け取ったマッ缶のプルタブを引き
硝煙の匂いを嗅ぎながら店主の見送り兼タバコを吸うために
外へ出たのだった。




