必要なんでしょ
操縦シミュレーション室にて。
草木も眠る丑三つ時。
ここを去ってから数時間ずっと駆け走っていた茜。汗だくになった身体を風呂で洗い流してはここに戻って来た。足音を立てず電気もつけずにこっそりと。
今はまだ菊花に合わせる顔がなく外で眠る事も考えたが、ここで過ごすと決めていたので戻って来たのだ。ただし、どうか菊花が無視をしてくれますようにと願いながら。
眠って朝起きた時には昨日言った事は忘れてくださいと言うので、今はどうか無視してくれますようにと強く強く。
けれど、菊花はまるで犯人を追い詰めた警察官のように煌々とした電気をつけては、茜の姿を丸裸にした。
「おかえり」
「………ただいまです」
疾駆と風呂だけでは説明がつかない火照りが追加された茜。滝のような汗が全身から流れる中、操縦席に座っては後ろに倒し、おやすみなさいとか細い声で言っては目を閉じた。
温度調節はされているので、布団は不要だった。
「ねえ」
「………」
「へえ。無視するの。いいけど。別に。人間は睡眠が必要だもの。私も邪魔はしない。ただ言っておきたい事があるから言うわ」
「………ごめんなさいさっき言ったへたれ野郎の僕の言葉なんか完全消去してください」
「必要なんでしょ」
「………え?」
「操縦できるようになる為に雑談が必要なんでしょ。もちろん、操縦シミュレーションを行っている間は雑談はしないけど、それ以外ならいいわよ。私はあんたをサポートするAIだもの」
「………ううん。いい。僕に雑談する時間なんてないのに。マニュアル本を全身に叩き込まなくちゃいけないのに。ごめん。気合を入れ直した。でも。コスモスはここに置いておく」
「………そう。じゃあ。雑談はしない。でも。ひとつだけ。ワレモコウ。この花も置いておいて。私の好きな花だから」
「………うん………うん。朝起きたらいの一番に買って来るよ」
「ええ。おやすみなさい」
菊花は煌々とした電気を消した。
おやすみなさい。
茜はほんの少し声を震わせながら言ってのち、やおら閉じていた目を開けては、そっと閉じたのであった。
(2026.10.13)




