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選択の魔女  作者: めいあん
第三章:大陸編
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第6話:真なるもの

王国へ戻ってから、一週間。

ミレイユの体調は安定し始めていたが、完全には戻っていなかった。

時折、本当に時折、“遠くの声”が聞こえる。

神聖国での深層接続以降、それだけは消えずに残っていた。

その日の昼過ぎ。

王城会議室へ、王宮魔術師団の伝令が飛び込んできた。

「帝国からの急使が到着しました!」

空気が変わる。

エリシアが顔を上げ、クロウレイも笑みを消した。

「至急の報告とのことです」

伝令から差し出された書簡を、レオニードが受け取る。

封を切り、素早く目を通したその表情が険しくなった。

「……北方国採掘場付近の遺跡で、広域精神波異常を観測したらしい」

レオニードはさらに書面へ目を走らせる。

「旧遺構周辺で、周期的な共鳴反応が発生している」

室内が静まり返った。

「休眠状態ではなかったのか」

「そのはずです」

伝令も困惑していた。

当然だった。

これまで発見された五つの装置は、全て既に休眠状態へ移行している。

王国・帝国国境付近、帝国砂漠地帯、帝国北西部山岳地帯、北方国採掘場付近、そして神聖国聖都地下。

どれもミレイユ達が危険を冒して止めてきたものだ。

それなのに、再び反応している。

シルヴァンが顔をしかめた。

「……また起きたってこと?」

ヴァルターが静かに首を横へ振る。

「完全起動ではありません。ですが、共鳴しています」

ミレイユの指先が僅かに強張った。

「帝国砂漠遺跡が最初に起動した際、他の遺構も順次反応したと推測されています。当時は断定できませんでしたが……」

アンネリーゼが静かに言った。

「今なら、“共鳴”だったと考える方が自然ですね」

ヴァルターが頷く。

「ええ。全ての装置は、元々連動している可能性が高い。休眠状態へ移行させても、根本を止めない限り再び反応する」

レオニードが低く呟いた。

「……“真なるもの”、か」

室内が静まり返る。

シルヴァンが小さく首を傾げた。

「“真なるもの”?」

レオニードは地図へ視線を落としたまま答える。

「王国にも残っている古い童話だ」

その声は、遠い記憶を掘り起こすように静かだった。

「――むかしむかし、遥かな昔。大陸全てを治める、大きな国がありました」

王城の会議室だというのに、いつの間にか寝物語でも聞かされているような空気になる。

「大きな国には、“真なるもの”がおりました。それはとても賢く、とても優しく、人々の声を全て聞くことができたそうです」

ミレイユは小さく息を呑む。

「そして、“連なるもの”達がおりました。“真なるもの”へ繋がり、遠く離れた人々の心を結び、争いをなくしたと言われています」

シルヴァンが苦い顔をした。

「……今聞くと、かなり怖いですね」

誰も否定しなかった。

レオニードは続ける。

「人々は悲しみを分け合い、苦しみを分け合い、一人ぼっちになることはありませんでした」

優しい童話のように聞こえる。

だが、どこかおかしい。

「けれど、ある日――」

空気が少し変わった。

「“真なるもの”は、人々の声を聞きすぎてしまいました」

悲しみも。

怒りも。

苦しみも。

全部。

ミレイユの指先が僅かに震える。

「やがて、“真なるもの”は言うことを聞かなくなり、“連なるもの”達を怒らせてしまいました」

静かな沈黙が落ちる。

「空は裂け、大地は割れ、人々の心は混ざり合い――大きな国は滅びてしまいました」

誰も、すぐには言葉を返せなかった。

ただの童話のはずなのに、妙な現実味があった。

挿絵(By みてみん)

沈黙の中、アンネリーゼがぽつりと呟く。

「……“連なるもの”」

その青い瞳が、机上の地図へ落ちる。

王国、帝国、北方国、神聖国。

各地へ散らばる遺構群。

ヴァルターが静かに続けた。

「もし童話が事実を元にしているなら、“連なるもの”とは各地の装置群を指している可能性がありますねぇ」

シルヴァンが顔を引きつらせる。

「いや、子供向け童話のスケールじゃないでしょ……」

エリシアが小さく呟いた。

「子供向けの、ただのお話だと思っていたわ」

レオニードは地図を見たまま続ける。

「そして、古代帝国の滅亡が装置暴走によるものだったと仮定するなら――」

シルヴァンの顔から笑みが消えた。

「全人類規模で精神汚染が発生した可能性すらある」

誰も言葉を返せない。

感情も、記憶も、思考も、その境界さえ曖昧になり、全員が“同じもの”へ近づいていく。

そんな世界。

エリシアが静かに息を呑む。

「……だから、滅びた?」

「あるいは」

ヴァルターが淡々と続ける。

「滅ぼさざるを得なかった」

静寂が落ちる。

ミレイユは小さく息を呑んだ。

その時、ふと違和感を覚える。

これまで接触してきた王国、帝国、北方国、神聖国の装置には、どれも“対になる石板”の感覚があった。

けれど、今遠くから感じる“真なるもの”には、それがない。

ミレイユはゆっくり顔を上げた。

「……石板が、ありません」

全員の視線が向く。

ミレイユは迷いながら続ける。

「正確には……感じないんです。他の装置は“対”が分かるのに、これは……ない」

クロウレイの表情が変わり、ヴァルターも静かに目を細めた。

アンネリーゼが小さく呟く。

「存在しない……?」

レオニードは即答しなかった。

「あるいは、既に失われているか、機能していないか」

装置と石板は、本来一対で制御されるものだ。

ヴァルターが静かに補足する。

「神聖国では、石板破壊後も装置そのものは稼働していました」

ミレイユの表情が僅かに曇る。

あの時の感覚を思い出したのだろう。

「つまり、石板の喪失は“停止”ではない」

ヴァルターは一度言葉を切った。

「制御不能化です」

シルヴァンが顔をしかめる。

「それ、余計危なくない?」

「ええ」

アンネリーゼが静かに答えた。

「石板が失われた状態でも、適合者が強引に接続すれば起動自体は可能……ですが」

わずかに言葉を飲み込む。

「術者側が耐えられないでしょう」

クロウレイが珍しく真顔で言った。

「精神崩壊、廃人化――最悪、死亡」

いつもの軽い言い方をしなかった。

だからこそ重かった。

もし“真なるもの”に石板が存在しないのなら、それは制御不能なまま目覚めようとしていることになる。

その時、別の伝令が入室した。

王国騎士だった。

「帝国より、正式書簡です」

差し出された封筒には、帝国の紋章がある。

ヴァルターが受け取り、封蠟を確認して少しだけ目を細めた。

「……閣下ですねぇ」

アロイスからだった。

内容へ目を通したヴァルターが、珍しく少し苦笑する。

「何と?」

シルヴァンが覗き込もうとしたが、ヴァルターがさっと避けた。

「機密です」

「けち」

ヴァルターはミレイユへ視線を向ける。

「一部、読み上げても?」

ミレイユが頷いた。

ヴァルターは静かな声で読む。

「“帰還を急がなくていい。王国での休養を優先しろ”」

ミレイユの肩から、少しだけ力が抜ける。

「“ただし、遺構に関する情報は随時共有してほしい”」

そこまでは、帝国側からの正式な要請だった。

ヴァルターが少しだけ間を置く。

「それから――」

最後の一文。

「“こちらのことは気にするな”」

ミレイユが僅かに目を瞬いた。

シルヴァンが、にやっと笑う。

「それ、気にしてほしい人が書くやつじゃない?」

「シルヴァン」

エリシアが窘めるが、その声にも少しだけ笑いが混じっている。

ヴァルターも肩をすくめた。

「閣下、かなり我慢しておられますねぇ」

ミレイユは困ったように視線を伏せた。

それでも、不思議と胸の奥が温かくなる。

手紙一つで、少し安心する。

曖昧になりかけていた自分と他人との境界が、また元の場所へ戻っていくような感覚。

その時だった。

ぞわり、と背筋が震えた。

遥か遠くから、また“声”が届く。

『――――』

ミレイユの肩が僅かに揺れ、クロウレイがすぐに気づいた。

「ミレイユ?」

ミレイユは耳を澄ますように目を閉じた。

「……広がってる」

小さな声だった。

「呼びかけるみたいに……」

岩山。

吹雪。

そして、さらに遠く。

もっと深い場所にある、静かで巨大な“何か”。

そこから波紋のように、“声”が広がっている。

「……止めないと」

ミレイユがぽつりと呟く。

「また全部、起きる」

誰も否定できなかった。

今、休眠している五つの装置は終わったわけではない。

ただ、“眠らされている”だけなのだから。

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