第31話:残された欠片
翌日。
皇宮。
報告室には、いつになく重い空気が流れていた。
第一皇子は提出された報告書を静かに閉じる。
机の上には、神聖国遠征の記録が整然と並べられていた。
北方遺跡。
神聖国。
古代帝国の装置。
精神干渉。
どれも一国の問題では済まされない内容ばかりだった。
長い沈黙が続く。
誰も口を開かない。
やがて第一皇子は深く息を吐き、小さく額を押さえた。
「……頭が痛い」
その一言には、偽りのない疲労が滲んでいた。
北方で一つ終わったと思えば、今度は神聖国。
しかも両者には共通する古代技術が存在する可能性まで浮上している。
国家を預かる立場としては、気が休まる暇などなかった。
しかし第一皇子は、視線をミレイユへ向ける。
責める色はない。
静かに目を細め、短く告げた。
「……ご苦労だった」
その言葉だけだった。
けれど、それだけで十分だった。
労いも、感謝も、その一言へ込められている。
ミレイユは少しだけ目を見開き、静かに頭を下げた。
「ありがとうございます」
その様子を見届けると、第一皇子は、今度はアロイスたちへ視線を移す。
「お前たちもだ」
短い言葉。
だが、全員へ向けられた信頼がそこにはあった。
アロイスもまた、黙って礼を返した。
その空気を破るように、第二皇子が楽しそうに笑う。
「いやぁ、実に興味深かったね」
相変わらず軽い口調だった。
だが、その目だけは冷静に盤面を見つめている。
「精神干渉装置に都市規模の同調機構」
椅子へ深く腰掛けながら、くるりとペンを回す。
「使い方次第では、国家そのものを変えられる」
第一皇子が鋭く睨む。
「その発想をやめろ」
「冗談だよ」
笑顔で返す。
しかし、その場にいた誰一人として、本気で冗談だとは思わなかった。
第二皇子は続ける。
「でも、盤面は大きく動いた」
穏やかな声だった。
「北方だけでも十分厄介だったのに、今度は神聖国まで繋がった」
一拍置く。
「しかも全部、同じ匂いがする」
室内が静まり返る。
その沈黙の中、ヴァルターが静かに懐へ手を入れた。
「実は、一つ気になるものを拾いましてねぇ」
掌の上へ載せられたのは、小さな石片だった。
爪ほどの大きさしかない。
それでも、薄く蒼い光が脈打っている。
部屋の空気が変わった。
エドガーが身を乗り出す。
「……まだ反応がありますね」
慎重に石片を見つめ、ゆっくりと頷く。
第一皇子の眉間へ深い皺が刻まれる。
「完全には終わっていない、と」
「断定はできません」
エドガーは静かに答えた。
「ですが、北方遺跡と神聖国地下神殿には、多くの共通構造が確認できました」
石片を見つめたまま続ける。
「同一技術体系によって造られた可能性は極めて高いでしょう」
誰も口を開かなかった。
つまり。
北方だけではない。
神聖国だけでもない。
まだどこかに、同じ技術で造られた遺構が存在する可能性がある。
その事実だけで十分だった。
第二皇子だけが、小さく笑う。
「やっぱり終わらないか」
まるで、その答えを最初から知っていたように。
その時だった。
部屋の隅で静かに立っていたミレイユが、小さく息を呑む。
アロイスが真っ先に気づく。
「ミレイユ」
低い声。
全員の視線が集まる。
ミレイユは青ざめたまま、ゆっくりと顔を上げた。
「……夢を、見ました」
静かな声だった。
呼吸が少し浅い。
「暗い場所でした」
誰も遮らない。
ミレイユはゆっくりと言葉を探す。
「たくさんの"声"が聞こえて……」
瞳がわずかに揺れる。
「あれは……神聖国ではありません」
その一言で、室内の空気が張り詰めた。
「もっと深く」
「もっと……遠く」
ミレイユの指先が小さく震える。
「何かが……まだ眠っています」
沈黙。
長い沈黙だった。
誰も軽々しく言葉を返せない。
そして最後に、ミレイユは小さく呟いた。
「……まだ、終わっていません」
その声は、報告室へ静かに落ちた。
まるで、まだ見ぬ誰かが、遠い闇の中からこちらを見返しているかのように。
*
報告を終えたあと。
皇宮の回廊には、夕陽が長い影を落としていた。
アンネリーゼは窓辺で足を止める。
帝都の街並みを静かに見下ろしながら、白い手袋越しに指先を重ねた。
北方。
神聖国。
古代帝国。
精神干渉装置。
それぞれ別の出来事だったものが、一本の線となって繋がり始めている。
そして、その中心へ近づいていく人々。
ミレイユ。
アロイス。
その名前を胸の内で静かになぞる。
やがてアンネリーゼは、口元へ穏やかな笑みを浮かべた。
「……大変、興味深い展開になりましたね」
帝都の夕暮れは穏やかだった。
人々は何も知らず、今日という一日を終えようとしている。
けれど大陸のどこかでは、古代より眠り続けた"何か"が、なお静かに目を覚まそうとしていた。
盤面は、確かに動き始めている。
そして、その先に待つものを知る者は、まだ誰もいなかった。
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