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選択の魔女  作者: めいあん
第二章:帝国魔術師編
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第14話:再会の国境

出発の朝。

シュタルク邸の玄関には、すでに帝国紋章が刻まれた黒塗りの馬車が用意されていた。

その周囲を囲むのは、選抜されたシュタルク騎士たち。

人数こそ多くはないが、纏う空気は普段とは明らかに違っていた。

無駄な私語は一切なく、鋭い視線が絶えず周囲を見渡している。

今回の任務が、ただの護衛では済まないことを、誰もが理解していた。

玄関先で、アロイスが短く告げる。

「エドガー、ルドルフ。ここは任せる」

「承知しております」

エドガーが静かに頷くと、そのまま何気ない口調で付け加えた。

「ライナーはしっかり見張っておりますので、ご安心ください」

「おい待て」

ライナーが即座に食いつく。

「俺なんで監視対象みたいになってんの?」

「実際そうでしょう」

エドガーは少しも表情を変えない。

「書類を放置して逃亡した前科がありますので」

「一回だけだろ!!」

「二回です」

「数えてんの!?」

騒がしいやり取りに、張り詰めていた空気が少しだけ和らぐ。

その様子を見て、ミレイユの口元にも自然と笑みが浮かんだ。

ルドルフは静かに一歩前へ出ると、丁寧に一礼した。

「どうか、お気をつけて」

落ち着いた声音だった。

アロイスは短く頷き、ミレイユもそれに倣って頭を下げる。

「行ってまいります」

その言葉を聞いた途端、マルガレーテは目元を潤ませた。

「ちゃんと召し上がってくださいね……!」

「はい」

「無理は禁物ですからね!?」

「はい……」

まるで我が子を送り出す母親のようだった。

その光景を見ながら、ライナーがぼそりと呟く。

「もう完全に嫁扱いなんだよなぁ……」

次の瞬間、エドガーの肘が無言でライナーの脇腹へ入る。

「ぐふっ」

「余計なことを言わない」

「いや痛い痛い痛い!」

最後まで賑やかな見送りになった。

*

やがて馬車は静かに帝都を離れていく。

石畳の街路を抜け、高い城壁を越えると、景色はゆっくりと開けた街道へ変わっていった。

帝国から王国へ。

ミレイユが帝国へ連れて来られたときとは、ちょうど逆の道を辿っている。

向かいの席には、アロイスがいる。

その存在だけで、馬車の中は不思議と静かだった。

ミレイユは窓の外へ流れる景色を眺めながら、ゆっくりと呼吸を整える。

王国へ戻る。

そう考えると胸が少しだけ高鳴る。

けれど、それは帰郷ではない。

今回は帝国側の調査協力者として王国を訪れるだけであり、しかも非公式任務だ。

王宮へ立ち寄ることも許されず、王国側とは国境付近で合流したあと、そのまま遺跡へ向かう予定になっている。

アロイスがふと口を開いた。

「……久しぶりの帰還だというのに」

低く落ち着いた声だった。

「王宮へ出向けず、残念だったな」

ミレイユは少しだけ目を伏せ、小さく首を振る。

「……仕方ありません」

穏やかな返答だった。

今回は任務だ。

私情を挟む場ではないことくらい、自分が一番よく分かっている。

それでも脳裏には、自然と王宮の風景が浮かんでしまう。

長い廊下。

陽の差し込む中庭。

静かな執務室。

そこで過ごした日々。

エリシア。

シルヴァン。

リディア。

そして――アルベルト。

胸の奥が、ほんの少しだけ疼いた。

会いたい。

その想いは静かに胸へしまい込み、決して口にはしない。

馬車の中には穏やかな沈黙が流れる。

アロイスは何も尋ねなかった。

視線を向けることもない。

ただ、その沈黙が何を意味するのかだけは理解していた。

「……向こうも、お前の無事を気にしているだろう」

ぽつりと落ちた言葉に、ミレイユはゆっくりと顔を上げる。

少しだけ目を瞬かせ、それから静かに頷いた。

「……はい」

その一言だけで十分だった。

アロイスも、それ以上は踏み込まない。

馬車は変わらぬ速度で街道を進み続ける。

*

王国と帝国の国境には、強い風が吹いていた。

乾いた土の匂いを運ぶ風の中、中継地点にはすでに王国側の一団が到着している。

人数は帝国側と同じく最小限。

誰一人として警戒を緩めてはいなかった。

その中央から、一人の青年が軽く片手を上げながら歩み出てくる。

「どうも」

変わらない声音だった。

シルヴァンである。

彼はアロイスと形式的な挨拶を交わす。

互いに礼節は尽くす。

だが、それ以上は踏み込まない。

今回はあくまで非公式任務。

その距離感を誰もが理解していた。

挨拶が終わると、シルヴァンはすぐにミレイユへ視線を向ける。

そして、いつものようにふっと笑った。

「やっほー。久しぶり」

その一言だけで、張り詰めていた空気がふっと柔らかくなる。

ミレイユは大きく目を見開いた。

「シルヴァン様……!」

思わず一歩前へ出る。

「来てくださったのですね!」

「レオニード様から責任者に指名された」

肩をすくめながら笑う。

「出世したでしょ」

いつも通りの軽口だった。

けれど、その肩には確かな責任が乗っている。

挿絵(By みてみん)

ミレイユの表情が自然とほころんだ。

「会えて嬉しいです……!」

その声には、隠しきれない安堵が滲んでいる。

シルヴァンはそんな彼女を見つめ、小さく目を細めた。

「……あいつも来てるよ」

何気ない口調でそう言い、王国騎士団の列を指差す。

その先にはアルベルトが立っていた。

以前と変わらぬ鎧姿。

だが、その視線だけは真っ直ぐミレイユを見つめている。

シルヴァンがわざとらしく笑う。

「護衛騎士様」

その言葉に、ミレイユの呼吸が一瞬止まった。

懐かしさが胸いっぱいに広がる。

言葉にならない。

そんな彼女を見て、アルベルトは静かに片手を上げた。

ぶっきらぼうな仕草だった。

それでも十分だった。

――元気だったか。

そう語りかけていることが伝わってくる。

ミレイユの瞳が小さく揺れ、やがて柔らかな笑みが浮かんだ。

*

本来なら、もっと言葉を交わせたはずだった。

帝国での出来事。

王国の様子。

互いの無事。

話したいことはいくらでもある。

だが今回は任務だ。

しかも非公式。

いつまでも立ち止まってはいられない。

「じゃ、行こうか」

シルヴァンが空気を切り替えるように声を掛けると、一団は静かに動き始めた。

目的地は王国南東部。

かつてミレイユたちが異変を調査し、古代装置を発見したあの村だった。

馬車はゆっくりと進み、見覚えのある景色が少しずつ近づいてくる。

その途中、ミレイユの視線は自然と前方へ向かった。

ヴァルター。

彼は別馬車には乗らず、護送隊の中央を歩いている。

その腕には、布で厳重に包まれた石板が抱えられていた。

砂漠の遺跡で回収された、帝国側が保有する"対"の片割れ。

ヴァルターはまるで何でもない荷物のように持っている。

しかしミレイユには分かった。

布越しであっても、かすかなざわめきが伝わってくる。

眠っているはずの"何か"が、時折脈打つように存在を主張していた。

(……近づいている)

古代装置へ。

二つの波長が、少しずつ重なり始めている。

その感覚に、ミレイユは静かに息を整えた。

隣ではアロイスが周囲を警戒し、後方には王国騎士団が続く。

その中にいるアルベルトと、一瞬だけ視線が交わる。

言葉は交わさない。

それでも、お互いがこれから向かう先の危険を理解していることだけは伝わっていた。

やがて、見覚えのある村が姿を現す。

かつて異変が起きた場所。

今は何事もなかったかのように、人々が穏やかな暮らしを営んでいる。

その奥では、山肌へ大きく口を開けるように古代遺跡が待ち構えていた。

近づくにつれ、空気が変わる。

誰もが自然と口数を減らしていく。

馬車を降り、それぞれが静かに装備を整えた。

ヴァルターは布に包まれた石板を抱えたまま、一歩前へ出る。

「さて」

軽い口調だった。

だが、その目は少しも笑っていない。

「答え合わせといきましょうか」

遺跡の入口には暗い通路が続き、冷たい空気がゆっくりと流れ出していた。

ミレイユは静かに前を見据える。

再び、古代装置と向き合う時が来たのだった。

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