↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選択の魔女  作者: めいあん
第二章:帝国魔術師編
PR
41/144

第11話:目覚めた街

砂漠の夜風は、昼間の熱気が嘘のように冷たかった。

遺跡を出る頃には、空はすでに群青色へと沈み始めている。

ミレイユは意識を失ったまま、アロイスの背中で静かに眠っていた。

砂を踏みしめる足音だけが、夜の砂漠へ規則正しく響いていく。

少し後ろでは、エドガーとシュタルク騎士たちが周囲を警戒しながら歩いていた。

誰一人として軽口を叩こうとはしない。

遺跡で見たもの。

感じたもの。

あの異様な光景の余韻が、まだ全員の胸へ色濃く残っていた。

背中から伝わるミレイユの呼吸は浅く、ときおり苦しそうに眉を寄せる気配が伝わってくる。

精神干渉の反動。

それがどれほど危険なものなのか、アロイスには正確には分からない。

だが、決して普通ではないことだけは十分すぎるほど理解していた。

背中へ預けられた身体は、驚くほど軽い。

あまりにも軽すぎる。

その事実が、理由もなく胸の奥をざらつかせた。

やがて、遠くに小さな灯が見え始める。

砂漠の採掘居住区だった。

昼間は異様な空気に支配されていたその場所は、戻ってみるとまるで別の街のようだった。

オアシスを囲むように低い煉瓦造りの家々が並び、乾いた土色の壁や平たい屋根が夜の闇へ溶け込んでいる。

細い路地には小さな灯火が揺れ、水路のそばからは水を汲む音が聞こえてきた。

子どもたちの笑い声。

どこかの家から漂う夕食の香り。

何気ない生活の気配が、そこには確かに戻ってきている。

昼間あれほど濁っていた空気は、嘘のように消えていた。

エドガーは静かに辺りを見回し、小さく息を吐く。

「……完全に戻っていますね」

住民たちの目に、もう虚ろな色はない。

怯えも混乱も消え去り、まるで最初から何も起こっていなかったかのようだった。

「……装置の影響だったのでしょう」

エドガーは穏やかな口調で続ける。

「休眠したことで、干渉も解除されたようです」

アロイスは何も答えなかった。

ただ、背中の少女が少しでも楽になるよう、抱える腕の位置を静かに直した。

*

その夜、一行は採掘居住区の宿で休むことになった。

砂漠を旅する者のための宿らしく、造りは簡素だ。

それでも壁は厚く造られ、冷え込む夜気をしっかりと防いでいる。

小さな窓。

低い天井。

室内には乾いた薬草の香りが、ほのかに漂っていた。

ミレイユは寝台の上で静かに眠っている。

灯りは控えめで、部屋はひどく静かだった。

その傍らでは、装備を外したアロイスが椅子へ腰を下ろしている。

鎧の一部を外していても、その纏う空気は少しも変わらない。

ただ、長い一日の疲労だけが、わずかに表情へ滲んでいた。

やがて、寝台の上でミレイユの指先が小さく動く。

薄く目が開いた。

ぼやけた視界。

挿絵(By みてみん)

頭の奥では、誰かに直接かき回されたような激しい痛みが続いている。

「……っ」

小さく呻いた、その声に。

「目覚めたか」

低く落ち着いた声が返ってきた。

ミレイユはゆっくりと顔を向ける。

そこには、椅子へ腰掛けたまま静かに見守っていたアロイスの姿があった。

「……アロイス様」

掠れた声で名を呼び、身体を起こそうとする。

だが、強い眩暈に襲われ、その身体はぐらりと揺れた。

「無理に動くな」

すぐに制される。

ミレイユは諦めて再び枕へ身を預け、額へ手を当てた。

頭痛は、まだ酷い。

思考もうまくまとまらない。

それでも、小さく息を整えると静かに口を開いた。

「……ご迷惑を、おかけしました」

アロイスはすぐには答えなかった。

しばらく沈黙したあと、静かな声で尋ねる。

「……精神干渉は、負荷が激しいと聞いた」

責める響きはない。

ただ、事実を確かめようとしているだけだった。

ミレイユは小さく頷く。

「精神へ直接干渉しますから……反動も強いです」

その声はまだ弱々しい。

「特に、石板で増幅された干渉は……」

そこまで言って、遺跡での出来事が脳裏によみがえる。

表情がわずかに強張った。

それを見て、アロイスが静かに続ける。

「相手の術者は死んだ」

短い報告だった。

「恐慌状態のままな」

ミレイユはゆっくりと目を伏せる。

「……反動ですね」

静かな声だった。

「石板で増幅された干渉力が、そのまま跳ね返ったのでしょう」

強引な精神干渉ほど、崩れたときの反動は大きい。

だからこそ、精神干渉能力者は恐れられている。

アロイスは数秒、何も言わずミレイユを見つめていた。

やがて低く口を開く。

「使い方を誤れば、術者も対象者も死ぬな」

その言葉に、ミレイユは静かに頷いた。

「……はい」

そして少しだけ顔を上げる。

まだ痛みに耐えながらも、その瞳だけは真っ直ぐだった。

「使わせません」

声は小さい。

それでも、強い意志が宿っている。

「……絶対に」

部屋へ静かな沈黙が落ちる。

けれど、その沈黙は不思議と重苦しくはなかった。

アロイスはその決意を否定しない。

ただ短く告げる。

「休め」

穏やかな声だった。

「今は、寝ていろ」

ミレイユは小さく目を閉じる。

その言葉に逆らえるほどの力は、もう残っていなかった。

けれど、不思議と心だけは少し軽くなった気がした。

静かな夜は、更けていく。

*

数日後、一行は皇都へ帰還した。

彼らが最初に向かったのは、皇立魔術研究所だった。

砂漠で発見された古代装置。

黒衣の男が使用していた石板。

そして、遺跡で得られた数々の情報。

持ち帰った資料はすべて厳重管理対象として封印され、研究所の奥へ運び込まれていく。

研究員たちは落ち着かない様子で互いに視線を交わしていた。

だが、誰一人として軽々しく口を開こうとはしない。

空気が違っていた。

これまで"古代遺物"として扱われてきたものが、現実に人の精神を侵し、人を壊す力を持っている。

その事実が、研究者である彼らの胸にも重くのしかかっていた。

そして、その日のうちに皇宮から召集がかかる。

謁見室は、張り詰めた静けさに包まれていた。

第一皇子は玉座の前で静かに報告を聞いている。

その前には、ミレイユとアロイス。

壁際には、いつものようにヴァルターが控えていた。

相変わらず気配を消し、まるで部屋の一部であるかのように静かに立っている。

「――以上です」

アロイスが報告を終えると、室内へ重い沈黙が落ちた。

第一皇子はゆっくりと息を吐き、静かに口を開く。

「……まさか、帝国にも装置が存在していたとはな」

低く抑えられた声だった。

感情は表へ出さない。

それでも、その奥にある警戒だけは隠しようがなかった。

「破壊はできなかったのか」

その視線が、ミレイユへ向く。

ミレイユは静かに首を横へ振った。

「停止するだけで、限界でした」

慎重に言葉を選びながら続ける。

「停止も一時的なものです。今は……眠らせているだけに過ぎません」

第一皇子の眉が、わずかに寄る。

ミレイユは静かに言葉を継いだ。

「いつまた目覚めるかは……分かりません」

再び沈黙が訪れる。

重苦しい空気の中、第一皇子は肘掛けへ指を置いた。

「不安要素だらけだな」

吐き捨てるような口調だった。

だが、その思考はどこまでも冷静だった。

「研究所には、破壊手段の調査を命じる」

即断だった。

そこに迷いはない。

ミレイユは静かに頭を下げる。

これ以上、報告すべきことはなかった。

「下がれ」

短い命令が下る。

ミレイユとアロイスは一礼し、そのまま踵を返した。

閉じていく扉を、第一皇子は黙って見送る。

やがて扉が静かに閉まり、室内には再び静寂だけが残った。

「……妨害、か」

第一皇子が低く呟く。

「おおよその見当はついているが」

それ以上、名前は口にしない。

それでも、その場にいた者には十分だった。

その言葉を聞いたヴァルターの口元が、ゆっくりと吊り上がる。

にぃ、と。

心の底から愉快そうに。

第一皇子はその変化を横目で捉えながらも、何も言わない。

ヴァルターもまた、視線を返すことはなかった。

やがて、小さく肩をすくめる。

「さて」

誰へ向けるでもなく呟く。

「面白くなってきましたね」

その声音は穏やかだった。

だが、その穏やかさの奥には、獲物を見つけた獣のような昂揚が滲んでいる。

砂漠の遺跡。

古代装置。

石板。

そして、精神干渉能力者ミレイユ・ロシュ・モンフォール。

それぞれが点だった出来事は、少しずつ一本の線として繋がり始めていた。

まだ誰にも、その全体像は見えていない。

それでも確かなことが一つだけある。

帝国を覆う静かな水面には、すでに最初の波紋が広がり始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。