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選択の魔女  作者: めいあん
第二章:帝国魔術師編
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第8話:選ばせる者

扉が閉まる。

重い音が、夜の静寂へゆっくりと沈んでいく。

皇宮の一室。

人払いの済んだ部屋には灯りが一つだけ灯り、壁へ落ちる影は微動だにしない。

第二皇子は椅子へ腰掛けたまま、ゆっくりと顔を上げた。

「来たね」

柔らかな声だった。

対する男は、扉の前へ立ったまま動かない。

礼も、形式もない。

「……お呼びがあれば、いつでも」

短い返答。

第二皇子は気にした様子もなく、小さく笑った。

「相変わらずだね、ヴァルター」

穏やかな笑みを浮かべたまま問いかける。

「彼女と話したのだろう?」

軽い口調だった。

だが、その問いに逃げ場はない。

ヴァルターはすぐには答えなかった。

夜会での光景が、一瞬だけ脳裏をよぎる。

あの視線。

踏み込んだ瞬間の空気。

そして、静かに口を開いた。

「……使えますね」

それだけだった。

評価だけを告げる。

第二皇子は満足そうに頷く。

「そうだろうね」

まるで最初から確信していたかのようだった。

「彼女は特別だ」

金色の瞳が静かに細められる。

「だからこそ、ここにいる」

その言葉に、ヴァルターの視線がわずかに揺れた。

「……"来た"のではなく、"来させた"のでしょう」

くっくっ、と小さく笑う。

第二皇子は否定しない。

「言葉の問題だよ」

柔らかく返す。

それ以上、この話題へ触れることはなかった。

しばし沈黙が流れる。

やがてヴァルターが口を開いた。

「装置は」

本題だった。

第二皇子の目がわずかに細くなる。

「順調だよ」

迷いのない返答だった。

「各地の端末は段階的に起動している。王国のものも、問題なく接続済みだ」

さらりと告げる。

その意味を隠そうとはしない。

ヴァルターは黙って聞いていた。

「……気づかれていませんか」

「今はね」

穏やかな返事だった。

だが、その裏では侵食が着実に進んでいる。

第二皇子は静かに続ける。

「ただ、時間の問題だ」

金色の瞳がゆっくりと細められる。

「彼女がいる以上、いずれ触れる」

核心には触れない。

それでも意味は十分だった。

ヴァルターは静かに受け止める。

「……で?」

短く促す。

「そこから、どうするのですか」

第二皇子は、わずかに笑った。

「どうする、ではない」

静かな声だった。

「どうなるか、だ」

机へ置かれた指先が止まる。

「彼女は、選び取るだろう」

その声には一切の迷いがなかった。

確信だけがあった。

ヴァルターの目が、わずかに鋭くなる。

「……選ばせるのですね」

「少し違うかな」

即答だった。

柔らかな声音。

それでいて、断定的だった。

「選ばせる必要はないんだ」

指先を机へ置いたまま、静かに続ける。

「いずれ分かる」

穏やかな笑みは崩れない。

「選ばない方が楽だと」

優しい声だった。

だからこそ、逃げ場がない。

ヴァルターは小さく息を吐く。

「……随分とお優しいことです」

皮肉とも評価とも取れる声音だった。

挿絵(By みてみん)

第二皇子は穏やかに微笑む。

「そうだね」

そして静かに言う。

「私は、優しくありたいんだ」

その言葉は、どこまでも正しかった。

そして、どこまでも危うかった。

再び沈黙が流れる。

やがてヴァルターは踵を返し、扉へ向かう。

話は終わった。

手を掛けた、そのときだった。

「君はどう思う?」

第二皇子の声が背中へ届く。

「人は、選ぶべきだと思うかい?」

静かな問いだった。

核心を突く問いでもある。

ヴァルターは数秒だけ黙る。

考えているわけではない。

言葉を選んでいるだけだった。

「……選べるなら、ば」

それだけを残す。

感情は乗っていない。

ただ、事実として。

「そうか」

第二皇子は、それ以上追わなかった。

ヴァルターは部屋を去る。

扉が閉まり、静寂だけが戻ってくる。

第二皇子は一人、机へ置いた指先を規則正しく軽く叩いた。

「……大丈夫」

小さく呟く。

「きっと、うまくいく」

その声は、どこまでも優しかった。

あまりにも。

*

同時刻――別室。

同じ皇宮でありながら、そこに流れる空気はまるで違っていた。

窓が開かれ、夜風が静かに部屋へ吹き込んでいる。

第一皇子は立ったまま窓の外を見つめていた。

机には報告書が置かれている。

まだ開かれてはいない。

「……確定か」

低い声だった。

背後に控える側近が静かに答える。

「はい。各地で異常な干渉反応が確認されています」

淡々と報告を続ける。

「規模は小さいものの、連動性があります」

第一皇子は何も言わない。

数秒の沈黙が流れる。

やがて、短く問う。

「……第二皇子は」

「関与している可能性が高いかと」

即答だった。

迷いはない。

第一皇子は小さく息を吐く。

感情は表へ出さない。

ただ、その事実だけを受け止めていた。

「止めるか」

静かな問い。

側近は一瞬だけ言葉を選ぶ。

「現時点では証拠が不足しています」

さらに続ける。

「強制的に動けば、内乱の火種になります」

第一皇子は、わずかに目を細めた。

理解していた。

その通りだからだ。

だからこそ、答えは一つだった。

「……泳がせる」

短い決断。

「限界まで」

側近は深く頭を下げる。

「承知しました」

第一皇子は再び窓の外へ目を向ける。

夜の帝都は静かだった。

だが、その静けさの内側では確実に何かが動いている。

「……管理するつもりか」

誰へ向けたものでもない呟き。

風だけが、それをさらっていく。

「人を」

その一言だけが、静かな部屋へ残った。

夜は静かだった。

だが――選択は、すでに始まっていた。

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