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選択の魔女  作者: めいあん
第二章:帝国魔術師編
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第4話:鉄の家

帝都の中心から、少しだけ外れた場所。

石造りの街並みが続く中に、その邸宅はあった。

広すぎることはない。

だが、無駄もない。

装飾は控えめで、機能性を優先した造りは、一目で「戦う者の家」という印象を与えていた。

馬車が止まり、乾いた音が静かに響く。

扉が開く。

「……降りろ」

アロイスの短い声だった。

それだけで十分だった。

ミレイユは静かに頷き、馬車を降りる。

王宮とは違う空気だった。

静かで、人の視線も少ない。

門が閉まり、外界が切り離される。

その瞬間、張り詰めていたものが、ほんのわずかに緩んだ。

「無理に構えなくていい」

アロイスが歩きながら言う。

振り返ることはない。

ミレイユはわずかに目を瞬かせ、その言葉の意味を静かに測った。

「……はい」

小さく答え、邸内へ入る。

広い玄関。

それでも、やはり無駄はなかった。

隅々まで整えられ、隙がない。

控えている使用人たちも、迷いのない所作と安定した視線を備えている。

よく訓練されていることが、一目で分かった。

「部屋を」

アロイスが短く告げる。

「奥の静かな場所を」

「承知いたしました」

返答にも迷いはない。

ミレイユは、そのやり取りを静かに見つめていた。

無駄がない。

この屋敷では、彼が自然と"中心"であることが伝わってくる。

案内されるまま廊下を進く。

音は少なく、足音さえ床へ吸い込まれていくようだった。

やがて一つの扉の前で立ち止まる。

「こちらでございます」

扉が開かれた。

中は簡素だった。

だが、よく整っている。

余計なものはなく、必要なものだけが置かれた、落ち着いた空間だった。

「ここを使え」

アロイスが言う。

ミレイユは部屋をゆっくりと見渡した。

静かだった。

気配を探る。

危険はない。

何も引っかからない。

――危険はない。

「……ありがとうございます」

小さく礼を述べる。

アロイスは、わずかに視線を逸らした。

「礼はいい」

視線は窓の外へ向けられたままだった。

「必要なことをしただけだ」

簡素な返答。

それでも、その言葉のあとには、ほんの少しだけ沈黙が残る。

ミレイユは、それに気づいていた。

何も言わず、ただ受け取る。

短い沈黙。

けれど、不思議と柔らかかった。

「……休め」

アロイスが言う。

「明日から動く」

予定であり、避けられない流れでもある。

ミレイユは頷いた。

「……はい」

アロイスは扉へ向かい、その前で足を止める。

振り返ることはない。

それでも、小さく言った。

「この家では、気を張らなくていい」

ほとんど独り言のような声。

それでも、確かに届いた。

ミレイユは、わずかに目を見開く。

「ありがとうございます、閣下」

静かに返す。

扉に手を掛けたまま、アロイスは低く告げた。

「……名前で呼んで構わない」

返事を待つことなく、扉は静かに閉まる。

その音が、屋敷の静寂へ溶けていった。

ミレイユはゆっくりと部屋へ入り、窓の外を見る。

見知らぬ街。

知らない国。

ベッドへ腰を下ろすと、ふっと力が抜けた。

静かに目を閉じ、ゆっくりと呼吸する。

ここは、安全だ。

少なくとも――今は。

*

――同時刻・廊下

アロイスは一定の足取りで廊下を歩いていた。

迷いはない。

だが、思考だけは別の場所にあった。

(……巻き込んだ)

それは事実だった。

否定するつもりもない。

一度だけ視線を落とし、すぐに前を向く。

何も言わない。

言う必要もない。

ただ、一つだけ決める。

(せめて、身の安全だけは守り切る)

それだけだった。

*

翌朝、ミレイユは応接室へ通された。

広すぎない空間には整えられた調度が並び、無駄はない。

それでいて、どこか人の温もりが残っている。

部屋へ入ると、一人の男が静かに前へ出た。

「よくお休みになられましたでしょうか」

穏やかな声音。

年嵩の男――その背筋の伸びた立ち姿だけで、ただ者ではないと分かる。

「ありがとうございます」

ミレイユは静かに答える。

「とても落ち着いたお部屋でした」

男は満足そうに、わずかに頷いた。

「僭越ながら、当家に所属しておられる者をご紹介いたします」

そう言って隣へ視線を向ける。

「こちらが――」

紹介が始まる、その瞬間だった。

「俺はライナー!」

勢いよく声が割り込んだ。

ミレイユが目を向けると、薄茶色の髪をした青年が、にかっと笑っている。

「うわー、すげぇ魔術師が来るって聞いてたからジジイだと思ってたんだけどさ、え、女の子じゃん!」

ぐいっと一歩距離を詰める。

「大丈夫? これ戦争起きない?いや、もう起きてるか!ははっ!」

軽い。

とにかく軽い。

「シュタルク騎士団の副団長やってるライナーだ!よろしくな、ミレイユ嬢!」

悪びれる様子もない。

一瞬、空気が止まりかける。

「……」

ミレイユは、ほんのわずかに目を瞬かせた。

(……距離が近い)

そう思った。

だが、不快ではない。

「ミレイユ・ロシュ・モンフォールです。よろしくお願いいたします」

落ち着いた声音で返す。

その横で、小さくため息が落ちた。

「……閣下の周囲には、こういう人間が一定数存在します」

淡々とした声だった。

緑の髪に銀縁眼鏡を掛けた青年が、一歩前へ進み出る。

「エドガーと申します」

まっすぐな視線がミレイユへ向けられる。

「参謀兼、魔術師です」

一瞬だけ、測るような視線。

だが、露骨ではない。

「ご安心ください。公爵家が、このような人間ばかりではありません」

さらりと言い切る。

横でライナーが「おい」と小さく抗議したが、きれいに無視された。

ミレイユは、わずかに口元を緩める。

「そうなのですね」

その一言だけで、室内の空気が少し和らいだ。

挿絵(By みてみん)

改めて、最初の男が口を開く。

「私は家令のルドルフでございます」

落ち着いた、揺らぎのない声。

場を自然に整える人物だった。

「そしてこちらが――」

再び紹介が始まろうとした、そのとき。

「まぁまぁまぁ!」

勢いのある声が空気を押し流した。

恰幅のいい女性が、ずいっと前へ出てくる。

「坊っちゃんが女性を連れて来るなんて! なんてこと! これはもう、お祝いしないと!」

ミレイユの手を、がしっと掴む。

一気に距離が縮まった。

「赤飯だわ! 赤飯を炊かないと!」

「え、えぇと……」

ミレイユが、ほんの少しだけ言葉を失う。

だが、女性は気にしない。

むしろ満面の笑みで覗き込んでくる。

「あら、ごめんなさいね」

ぱっと手を離した。

「メイド長をしております、マルガレーテと申します」

一転して、きちんと礼をする。

……かと思えば、すぐに顔を上げた。

「あらぁ、細っこいこと!こんなに痩せて……!」

再び距離を詰める。

「うちにいる間は、しっかり食べて、たっぷり太らせますからね!」

きっぱりと言い切った。

勢いがすごい。

ミレイユは、わずかに困ったように笑う。

「ありがとうございます」

それでも、拒まなかった。

その反応を見て、ルドルフが小さく息を吐く。

「……公爵家は一体どこへ向かっているのだ……」

誰にも聞こえない程度の独り言。

だが、本音だった。

ひと通りの挨拶が終わり、室内の空気がようやく落ち着く。

そのときだった。

「……朝から騒々しいぞ」

低い声が落ちる。

入口には、いつの間にかアロイスが立っていた。

視線が静かに室内を一巡する。

ライナーは肩をすくめ、エドガーは無言で眼鏡を押し上げる。

マルガレーテは「あら坊っちゃん」と気にも留めず、ルドルフだけが静かに頭を下げた。

誰も過度には畏まらない。

それでも、この場の中心が誰なのかだけは、誰の目にも明らかだった。

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