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選択の魔女  作者: めいあん
第一章:王宮魔術師編
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第3話:王宮

やがて、城壁が見えてきた。

高く、厚い石造りの壁。

圧のある存在感だった。

門の前には列ができている。

兵たちが一人ずつ確認を行い、人々を中へ通していた。

ミレイユはその様子を見つめる。

規律。

秩序。

そして、その裏にある緊張。

「……ここから先が王都だ」

レオニードが言う。

「そして、その中心にあるのが王宮だ」

ミレイユは頷いた。

かつては遠かった場所。

今は、自ら向かっている。

門番が視線を向ける。

レオニードが身分を示すと、すぐに許可が下りた。

続いて視線がミレイユへ向けられる。

ほんの一瞬。

そして道が開かれた。

「行くぞ」

「はい」

一歩を踏み出す。

門をくぐった瞬間、空気が変わった。

音が増える。

視線が増える。

気配が押し寄せる。

濃い。

重い。

ミレイユはほんの一瞬だけ息を詰めた。

だが、止まらない。

前へ進む。

ここが、自分で選んだ場所だから。

*

王都の中心へ近づくにつれて、建物の様相は変わっていった。

石造りの家々はより整い、道は広くなる。

行き交う人々の衣服も、明らかに質が違っていた。

視線が増える。

好奇。

値踏み。

無関心を装った観察。

それらが混ざり合い、空気に滲んでいる。

ミレイユはそれを受け止めながらも、表情を崩さなかった。

余計なものは拾わない。

そう決めている。

やがて視界の先に、白い建造物が現れた。

王宮だった。

陽光を受けて、眩いほどに輝いている。

だが、それは単なる美しさではない。

近づくほどに感じる重さ。

積み重ねられてきた時間。

交錯してきた思惑。

積層した意思。

ミレイユは無意識に呼吸を整えた。

「……ここが」

「ああ」

レオニードは短く答える。

「お前のこれからの場所だ」

門が開かれる。

中へ足を踏み入れる。

広い中庭。

整えられた庭園。

規律正しく配置された衛兵たち。

すべてが整っていた。

整いすぎているほどに。

無駄がない。

だからこそ。

(……息が詰まる)

その感覚を、ミレイユは口にはしなかった。

そのとき、廊下の向こうから数人の王宮魔術師が歩いてきた。

深い色のローブをまとい、歩幅も視線の運びも無駄がない。

すれ違いざま、そのうちの一人がミレイユを一瞥する。

ほんの一瞬。

だが、その視線には明確な値踏みがあった。

次の瞬間には何事もなかったように視線が外される。

挨拶はない。

敵意もない。

ただ、関わらないという意思だけが残った。

ローブの裾が静かに揺れ、彼らは通り過ぎていく。

(……歓迎されているわけではないのですね)

言葉にされない分だけ、それはよく分かった。

胸の奥に小さな引っかかりが残る。

だが、それを表に出すことはない。

ミレイユは視線を前へ戻した。

歩みを止める理由にはならなかった。

「おかえりなさいませ、レオニード様」

門番が頭を下げる。

「ああ」

短い返答。

そのまま進もうとして、兵の視線がミレイユへ向いた。

鋭い観察。

疑念。

測るような眼差し。

(……当然ですね)

精神に触れなくても分かる。

ここでは、すべてが確認される。

ミレイユは軽く会釈した。

それ以上は何も示さない。

必要以上に見せない。

兵は一瞬だけ目を細め、やがて道を開けた。

*

「疲れただろう」

レオニードは歩みを止めずに言った。

「部屋を用意してある。今日は休め」

廊下に足音が静かに響く。

「明日、殿下に紹介する」

言葉は簡潔だった。

だが、順序に無駄がない。

「着替えも用意してある。それを使え」

「……はい」

ミレイユは短く応じた。

自分の服装へ視線を落とす。

動きやすさを優先した衣服。

質素だが、使い慣れている。

(気に入ってはいたのだけれど)

指先で布を整える。

その仕草は無意識に丁寧だった。

歩きながら周囲へ目を向ける。

部屋。

衣服。

動線。

すべてが迷いなく用意されている。

(最初から……)

そこで思考が形になった。

(連れて来るつもりだったのね)

責める気はない。

ただ理解した。

案内された客室の前で足を止める。

扉が開いた。

整えられた空間。

過不足のない家具。

落ち着いた色合い。

そして、どこか無機質なほど整然としている。

「湯浴みの用意ができております」

侍女が一礼する。

動作に無駄はない。

「お手伝いいたします」

ミレイユはわずかに首を横へ振った。

「……いえ、一人で大丈夫です」

「かしこまりました」

踏み込まない。

それ以上は求めない。

完璧な距離感だった。

浴室へ足を踏み入れる。

湯気がやわらかく視界を包んだ。

一歩近づく。

(……あたたかい)

湯に触れた瞬間、肩の力が抜ける。

じんわりと身体が緩んでいった。

香草の香りが漂う。

森とは違う。

整えられた香り。

人工的で、それでも不快ではない。

むしろ心地よかった。

湯に身を沈める。

静けさ。

音が遠い。

身体の感覚だけが、はっきりとしている。

その中で、ふと思う。

(……先生)

クロウレイの顔が浮かぶ。

いつもの気の抜けた表情。

(ちゃんと食事、しているかしら)

放っておけば忘れる。

そういう人だ。

小さな不安は、すぐには消えなかった。

湯から上がり、用意された衣服へ袖を通す。

軽い。

柔らかい。

身体に合っている。

(……用意されている)

違和感と納得が同時にあった。

部屋へ戻る。

ベッドに腰を下ろす。

沈み込む感触。

見慣れない柔らかさ。

(……私)

視線が自然と落ちる。

指先がシーツをなぞった。

(役に立てるのかな)

問いは小さい。

答えは、まだない。

横になる。

天井が静かに視界へ広がる。

何も起こらない。

何も迫ってこない。

それなのに、どこか落ち着かなかった。

王宮。

任務。

力。

先生。

断片的な思考が浮かんでは消える。

やがてまぶたが重くなった。

抗う理由もなく、ミレイユは眠りへ落ちていった。

*

夜。

王宮の喧騒が落ち、灯りがひとつ、またひとつと静けさに溶けていく頃。

レオニードの執務室だけが、まだ明かりを保っていた。

書類の山。

整然と並ぶ魔術具。

無駄のない空間。

その中央で、レオニードは机に向かっている。

対して、椅子に浅く腰掛け、足を組んでいる青年が一人いた。

「ロシュ家もモンフォール家も――保守派の筆頭ですよね」

軽い口調。

だが、視線は鋭い。

「そんな出自の人間を、こちら側に引き入れていいんですか?」

紙をめくる音だけが返る。

レオニードは顔を上げない。

「どちらの家からも見放された娘だ」

淡々とした声だった。

感情は挟まない。

「問題あるまい」

青年は肩をすくめる。

「いやぁ……どうですかね」

机の端を指先で軽く叩く。

「いくら殿下が先進派でも、ちょっと思い切りすぎじゃないですか?」

ペン先が止まった。

レオニードは、わずかに視線を上げる。

「クロウレイ仕込みだ」

それだけで理由としては十分だった。

「害はない」

断言する。

一切の揺らぎがない。

青年の口元がわずかに歪んだ。

「へぇ」

興味深そうに呟く。

「ずいぶん信頼してるんですね、あの人のこと」

視線が少しだけ細くなる。

「さすが、まめに文通してるだけありますね」

沈黙。

空気が変わる。

レオニードのこめかみに、わずかに皺が寄った。

「……シルヴァン、お前はいつも一言余計だ」

低い声だった。

だが、それ以上は言わない。

シルヴァンは軽く笑う。

(面白いことになってきたな)

声には出さない。

ただ、状況も人も楽しんでいた。

挿絵(By みてみん)

そして話題を変えるように足を組み替える。

「そういえば」

「護衛、つけるんでしたよね」

視線を向ける。

「入宮の条件でしたっけ。過保護ですねー」

軽口だった。

だが、その裏で探っている。

「貴族のお姫様だからって、仰々しくないですか?」

「また騎士の反感、買いません?」

レオニードは書類を閉じた。

指先で整え、静かに机へ置く。

「過大にならぬよう、適任を寄越すよう騎士団には話を通してある」

合理的な判断。

それ以上でも、それ以下でもない。

そのとき、空気がわずかに揺れた。

シルヴァンの視線が無意識に動く。

何かいる。

そう理解するより先に、レオニードが口を開いた。

「リディア」

呼びかけは短い。

「聞いていたな」

返答はすぐには来ない。

だが、次の瞬間。

「……はい」

どこからともなく声だけが落ちた。

姿は見えない。

気配もほとんどない。

ただ、そこにいると分かる。

シルヴァンの口元がさらに楽しげに歪む。

「へぇ……」

小さな感嘆。

「相変わらず、気配消すの上手いね」

返事はない。

空気だけが静かにそこにある。

レオニードは、それ以上何も言わなかった。

必要な配置は、すでに終わっている。

あとは動かすだけだった。

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