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選択の魔女  作者: めいあん
第三章:大陸編
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第25話:名コンビ

帝都の下町は、今日も多くの人で賑わっていた。

石畳の道には露店が並び、焼き菓子や香辛料の匂いが漂っている。

商人たちの威勢のいい声が飛び交い、その間を荷車や子供たちが行き交っていた。

「なあ、ディー!あれ食おうぜ!」

ルカが指さした先では、焼きたての菓子が香ばしい匂いを立てていた。

「さっき肉串を食べたばかりじゃないか」

「菓子は別腹!」

「……誰に教わったの、それ」

「親父!」

ディートハルトは妙に納得した。

二人きりで街へ出かけるのは、これが初めてだった。

訓練所や公爵邸では頻繁に顔を合わせていたが、こうして目的もなく歩く機会はなかった。

ルカは気になるものを見つけるたびに立ち止まり、店主に話しかけ、時には値段の交渉まで始める。

ディートハルトには、その何もかもが新鮮だった。

「……ルカって、誰とでもすぐ仲良くなれるんだね」

「そうか?」

「うん。僕には真似できないよ」

「ディーは難しいこといっぱい知ってるじゃん。俺にはそっちの方がすげぇと思うけど」

何気ない言葉だったが、ディートハルトは少し嬉しくなった。

「……ありがとう」

「何が?」

「何でもない」

ルカは不思議そうに首を傾げたが、すぐに笑った。

「ま、今日は遊ぼうぜ!なんか冒険って感じがする!」

「ただ街を歩いているだけだよ」

「何が起きるか分かんねぇだろ?」

「何も起きない方がいいと思うけど」

ディートハルトは苦笑した。

その直後だった。

――ガシャン!

通りの向こうで、激しい音が響いた。

荷馬車が大きく傾き、積み荷の木箱が石畳へ転がり落ちる。

砕けた箱の中から、古びた球状の魔道具が現れた。

表面に刻まれた紋様が、青白く光り始める。

ディートハルトは足を止めた。

あの光り方には、見覚えがある。

エドガーの授業で見せてもらった、封印の破損した魔道具の記録。

「……ルカ、離れて!」

言い終わるより早く、衝撃が通りを駆け抜けた。

露店の天幕が吹き飛び、積み上げられた木箱が弾ける。

悲鳴が上がった。

「逃げろ!」

人々が一斉に走り出す。

ディートハルトも身を伏せたが、すぐに小さな泣き声が耳に入った。

「おかあさん……!」

崩れた露店の下に、幼い少女が取り残されている。

「ディー!あの子!」

ルカが駆け出した。

「待って、ルカ!」

制止は間に合わなかった。

*

ルカは少女の元へ飛び込み、倒れた木枠へ手をかけた。

「大丈夫か!今、出してやる!」

だが、木枠は思った以上に重い。

「くそっ……!」

その足元へ、風が巻きついた。

ディートハルトの魔術だった。

木枠がわずかに浮き上がる。

「今だ、ルカ!」

「おう!」

ルカは少女を引っ張り出し、抱きかかえた。

しかし、背後で魔道具が激しく輝く。

「伏せて!」

ルカは少女を庇って地面へ倒れ込んだ。

直後、金属片が頭上を掠め、石壁へ突き刺さった。

ディートハルトが駆け寄り、防御壁を展開する。

青白い光が三人を包んだ。

ひとまず、破片は防げる。

そう思った時だった。

防御壁から細い光の筋が伸び、暴走する魔道具へ吸い込まれていく。

球体の輝きが、さらに強まった。

「……え?」

ディートハルトは目を見開いた。

「ルカ!この魔道具、魔力を吸い込んでる!」

「じゃあ、その壁も!?」

「……うん」

守るために使った魔術が、かえって暴走を激しくしていた。

ディートハルトの背筋が冷たくなる。

(僕が……強くしてしまった?)

防御壁を消せば、飛び交う破片から少女を守れない。

けれど、このままでは。

「どうすんだよ、ディー!」

「……考えてる!」

思わず声が大きくなった。

ルカが驚いたように口を閉ざす。

その表情を見て、ディートハルトは唇を噛んだ。

怒鳴りたかったわけじゃない。

ただ、怖かった。

自分の判断が間違っていたことが。

そして、次も間違えるかもしれないことが。

「坊主たち!その子をこっちへ!」

近くにいた商人が、崩れた露店の陰から手を伸ばした。

ルカは少女を抱えて駆け寄り、商人へ託す。

「お願いします!」

「ああ!お前らも早く逃げろ!」

商人は少女を抱え、安全な場所へ走っていった。

ディートハルトは防御壁を解いた。

魔道具の輝きが、わずかに弱まる。

「ディー、俺たちも逃げるか?」

ルカが尋ねた。

ディートハルトは通りを見渡した。

逃げ遅れた人々が、倒れた荷車の向こうで身を伏せている。

魔道具の光は、まだ強くなり続けていた。

「……止めないと」

「どうやって?」

「まだ、分からない」

ディートハルトは正直に答えた。

ルカが少し考え、腰の護身用の短剣へ手をかける。

「ぶっ壊せねぇのか?」

「駄目だよ!溜まった魔力が、一気に放出されるかもしれない!」

「じゃあ、どうすんだよ!」

「だから、考えてるんだ!」

再び声が荒くなる。

二人は一瞬、睨み合った。

だが、ルカはすぐに息を吐いた。

「……悪い」

「……僕こそ」

ディートハルトは拳を握った。

焦っても仕方がない。

エドガーなら、まず何をするだろう。

(……観察しなさい。分からないものに、むやみに魔力を注いではいけません)

何度も教えられた言葉が、頭をよぎる。

ディートハルトは魔道具を見つめた。

球体を巡る紋様。ひび割れた封印石。その周囲を走る光。

やがて、側面にある小さな金具へ目が留まった。

そこだけ、魔力の流れが集中している。

(……あれが、魔力を取り込む経路?)

魔力を吸収する装置なら、必ず内部へ送り込む仕組みがある。

その流れを断てば。

「……ルカ!」

「おう!」

「あの金具を壊せば、止められるかもしれない!」

ルカが目を細めた。

「……ちっせぇな!」

「うん。しかも、周りに障壁がある」

金具の周囲では、青白い光が強弱を繰り返していた。

弱まる瞬間なら、刃が届くかもしれない。

しかし、タイミングを誤れば。

ディートハルトは言葉を詰まらせた。

「……危険すぎる」

「今さらだろ?」

ルカはにやりと笑った。

「俺、剣しか使えねぇ。でも、ディーはあれの仕組みが分かるんだろ?」

「……うん」

「だったら、俺が動く。お前が教えろ!」

簡単な言葉だった。

けれど、そこには迷いがなかった。

ディートハルトはルカを見つめた。

自分の判断を、ルカは信じている。

間違えれば、ルカが怪我をするかもしれないのに。

「……分かった」

ディートハルトは深く息を吸った。

「だけど、僕の合図より先に動かないで」

「おう!」

「絶対だよ」

「分かってるって!」

ルカが短剣を抜く。

ディートハルトは魔術を使わず、障壁の動きへ意識を集中させた。

「三歩、右!」

ルカが動く。

「止まって!」

目の前を青白い光が走る。

「次、左!」

「おう!」

ルカは迷わず踏み込んだ。

ディートハルトは、障壁が弱まる間隔を必死に数える。

今ではない。

もう少し。

「……まだ!」

ルカが歯を食いしばった。

目の前には、手を伸ばせば届きそうな距離に魔道具がある。

それでも、動かない。

ディートハルトが止めているからだ。

「……今だ!」

ルカが地面を蹴った。

その瞬間。

球体が激しく震え、障壁が突然膨れ上がった。

「ルカ!下がって!」

もう間に合わない。

ディートハルトの指先に、反射的に魔力が集まった。

防御魔術を使えば、ルカを守れるかもしれない。

だが、それでは暴走がさらに強まる。

「ディー!!」

ルカが叫んだ。

「俺を信じろ!!」

ディートハルトは、はっと顔を上げた。

ルカはまだ剣を握っている。

目も逸らしていない。

(……最後まで、見るんだ!)

ディートハルトは魔力を収め、障壁へ意識を集中させた。

膨れ上がった光の下。

ほんの一瞬だけ、流れが薄くなる場所がある。

「ルカ!左下!!」

「おうっ!!」

ルカが身体を沈めた。

青白い光が頭上を掠める。

挿絵(By みてみん)

そのまま、低い姿勢から短剣を突き出す。

――キィン!

金具が弾け飛んだ。

球体を巡っていた光が、次々と途切れる。

魔道具が大きく震えた。

一度。

二度。

そして、青白い輝きが消えた。

宙に浮いていた破片が、石畳へ落ちる。

通りに静寂が戻った。

*

「……止まった?」

ルカが呟く。

「……たぶん」

「たぶん!?」

「僕だって初めてなんだから!」

二人は顔を見合わせ、同時にその場へへたり込んだ。

「……死ぬかと思った」

「……僕も」

ディートハルトは自分の手を見つめた。

指先が震えている。

ルカも、短剣を握った手を何度か開閉していた。

「……なあ、ディー」

「何?」

「俺たち、結構すげぇんじゃね?」

ディートハルトは呆れたように顔を上げた。

「……今、それ言う?」

「だって、止めたじゃん!」

「危なかったけどね」

「でも、止めた!」

ルカが笑う。

その笑顔を見ているうちに、ディートハルトもつられて笑ってしまった。

「……うん。僕たち、結構いいコンビかもね」

「だろ!?」

その時、通りの向こうから騎士団の声が響いた。

「周囲を封鎖しろ!誰も近づけるな!」

二人は顔を見合わせる。

「……怒られるかな」

「……たぶん」

今度は、笑えなかった。

*

事故の報せを受け、駆けつけた大人たちは、現場の片隅で二人を見つけた。

服は土埃で汚れ、腕や膝には擦り傷がある。

それでも、大きな怪我はなかった。

「ルカ!!」

ライナーが駆け寄る。

「親父!」

ルカはいつもの調子で片手を上げた。

「俺たち、やったぜ!」

だが、ライナーは笑わなかった。

息子の前にしゃがみ込み、顔を見て、腕を見て、足元を確かめる。

「……怪我は」

「ちょっと擦りむいただけ!」

「他には」

「ねぇって!」

ライナーはしばらく黙っていた。

それから、大きな手でルカの金色の髪をぐしゃぐしゃにかき回した。

「うわっ!何すんだよ!」

「……無事でよかった」

小さな声だった。

ルカが目を丸くする。

普段なら、もっと大声で騒ぐはずの父親が。

今は、ひどく静かだった。

「……おう」

ルカは少し照れくさそうに笑った。

「俺、ちゃんと帰ってきたぞ」

「ああ」

ライナーは頷き、もう一度だけ息子の頭を撫でた。

「……よく帰ってきた」

一方、ディートハルトは母親の姿を見つけ、立ち上がった。

「母上」

「ディー!」

ミレイユが駆け寄り、息子を強く抱きしめた。

「……母上?」

「よかった……っ」

声が震えていた。

「本当に……無事で、よかった……!」

ディートハルトは驚いた。

母が泣いている。

いつも穏やかで、何があっても落ち着いている母親が、自分を抱きしめて泣いている。

「……母上、僕は大丈夫です」

「ええ……ええ、分かっているわ……」

それでも、腕の力は緩まなかった。

ディートハルトは少し迷ってから、母の背中へ手を回した。

「……ごめんなさい」

「謝らなくていいの……」

ミレイユは首を振った。

「ただ……もう少しだけ、このままでいさせて……」

温かな腕に包まれているうちに、張り詰めていたものが少しずつ緩んでいく。

魔道具の光。

飛び交う破片。

ルカの目の前に迫った、青白い奔流。

もし、あの時。

自分が判断を誤っていたら。

「……っ」

喉の奥が詰まった。

ディートハルトは母の服をぎゅっと掴んだ。

「……怖かった」

かすれた声が漏れる。

「……僕、怖かった……!」

ミレイユの腕に、さらに力がこもった。

「ええ……」

「ルカが……死んじゃうかと……」

「……ええ」

「僕が、間違えたら……っ」

そこまで言ったところで、堪えていた涙が溢れた。

ミレイユは何も言わず、息子を抱きしめ続けた。

今は、公爵家の跡継ぎでも、優秀な魔術師の卵でもない。

ただ、怖い思いをした十歳の息子だった。

少し離れた場所では、エドガーが静かにその様子を見守っていた。

いつもの冷静な表情を崩さずにいたが、その視線はディートハルトから離れなかった。

やがて、ミレイユが少しだけ腕を緩める。

ディートハルトは目元を拭い、顔を上げた。

「……先生」

エドガーが膝を折り、少年と目線を合わせた。

「ディートハルト様。後ほど、詳しく報告していただきます」

「……はい」

叱られる。

そう覚悟した時だった。

エドガーが、そっと少年の頭へ手を置いた。

「……よく頑張りました」

ディートハルトが目を見開く。

「ですが、次は必ず大人を呼んでください」

「……はい」

「あなたが無事でなければ、何の意味もありません」

いつもより少しだけ、低い声だった。

ディートハルトはもう一度、頷いた。

「……ごめんなさい」

「謝罪より、次に生かすことです」

そう言って、エドガーは静かに手を離した。

*

帰り支度を整える頃には、通りも少しずつ落ち着きを取り戻していた。

魔道具は専門の魔術師たちによって封印され、騎士団が周囲の安全を確認している。

ルカはライナーの隣で、まだ髪をぐしゃぐしゃにされたことに文句を言っていた。

「だから、もう撫でんなって!」

「うるせぇ!無事だったんだからいいだろ!」

「意味分かんねぇよ!」

そのやり取りを聞いて、ディートハルトは思わず笑った。

ルカもこちらに気づき、にやりと笑う。

「なあ、ディー!」

「何?」

「また遊びに行こうぜ!」

ディートハルトは一瞬、目を丸くした。

あんなに怖い思いをしたばかりなのに。

「……もう冒険はこりごりだよ」

「えー!」

「普通に遊ぶだけなら、いいけど」

「よし!約束な!」

ルカが嬉しそうに笑う。

ディートハルトも頷いた。

今日、自分たちはたくさんの失敗をした。

怖い思いもした。

けれど、互いの力を信じて、一緒に乗り越えることができた。

まだ未熟で、できないことも多い。

それでも。

隣にこの友人がいるなら、きっと少しずつ強くなれる。

二人は顔を見合わせ、笑い合った。

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