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選択の魔女  作者: めいあん
第三章:大陸編
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第8話:画策

公爵邸へ戻った二人を迎えたのは、いつものような騒がしさだった。

玄関ホールには使用人たちが集まり、何食わぬ顔をしながら、その実、ミレイユとアロイスの一挙一動をしっかりと観察している。

当の二人は、そんな視線を気にする様子もなく並んで歩いていた。

しかも、手を繋いだままだ。

あまりにも自然になってしまったせいか、本人たちには特別なことをしているという自覚すら薄いらしい。

そんな二人を眺めていたライナーが、とうとう我慢できなくなったように腕を組んだ。

「……で?」

指差した先には、当然ながら二人がいる。

「婚約してるのに、全然進展なくね?」

ミレイユが固まった。

アロイスは無言だったが、眉がわずかに動く。

ライナーはそれを見逃さない。

「やっぱりお前ら思春期か!?婚約までして、その距離感で済むか普通!?」

「進展が緩徐すぎますね」

エドガーが淡々と補足した。

そして、もう一言。

「ヘタレ」

アロイスの眉がぴくりと動く。

その隣でヴァルターが何の感情もない顔のまま、懐から手帳を取り出した。

「公爵、ヘタレ……と」

「記録するな」

「どこに報告するつもりですか……」

ルドルフがこめかみを押さえる。

しかし、ライナーは止まらない。

「だってよ!婚約だぞ!?婚約してんだぞ!?それでまだその距離感って、どういうことだよ!」

「理論上、もう少し進展していてもおかしくありません」

エドガーが真面目に頷く。

「理論上ってなんだよ……理論はいらねぇよ」

ミレイユは両手で顔を覆った。

「もう、やめてください……」

切実な訴えだったが、誰一人として引く気配がない。

むしろ、アロイスが黙ったままミレイユの手を握る力を少し強めたことで、事態はさらに悪化した。

ミレイユが気づいて隣を見る。

目が合うと、小さく笑った。

それだけで、外野には十分だった。

ライナー、エドガー、ヴァルター、ルドルフ、そしてマルガレーテ。

全員の視線が交差する。

言葉は必要なかった。

意思疎通は、完全に成立した。

「……なあ」

ライナーが声を落とす。

「はい」

エドガーが頷く。

「必要ですね」

ヴァルターも同意した。

ルドルフだけが目を閉じる。

「……やるのですか」

誰も答えなかった。

ただ、ルドルフ以外の全員が頷いた。

――絶対に進展させてやる。

そんな、どうでもいいところで強固な共同戦線が生まれていた。

ミレイユはそれを見て、嫌な予感を覚える。

「……なんですか、その顔……」

「別に?」

ライナーがにやりと笑う。

明らかな嘘だった。

エドガーも平然と答える。

「通常業務です」

「絶対違いますよね……?」

ヴァルターは短く言った。

「支援です」

その言葉のほうが怖い。

ルドルフは遠い目をした。

「……公爵家はいったいどこへ……」

誰も彼の嘆きを聞いていなかった。

*

その日の夕刻。

公爵邸の廊下には、妙に人の気配がなかった。

正確には、見える場所には誰もいない。

角を曲がった先には、ライナー、エドガー、ヴァルター、マルガレーテ、そして巻き込まれたルドルフが集まっていた。

全員、声を潜めている。

「配置は?」

ライナーが尋ねる。

エドガーが即答した。

「扉は内開き、外から施錠可能です。窓は高所にあるため、脱出は困難でしょう」

「……本当にやるのですか?」

ルドルフが確認する。

「やるわ」

マルガレーテは即答した。

一切の迷いがない。

彼らの目的は一つ。

二人きりの時間を作ること。

数分後。

談話室には飲み物が用意され、ソファにはクッションが並べられていた。

灯りも普段より少し落とされ、妙に柔らかな雰囲気に整えられている。

どう見ても、何かを企んでいた。

そこへ、何も知らないミレイユが入ってくる。

「こちらでお待ちください、と言われたのですが……」

周囲を見回し、首を傾げる。

どうにも妙だ。

その直後、反対側からアロイスも入ってきた。

二人の視線が合う。

――カチリ。

背後で扉が閉まり、外から鍵がかかった。

二人は同時に振り返る。

ミレイユが扉へ歩み寄り、取っ手を回した。

動かない。

「……」

アロイスを見る。

そして、両手で顔を覆った。

「……やめてください……」

完全に理解したらしい。

アロイスも扉を確認する。

「……出られないな」

「ですよね……」

ミレイユは深々と息を吐いた。

*

一方、扉の外では。

「……初動が遅いな」

ライナーが小声で呟く。

「様子見です」

エドガーが答える。

「まだ接触していませんねぇ」

ヴァルターも冷静だった。

「……帰ってよろしいですか」

「静かに」

マルガレーテの一言で、ルドルフまで黙らされた。

挿絵(By みてみん)

室内では、ミレイユが観念したようにソファへ腰を下ろしていた。

アロイスもその隣に座る。

近い。

けれど、不思議と気まずくはなかった。

ミレイユは膝の上で手を組みながら、ちらりと隣を見る。

「……あの」

「何だ」

「こういうの、慣れていますか?」

アロイスは少し考え、正直に答えた。

「……いや」

ミレイユが小さく笑う。

「ですよね」

どこか安心したような声だった。

それから、自分から少しだけ身体を寄せる。

アロイスはその距離を受け入れるように、ミレイユの手を取った。

指を絡める。

ミレイユの呼吸がわずかに揺れた。

それでも、手は離さない。

「……今度は」

ミレイユが顔を上げる。

「分かって、していますよね?」

アロイスは彼女の目を見る。

「ああ」

迷いのない返事だった。

その一言で、ミレイユの頬が赤くなる。

それでも目は逸らさない。

二人の距離が、ゆっくりと縮まっていった。

やがて、唇が触れる。

以前より少し長く、互いを確かめるような穏やかな口づけだった。

離れると、ミレイユは真っ赤になった顔を両手で覆う。

「……心臓が、持ちません……」

けれど、逃げることはなかった。

アロイスも離れない。

*

扉の外では、全員が耳を澄ませていた。

「……なあ」

ライナーが囁く。

「なんで急に静かになった?」

「会話が途切れました」

エドガーが事実だけを述べる。

ライナーの目が輝いた。

「ってことは……!」

「分かりません」

「なんでだよ!」

「見えていませんので」

「お前、さっきから役に立たねぇな!」

「当然です。扉があります」

正論だった。

ヴァルターが手帳を開く。

「会話、途絶――」

「記録すんな!」

「状況証拠としては興味深いですねぇ」

「状況証拠で何を立証するつもりなんですか……」

ルドルフが疲れ果てた声で呟く。

マルガレーテだけは、祈るように両手を組んでいた。

「頑張って、坊ちゃん……」

「何をですか」

ルドルフの問いには、誰も答えなかった。

*

客間の中では、ミレイユがまだ頬を赤くしたまま、繋いだ手を見つめていた。

「……閉じ込められるの、初めてです」

「俺もだ」

ミレイユが少し笑う。

「そうですよね」

それから、今度は真面目な顔でアロイスを見た。

「……こういうの、嫌じゃないですか?」

閉じ込められていることも、外野に騒がれていることも。

その状況で、こうして二人きりにされていることも。

アロイスは少し考えた。

「……問題ない」

そして続ける。

「お前といる時間が増えるだけだ」

ミレイユの顔が一気に赤くなった。

けれど、今度は顔を覆わない。

なんとか耐えるようにアロイスを見つめる。

「……ずるいです」

「何がだ」

「そういうことを、さらっと言うところです」

困ったように笑うミレイユを見て、アロイスは繋いだ手を軽く引いた。

身体が近づき、肩が触れる。

アロイスの手が頬へ触れた。

ミレイユは逃げない。

二人の距離が、もう一度縮まる。

その時だった。

――カチリ。

どこかで、何かが操作される音がした。

室内の灯りが、さらに落ちる。

ミレイユが固まった。

ゆっくりと扉を見る。

「……やめてください」

当然、扉の向こうへ向けた言葉だった。

外から、慌てて声が返ってくる。

「……バレた」

ライナーだった。

「当たり前でしょう!」

ミレイユはとうとう声を上げた。

「何をしているんですか!」

「支援です」

エドガーが答える。

「いりません!」

「最適化です」

今度はヴァルター。

「もっといりません!」

「私は止めました」

ルドルフの声まで聞こえてきた。

「ルドルフさん……!」

唯一の味方を見つけたような声だった。

「裏切るなよ!」

「最初から賛成しておりません」

外で仲間割れが始まっている。

ミレイユは額を押さえた。

「ほんとに、もう……」

やがて諦めたように息を吐き、アロイスを見る。

「……すみません」

「何がだ」

「巻き込まれて」

「問題ない」

アロイスは迷わず答えた。

「お前といられる」

ミレイユの表情が柔らかくなる。

困ったような、それでいて嬉しそうな笑顔だった。

今度は彼女のほうから近づいた。

アロイスの手がミレイユの腰へ回る。

ゆっくりと引き寄せられ、二人の距離が消える。

ミレイユは息を呑んだ。

けれど、逃げない。

目を閉じる。

そのまま――と思った、その時。

アロイスの動きが止まった。

ミレイユが目を開く。

「……?」

アロイスはわずかに距離を取った。

「……ここまでだ」

「え……」

「これ以上は、場所が悪い」

ミレイユはその言葉の意味を理解し、頬を赤くした。

「……そう、ですね」

小さな返事だった。

けれど、どこかほっとしているようでもあった。

*

扉の外では、相変わらず何も分かっていなかった。

「……静かだな」

ライナーが扉に耳を寄せる。

「静かですね」

エドガーも同意する。

「で、どうなってんだ?」

「分かりません」

「お前、それしか言わねぇな!?」

「見えませんので」

「役に立たねぇ!」

「そもそも、何の役に立つことを期待しているのですか……」

ルドルフが疲れ切った声で呟いた。

ヴァルターは手帳へ何かを書き込んでいる。

「長時間の沈黙、と」

「だから記録すんな!」

マルガレーテだけは、じっと扉を見つめていた。

「坊ちゃん……」

「何も分かってないですからね!?」

ライナーの突っ込みが飛ぶ。

その直後だった。

――ガンッ!

扉の鍵が破られた。

「うおっ!?」

全員が飛び退く。

内側から開いた扉の向こうには、アロイスが立っていた。

無言。

その背後には、頬を真っ赤にしたミレイユがいる。

外野の視線が、一斉に二人へ向いた。

そして。

「……進展したな」

ライナーが呟いた。

「状況証拠としては有力です」

エドガーが頷く。

「記録しておきましょう」

ヴァルターが手帳を開く。

「やめろ」

アロイスの声が落ちた。

全員が黙った。

「……何をしている」

逃げ場はなかった。

ライナーが笑顔を作る。

「いや、その……」

無理だった。

エドガーが即答する。

「後方支援です」

ヴァルターも頷いた。

「最適化です」

ルドルフはそっと一歩後ろへ下がる。

「私は止めました」

「裏切るなよ!」

「最初から賛成しておりません」

マルガレーテは微笑んだ。

「ちょっとしたお節介ですわ」

開き直りが強い。

ミレイユは両手で顔を覆った。

「……やめてください……」

完全に限界だった。

しばらくして、ライナーが恐る恐る口を開く。

「……で」

アロイスの眉が動く。

「なんだ」

「いや……その顔見る限り、途中で止めたんだろ?」

「何を根拠に言っている」

「勘」

「黙れ」

「はい」

即座に引き下がった。

エドガーが静かに口を開く。

「少なくとも、公爵が冷静であることは確認できます」

「そこだけは確かですねぇ」

ヴァルターも頷いた。

ルドルフは、ようやく少しだけ安堵したように息を吐く。

「……まともでいらっしゃった……」

「そこに感動するなよ」

ライナーが小声で突っ込んだ。

マルガレーテは満足そうに頷く。

「さすが坊ちゃん。いい男ですわ」

「なぜ評価が上がっているんですか……」

ミレイユの声は、まだ両手の向こうから聞こえていた。

アロイスは何も答えず、その手を取る。

しっかりと握った。

「……当然だ」

そして、当たり前のことを告げるように言った。

「伴侶だ」

全員が停止した。

次の瞬間。

「うおおおおおおおおおおお!!!!!」

ライナーが爆発した。

騒ぎを聞きつけたメイドたちも、一斉に歓声を上げる。

「きゃあああああああ!!!」

「閣下が言った!」

「伴侶って言ったわよ!」

ミレイユは完全に顔を覆った。

「やめてください……!!!」

けれど、アロイスはその手を離さない。

騒ぎの中でも、ただ隣にいる。

その姿を見て、ライナーはとうとう頭を抱えた。

「……もういい。お前ら、勝手に幸せになれ……」

「最初からその予定です」

エドガーが淡々と返す。

「うるせぇ!」

公爵邸は、今日も平和だった。

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