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選択の魔女  作者: めいあん
第三章:大陸編
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第7話:謁見

王国、王宮。

王国への定期報告のため、ミレイユは久しぶりに王国へ戻ってきていた。

見慣れた廊下も、窓から差し込む光も以前と変わらない。

けれど、今のミレイユには、以前とは決定的に違うものがあった。

その隣を歩くアロイスである。

今回は護衛として随伴しているが、もう二人の距離をわざわざ隠すつもりはない。

自然に並んで歩く二人へ、廊下のあちこちから視線が集まり、小さなざわめきが起こる。

それでもミレイユは気にせず、アロイスも何も言わない。

ただ、二人はそのまま歩いていった。

*

訓練場では、乾いた剣戟の音が響いていた。

アルベルトは一人で剣を振っている。

動きに無駄はなく、一振りごとの軌道も鋭い。

けれど、どこか詰めきれないものがあるのか、数度打ち込んだところで剣を止め、静かに息を吐いた。

その時、背後に人の気配を感じた。

アルベルトが振り返る。

そこにいたのはミレイユだった。

そして、その隣にはアロイスがいる。

一瞬、アルベルトの視線が止まった。

ミレイユの手元。

そこに光る指輪を見れば、もう何も説明されなくても分かる。

理解は早かった。

けれど、胸の奥に生まれた感情だけは、少し遅れてやってくる。

アルベルトはゆっくりと剣を下ろし、二人のもとへ歩いていった。

「……アルベルト」

ミレイユが名前を呼ぶ。

久しぶりに聞く声だった。

アルベルトはすぐには答えず、まずミレイユの手へ視線を落とした。

「……似合ってる」

短い言葉だった。

余計な感情は乗せない。

それでも、ちゃんと見ていることが伝わる。

やがて視線を上げ、ミレイユをまっすぐ見つめる。

「ちゃんと、自分で立ってる顔だな」

ミレイユの目がわずかに揺れた。

「……はい」

小さく頷く。

その時、アロイスが一歩だけ前へ出た。

アルベルトは動じることなく、今度は彼へ視線を向ける。

「支えられてるんだな」

帝国の公爵と真正面から視線を合わせ、静かに続ける。

「でも、寄りかかってるんじゃない。ちゃんと自分で立ったまま、隣に立つ人を選んだ」

見抜かれていた。

アロイスは短く答える。

「ああ」

それだけだった。

けれど、それで十分だった。

しばらく沈黙が続く。

やがてアルベルトが小さく息を吐き、ふと空を見上げた。

その横顔には、一瞬だけ悔しさが滲んだ。

だが、それもすぐに消える。

自分の中へ飲み込み、再び前を向いた。

「……なるほどな」

ぽつりと呟く。

「守るだけが、“護衛騎士”じゃなかったんだな」

それは誰かへ向けた言葉というより、自分自身へ言い聞かせるような声だった。

その言葉を聞いて、ミレイユは静かに息を吐く。

何か言おうとは思わなかった。

きっと、言葉にしないほうがいい。

アルベルト自身が、自分の答えを見つけたのだから。

挿絵(By みてみん)

アルベルトは二人を見て、ほんの少しだけ笑った。

「じゃあな、ミレイユ」

「……はい」

「また王国に戻ったら、顔くらい見せろ」

ぶっきらぼうな言い方だった。

けれど、それがアルベルトらしかった。

ミレイユは小さく笑う。

「はい。また来ます」

「ならいい」

それだけ言うと、アルベルトは二人に背を向け、先ほど置いた剣を拾い上げた。

そして、もう一度構える。

一振り。

今度は、迷いがなかった。

鋭く、綺麗に剣が抜ける。

ミレイユはその姿をしばらく見つめ、それから小さく頭を下げた。

届かない距離だった。

けれど、それでよかった。

アロイスは何も言わない。

ただ、ミレイユの隣に立っている。

それで十分だった。

*

訓練場の端にある木陰には、二つの気配があった。

最初から、そこにいた。

シルヴァンは腕を組んで木にもたれながら、訓練場を眺めていた。

「……あ~あ」

軽い声に、けれど少しだけ寂しさが混じる。

「切ないねぇ」

その隣では、リディアが腕を組んで立っている。

「人の事情を覗き見るとは、相変わらずいい趣味だな」

容赦のない言葉だった。

シルヴァンは苦笑して肩をすくめる。

「まあね。でも、見守ってた身としてはさ。最後くらい、ちゃんと見届けたいじゃない?」

二人の視線は、アルベルトへ向いている。

剣を振る彼の背中。

先ほどまであった迷いが消えた、その動き。

シルヴァンはほんの少し目を細めた。

リディアは何も言わなかったが、ほんのわずかに頷いた。

やがてシルヴァンが、ふと思い出したように横を見る。

「ところでさ、殿下の護衛はいいの?」

リディアの眉が、ぴくりと動いた。

一瞬の沈黙。

「……当面の危険性が減ったから」

低く、淡々とした返答だった。

「殿下が『少し休め』と」

そこで言葉が止まる。

ほんの少しだけ間が空いた。

「……交代制に、させられた」

最後だけ、妙に重かった。

シルヴァンは黙った。

そして、理解する。

――あ、これ、生き甲斐を削られて逆に辛いやつだ。

けれど、顔には出さない。

「そっか」

少しだけ声の調子を落とす。

「時間、持て余してるんだ?」

リディアが鋭く睨む。

「持て余してなどいない」

即答だった。

ただ、返事までにほんのわずかな間があった。

シルヴァンは、それを見逃さなかった。

「じゃあさ」

一歩だけ距離を詰める。

「デートする?」

あまりにも軽い調子だった。

一瞬、沈黙。

「断る」

即答。

間もない。

シルヴァンは天を仰いだ。

「即答かよ」

呆れたように言いながらも、どこか楽しそうだった。

リディアはそっぽを向く。

けれど、その視線は再び訓練場へ戻っていた。

アルベルトが剣を振る。

そして、遠ざかっていくミレイユとアロイスの背中。

しばらく眺めた後、リディアが小さく呟いた。

「……悪くない結末だ」

シルヴァンは何も言わなかった。

ただ、同じ方向を見る。

そして、少しだけ笑う。

「だね」

風が木々を揺らす。

訓練場には、再び剣の音だけが響いていた。

*

王宮、謁見室。

高い天井の下、静かな空気が満ちている。

中央には玉座。

即位してからも変わらない存在感を放つエリシアが座り、その両脇には近衛と侍女が控えていた。

そして、玉座の一歩後ろ。

剣を携えた騎士が立っている。

以前とは違う。

立つ場所も、背負うものも変わった。

鋭い視線には、もう迷いがない。

やがて扉が開く。

ミレイユが入室し、その隣をアロイスが歩く。

二人は自然に並び、一定の節度を保ちながら玉座の前まで進んだ。

そして、揃って一礼する。

「久しいですね、ミレイユ」

エリシアが微笑む。

「ご無沙汰しております、陛下」

ミレイユも丁寧に頭を下げた。

言葉遣いも姿勢も以前と変わらない。

けれど、エリシアには分かる。

今のミレイユには、以前にはなかった芯がある。

エリシアの視線が、ゆっくりとミレイユの手元へ移る。

そこにある指輪を見つけた瞬間、ほんの少しだけ目を細めた。

「……なるほど」

それだけで、すべてを理解したようだった。

続いて、アロイスへ視線を向ける。

帝国の公爵。

そして、ミレイユの隣に立つ男。

「……あなたが」

柔らかな声だった。

「彼女の“隣”を選んだ方ですか」

問いかけではある。

けれど、答えなど分かっているような目だった。

アロイスは迷いなく答える。

「はい」

そのやり取りを、アルベルトは少し離れた場所から見ていた。

何も言わない。

視線も動かさない。

ただ、そこに立つ二人を静かに見ている。

エリシアは小さく頷いた。

「報告は受けています。今後の共同研究の件、それに付随するいくつかの事情についても」

ミレイユは一瞬だけ息を呑んだ。

だが、もう目を逸らさない。

「はい」

はっきりと答える。

エリシアは満足そうに微笑んだ。

「あなたは、選んだのですね」

その言葉に、ミレイユは一度だけ目を伏せる。

そして、ゆっくり顔を上げた。

「はい」

その瞳には、一切の迷いがなかった。

「自分で、選びました」

その答えを聞いて、エリシアは深く頷く。

「よろしい」

短い言葉だった。

けれど、王としての重みがある。

「ならば、それを支えるのが、この国の役目です」

謁見室の空気が、わずかに変わった。

王国として、ミレイユの選択を認める。

そして、その未来を支える。

それは、かつて彼女が王国を離れた時とは、まったく違う意味を持っていた。

その瞬間、アルベルトの指先がほんのわずかに動く。

だが、それだけだった。

エリシアがふと視線を後ろへ向ける。

アルベルトと目が合う。

二人は何も言わなかった。

けれど、それで十分だった。

アルベルトはほんの少しだけ頭を下げる。

騎士として。

自分の役目を果たす者として。

ミレイユは、その気配を感じ取った。

言葉はない。

それでも、伝わっている。

ミレイユもまた、静かに頭を下げた。

それが、彼女なりの答えだった。

謁見室には、穏やかな沈黙が満ちていた。

争いもない。

軋轢もない。

ただ、それぞれが選んだものを、それぞれが受け入れている。

ミレイユはアロイスの隣に立っていた。

もう、誰かに決められた場所ではない。

自分で選び、自分で立つと決めた場所。

そして、その隣にいる人もまた、自分で選んだ。

二人は静かに、同じ未来を見つめていた。

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