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選択の魔女  作者: めいあん
第三章:大陸編
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第6話:宣言

公爵邸、広間。

この日は珍しく、屋敷にいる者のほとんどが呼び集められていた。

ライナーは腕を組み、何事かと訝しげに周囲を見回している。

エドガーはすでに筆記の準備を整え、ヴァルターは壁際で様子を見ていた。

マルガレーテはどこか落ち着かず、ルドルフはいつも通り控えている。

メイドたちも整然と並んでいた。

その中央にいるのは、アロイスとミレイユだった。

二人の距離は近い。

最近では、それも珍しいことではない。

けれど、今日のアロイスにはいつもとは違うものを感じたのか、誰もがその言葉を待っていた。

やがて、アロイスが口を開く。

「前提を共有する」

相変わらず無駄のない言葉だった。

「ミレイユは王国所属の魔術師だ。現在は共同研究の名目で帝国に滞在している」

そこまでは、全員が知っている。

「所属が曖昧なままでは、今後必ず問題になる。王国と帝国、双方の利害が衝突する可能性もある」

全員にわずかな緊張が走る。

政治の話だ。

「手続きは煩雑だ。時間も無駄にする」

アロイスは眉間に皺を寄せた。

「――面倒だ」

ライナーが思わず顔を上げる。

「そこかよ」

小さなツッコミが入ったが、アロイスは気にせず続けた。

「よって、既成事実を作る」

そして、何の迷いもなく言い切る。

「ミレイユを伴侶に迎える」

広間が静まり返った。

「はぁぁぁああああ!?」

真っ先に爆発したのは、やはりライナーだった。

「なんでそこだけ決断が速いんだよ!!!」

「事実として、同衾は未観測ですね」

エドガーが淡々と付け加える。

「観測すんな!!!」

ライナーが即座に振り返る。

ヴァルターは特に動じることなく頷いた。

「合理性は担保されています。所属問題の解消としては、最短経路でしょう」

「だからって極端すぎるだろ!」

ライナーが頭を抱える一方で、マルガレーテだけは固まったまま、アロイスとミレイユを交互に見つめていた。

やがて、震える声が漏れる。

「……坊っちゃん……」

アロイスが視線を向ける。

「ついに……」

それ以上は言葉にならなかった。

マルガレーテの目から涙が一粒こぼれる。

ミレイユは驚いたように目を見開いたが、すぐに彼女のもとへ歩み寄った。

そして、以前自分がしてもらったように、そっとその肩を抱く。

「マルガレーテさん」

優しい声だった。

マルガレーテは顔を覆いながら、泣き笑いのような表情になる。

「よかった……本当に、よかった……」

何年も仕えてきた主の人生に、ようやく訪れた変化。

それが嬉しくて仕方がないのだろう。

その様子を見ていたルドルフも、息を吐いた。

「……ようやく、ですか」

かつての嘆きとは違う。

今度の声には、穏やかな安堵があった。

挿絵(By みてみん)

一方、後ろに控えていたメイドたちは、まだ整列したまま微動だにしていない。

だが、その顔には明らかな動揺が浮かんでいた。

「……今の」

誰かが呟く。

「……結婚……?」

別の誰かが、確かめるように返した。

その言葉を聞いた一人のメイドが、そっと顔を覆う。

目から涙がこぼれた。

それを見た隣のメイドも口元を押さえ、さらにその隣も目を潤ませる。

職務を崩すまいと必死に耐えているのに、嬉しさだけは隠しきれない。

やがて一人が、小さな声で言った。

「……おめでとうございます」

それを合図にしたように、全員の目が潤んだ。

けれど、声を上げて騒ぐことはしない。

ただ、嬉しくて仕方がないという顔で二人を見つめている。

しばらくして、一人が涙を拭いながら言った。

「……今夜、寝られないわね」

「無理よ」

すぐに別の声が返る。

「乾杯しなきゃ」

「推しの幸せを?」

「もちろん」

全員が深く頷いた。

その一致ぶりを見て、ルドルフは何も言わず遠い目をした。

ミレイユはそんな屋敷の者たちを眺めながら、少し驚いたように目を見開いていた。

けれど、その胸の奥には、じんわりと温かいものが広がっていく。

そして隣を見る。

アロイスはいつもと変わらない顔をしていた。

けれど、確かにここにいる。

ミレイユは小さく息を吸った。

「……本当に、いいんですか?」

今さらの確認だった。

アロイスは迷わず答える。

「ああ」

そう言って、ミレイユの手を取った。

ごく自然な動作だった。

けれど、しっかりと握られた手は、もう簡単には離れそうにない。

ミレイユも、その手を握り返した。

それで十分だった。

*

公爵邸、応接間。

それからしばらくして、再び客が訪れていた。

アンネリーゼである。

彼女はいつものように優雅な姿勢で紅茶を口に運び、対面にはアロイスとミレイユが並んで座っている。

以前なら少し距離を取っていた二人だが、今はもう隠すつもりもないらしい。

アンネリーゼはカップを置いた。

「……聞きましたわ」

柔らかな声だった。

だが、逃げ場はない。

「『面倒だから結婚する』と」

ミレイユが固まった。

アロイスは無言だったが、否定もしない。

アンネリーゼの口元が、わずかに引きつる。

「閣下は……本当にバカなんですの?」

以前にも聞いた言葉だった。

だが、今回は呆れの度合いが違う。

アロイスは黙って受け止める。

アンネリーゼは呆れたように息を吐いた。

「合理性を理由にして、ご自分の感情を説明しないおつもりですか?」

核心を突かれ、ミレイユの視線が揺れる。

アロイスはわずかに目を細めたが、それでも答えなかった。

アンネリーゼはそんな彼を見て、肩をすくめる。

「まあ、よろしいでしょう……では確認させていただきますわ」

そして、ミレイユを見る。

「ミレイユ様は、閣下と結婚なさるのね?」

真正面から問われる。

ミレイユは息を呑んだ。

それでも、もう迷わない。

「……はい」

はっきりと答えた。

アンネリーゼは満足そうに微笑む。

「よろしい」

続いて、アロイスへ視線を向ける。

「閣下も同意されているのですね?」

「ああ」

こちらも即答だった。

アンネリーゼは頷くと、わずかに身を乗り出した。

その目に、悪戯っぽい光が宿る。

「では、なぜ指輪を渡したのか、説明していただけます?」

ミレイユが固まる。

アロイスも黙った。

やがて、真面目な顔で答える。

「……礼だ」

今度はアンネリーゼが固まった。

「っ……!」

肩が震える。

「ふ、ふふ……!」

必死に笑いを堪えている。

だが、無理だった。

「礼で指輪を贈る殿方なんて、初めて見ましたわ……!」

とうとう笑いが漏れる。

ミレイユは顔を覆った。

「やめてください……!」

「意味も分からず渡して、そのまま結婚宣言ですもの」

アンネリーゼは目尻の涙を拭いながら、まだ笑っている。

「本当に、恐ろしい方ですわね」

褒めているのか呆れているのか、もはや分からない。

アロイスは黙ったままだった。

ただ、その手が自然にミレイユへ伸びる。

そっと手を握ると、アンネリーゼの笑みが少しだけ柔らかくなった。

「……まあ、これなら私が選ばれなかった理由も納得ですわ」

あっさりとした言葉だった。

そこに悔しさはない。

むしろ、どこか楽しそうだった。

「勝ち目のない勝負はしませんの」

それから、二人を交互に見る。

「ただし、その指輪の意味だけは、これからちゃんと理解なさって?」

アロイスは短く頷いた。

「ああ」

ミレイユも小さく笑う。

「……はい」

アンネリーゼは満足そうに立ち上がった。

「では、お幸せに」

最後まで優雅だった。

*

アンネリーゼが去った後の応接間には、先ほどまでとは打って変わって静けさが戻っていた。

ミレイユは自分の指を見る。

そこには、アロイスから贈られた指輪が光っていた。

「……意味」

アンネリーゼの言葉が、まだ胸に残っている。

その向かいで、アロイスも珍しく考え込んでいた。

ミレイユが顔を上げる。

「……本当に、分かっていなかったんですか?」

責めるような声ではない。

むしろ、少し可笑しそうだった。

アロイスは正直に頷く。

「……ああ」

ミレイユは小さく笑った。

「やっぱり」

そのまま、ゆっくりと彼のもとへ歩いていく。

アロイスは動かない。

ただ、ミレイユが近づいてくるのを待っている。

ミレイユは自分から手を伸ばし、アロイスの手に触れた。

そして、そっと指を絡める。

「じゃあ」

彼を見上げる。

「今は、分かりましたか?」

アロイスはすぐには答えなかった。

繋がれた手へ視線を落とし、そこに光る指輪を見る。

それから、ミレイユの顔を見た。

「……あれは、伴侶に贈るものだな」

確かめるような声だった。

ミレイユは小さく頷く。

「はい」

「なら、意図は一致している」

いかにもアロイスらしい結論だった。

合理的で、不器用で、それでも逃げてはいない。

ミレイユの目が柔らかくなる。

「……そうですね」

そのまま距離を縮める。

呼吸が触れそうなほど近づくと、アロイスの腕がミレイユの背へ回り、ゆっくりと引き寄せた。

ミレイユは小さく息を呑んだが、抵抗はしなかった。

そのまま身を預け、彼の胸に頬を寄せる。

これまでとは違う抱擁だった。

ただ守るためでも、安心させるためでもない。

二人が選んだ未来を、互いに確かめるような抱擁だった。

ミレイユが小さく呟く。

「……今度は、分かってますよね?」

アロイスは迷わず答える。

「ああ」

その腕に力がこもる。

ミレイユも服をそっと掴んだ。

離れたくないという気持ちを、そのまま伝えるように。

やがてミレイユが顔を上げる。

もう迷わなかった。

二人の唇が、そっと触れる。

短い口づけだった。

それでも、以前とは違う。

これはもう、未遂でも、勢いでも、偶然でもない。

互いが選んだ相手に向けた、確かな意思だった。

離れた後、ミレイユは頬を赤くしながら、それでも笑った。

「……それなら、いいです」

アロイスは何も言わず、もう一度ミレイユを抱き寄せる。

ミレイユも、その腕の中で目を閉じた。

指輪の意味も。

結婚という言葉の意味も。

今なら、二人とも分かっていた。

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