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選択の魔女  作者: めいあん
第三章:大陸編
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第4話:外圧

公爵邸の朝。

食堂の机には、もはや当然のように赤飯が並んでいた。

昨日までなら祝いの席として受け入れられたかもしれないが、さすがに毎日となると、ミレイユも無言でそれを見つめるしかない。

「……やめてください……」

思わず漏れた呟きに、エドガーが淡々と答える。

「既に祝いの段階は終了しています。現在は定常運用です」

「定常ってなんだよ!!」

ライナーが箸を叩く。

ヴァルターは紅茶を飲みながら、いつもの調子で頷いた。

「安定しています」

「どこがだよ……」

ライナーが呆れる横で、アロイスは何も言わずにミレイユの隣へ腰を下ろした。

以前なら少し離れた位置に座っていたはずなのに、今ではそれが自然になっている。

誰も何も言わない。

ただし、全員が見ていた。

ミレイユもそれに気づきながら、わずかに身体を寄せる。

ほとんど無意識の動きだった。

当然、ライナーが見逃すはずもない。

「寄ってる、寄ってる!!」

「やめてください……!」

ミレイユが慌てて身を戻すと、エドガーが告げた。

「無意識の接近頻度、増加傾向です」

「報告するな!」

ヴァルターも続ける。

「関係は安定期に移行しています」

「だから何なんだよ!」

アロイスが口を開いた。

「……黙れ」

短い一言だったが、誰も黙らなかった。

むしろライナーが身を乗り出す。

「で?」

にやにやと笑いながら、核心を突く。

「付き合ってんの?」

食堂が静まり返った。

ミレイユの手が止まり、アロイスも動かない。

しばらく待っても返事がないため、ライナーがさらに追い打ちをかけた。

「どうなんだよ?」

ミレイユは迷いながら口を開く。

「……それは……」

けれど、言葉が見つからない。

その隣で、アロイスが先に答えた。

「定義していない」

真顔だった。

「はぁぁぁあ!?」

ライナーが机を叩く。

「しただろ今!!」

エドガーが冷静に口を挟む。

「事実関係としては、接触の発生、相互同意、継続的接近が確認されています」

そして、淡々と結論を出した。

「――成立しています」

「お前まで何を言ってんだよ!」

ヴァルターも頷いた。

「否定材料はありませんねぇ」

完全に逃げ道がなくなり、ミレイユは顔を覆った。

「……やめてください……」

だが、アロイスは否定しなかった。

その沈黙こそが、ある意味では答えだった。

ライナーは頭を抱える。

「めんどくせぇぇぇぇ……!」

その様子を見ていたマルガレーテが、穏やかな笑みを浮かべた。

「いいのですよ。言葉にしなくても、分かるものは分かるものですから」

ミレイユは顔を上げ、隣を見る。

アロイスと視線が合う。

今度は、どちらも逸らさなかった。

ミレイユは小さく息を吐き、テーブルの下でそっと手を伸ばした。

指先が触れる。

互いに動きを止めたあと、ごく自然に指を絡める。

誰にも見えない場所で。

けれど、確かに繋がっている。

その動きに気づいたライナーが固まった。

やがて顔を覆う。

「……くそ……」

諦めたように呟いた。

「尊い……」

完全敗北だった。

エドガーが小さく頷く。

「観測完了です」

ヴァルターも満足そうに言った。

「安定しています……ふふっ」

遠くでそれを見ていたルドルフは、窓の外へ視線を向けた。

「……公爵家はいったいどこへ向かっているのでしょうな……」

誰も答えなかった。

*

後刻。

帝国皇宮では、重厚な扉の向こうへアロイスが足を踏み入れていた。

室内の奥には、第一皇子と第二皇子が並んでいる。

「来たか」

第一皇子が短く声をかける。

アロイスは一礼した。

いつも通りの無駄のない動作だった。

だが、第一皇子は早々に切り込んだ。

「ヴァルターから報告を受けている」

アロイスの眉が、わずかに動く。

嫌な予感しかしなかった。

「お前もいい歳だ。身を固めるなら、早くしろ」

あまりにも直球だった。

アロイスは黙り込む。

第二皇子は面白そうに笑っている。

「決めろ」

明らかに楽しんでいた。

アロイスは鋭い視線を向ける。

「……任務に関係はないかと」

「そうだな」

第一皇子はあっさり認めた。

だが、続く言葉は容赦がなかった。

「だが、効率は上がる」

何の効率だ、と言いたげな表情を、アロイスはどうにか抑える。

第二皇子も追撃した。

「報告では、判断が遅延しているらしいな?」

完全にヴァルター経由の情報だった。

アロイスのこめかみに力が入る。

しかし、反論できない。

事実だからだ。

第一皇子が最後に言った。

「期待している」

アロイスは黙って一礼し、そのまま踵を返した。

ただし、いつもより歩みが速かった。

*

一方、皇立魔術研究所では、ミレイユが研究室へ入った途端、数人の女性研究員に囲まれていた。

「聞いたんですけど!」

「特務監査官から聞いたんですが!」

嫌な予感がした。

その予感は、次の一言で確信に変わる。

「鉄血公爵を黙らせる能力があるんですって!?」

「なにそれ、新しい精神干渉!?」

「術式はどこです!?」

「理論化できます!?」

「再現性は!?」

一気に詰め寄られ、ミレイユは完全に固まった。

「……え?」

違う。

そういう話ではない。

しかし、研究員たちは止まらない。

「対象限定効果ですか!?」

「接触が必要なんですか!?」

「有効距離は!?」

「論文化できそう!?」

「やめてください……!」

ミレイユは顔を赤くして両手で頬を覆う。

挿絵(By みてみん)

だが、その背後からさらに冷静な声が加わった。

「観測結果では、段階的接触により影響力が増大しています」

ヴァルターだった。

いつからいたのか。

誰も気づかなかった。

「やめてください!」

ミレイユが叫ぶ。

しかし研究員たちの目は、さらに輝きを増していた。

「きゃー!」

「やっぱり接触型!」

「論文化できる!」

「というか単純に羨ましい!」

「違いますから!」

ミレイユが必死に否定する。

それでもヴァルターは淡々と続けた。

「現在、安定期へ移行しています」

「本当にやめてください……!」

研究室は、もはや研究施設とは思えないほどの騒ぎになっていた。

*

その日の夕方。

公爵邸の廊下で、アロイスとミレイユは顔を合わせた。

互いに何かを言いかけ、ほぼ同時に口を開く。

「……効率」

「……論文」

言葉が重なり、二人とも止まった。

視線が合う。

ミレイユが困ったように笑った。

「……何の話ですか?」

分かっている。

けれど、聞かずにはいられない。

アロイスは小さく息を吐く。

「外圧だ」

あまりにも簡潔で、ミレイユは思わず笑ってしまった。

「……そうですね」

二人の手が自然に触れる。

今度は、どちらも離さない。

そのまま指を絡めた。

「……どうします?」

ミレイユが尋ねる。

アロイスは考えるように彼女を見つめる。

「……決める」

短い言葉だった。

けれど、そこには今までとは違う、確かな意思があった。

ミレイユの心臓が跳ねる。

それでも逃げずに頷いた。

「……はい」

二人はそのまま歩き出す。

外から押されるようにして、少しずつ進んでいる。

けれど、その方向だけは――二人自身が選んでいた。

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