↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選択の魔女  作者: めいあん
第三章:大陸編
PR
112/144

第23話:接続

帝都地下最深部。

白い精神空間が崩れた直後、一行は現実へ引き戻されていた。

巨大な円環状構造物を中心に、黒い導線が激しく明滅している。

壁も床も低く震え、地下全体へ共鳴音が響いていた。

ミレイユは荒い呼吸を繰り返しながら、額を押さえる。

頭が痛い。

それでも、意識の奥ではまだ“真なるもの”の声が続いていた。

『どうして拒むの』

『苦しまないのに』

『一つになればいいのに』

優しい。

どこまでも優しい。

だからこそ、怖かった。

「立てるか」

アロイスが肩を支えている。

「……はい」

答えたものの、足にはほとんど力が入っていない。

アロイスはそれに気づいていたが、何も言わなかった。

クロウレイがミレイユの顔を見る。

「かなり限界に近いよ」

「でも――」

「分かってる、状況も良くない」

円環の光は、先ほどより明らかに強くなっている。

エドガーが記録術式を確認した。

「導線全体の反応が上昇しています。先ほどの精神接続以降、さらに活性化しました」

ライナーが顔をしかめる。

「要するに、さっきよりヤバくなってる?」

「非常に簡潔に言えば」

「言いたくなかったな、その答え」

シルヴァンも円環を見上げる。

「このまま放っておいたら?」

エドガーはすぐには答えなかった。

「分かりません」

ヴァルターが続ける。

「ただ、帝都各所ではすでに前駆症状が出ています」

「このまま活動が強まれば、影響範囲も広がるでしょうねぇ」

完全起動すれば何が起こるのか。

そこまでは誰にも分からない。

だが、安全だと考える理由もなかった。

エドガーは円環の周囲に残された術式を調べていた。

やがて眉を寄せる。

「……やはり、ありません」

「何が?」

シルヴァンが尋ねる。

「中枢に対応する制御石板です」

室内が静まった。

各地で確認された装置には、それぞれ対応すると考えられる石板が存在している。

だが、“真なるもの”に対応するものだけは、これまで一度も発見されていない。

最初から存在しなかったのか。

失われたのか。

それとも、全く別の方式で制御していたのか。

未だに分からない。

「さっきの記録にもあったね」

クロウレイが低く言う。

「“封じる術なし”“壊す術なし”」

「当時の人間にも、通常の停止手段が残されていなかった可能性があります」

エドガーが答える。

ライナーが腕を組んだ。

「じゃあ、どうやって止めんだよ」

答えはなかった。

その時。

ミレイユが円環を見つめた。

氷山遺跡で見た文字が蘇る。

“深層接続”。

“中枢への逆流”。

あの時、自分の意識は氷山遺跡を通じて、遠く離れた何かへ引き込まれた。

そして今、その接続先が目の前にある。

「……逆に辿れませんか」

全員の視線が集まった。

エドガーが問い返す。

「何をです?」

「採掘場遺跡で見つけた、“中枢への逆流”です」

ミレイユは円環を見る。

「向こうから私へ繋がれるなら……私からも、繋がれるかもしれません」

クロウレイの顔から表情が消えた。

「ミレイユ」

「直接、中へ入れれば」

声が震える。

それでも続けた。

「止める方法を探せるかもしれません」

「認めない」

即座に返したのはアロイスだった。

ミレイユが振り返る。

「ですが――」

「駄目だ」

「他に方法がありません」

「まだ決まっていない」

「でも、時間がありません」

珍しく、ミレイユも退かなかった。

「このまま反応が強くなったら、帝都の人たちまで――」

「だからお前が死んでいいのか」

言葉が止まった。

アロイスの声は低かった。

怒鳴ってはいない。

それでも、隠しきれない怒りがあった。

「そんなつもりでは……」

「ある」

迷いのない返答だった。

「お前は、いつもそうだ」

ミレイユの肩が僅かに揺れる。

アロイスは真っ直ぐ彼女を見る。

「必要なら、自分を差し出せばいいと思っている」

「違います」

「何が違う」

答えられなかった。

クロウレイが静かに口を開く。

「……僕も同意見」

ミレイユが振り返る。

いつもの笑みはなかった。

「君、自分を軽く扱いすぎだよ」

「先生……」

「誰かが助かるなら、自分は多少壊れてもいい。昔からそういうところあるよね」

言葉は穏やかだった。

だからこそ、逃げられない。

「でもね」

クロウレイはミレイユを見据えた。

「死んだら終わりなんだよ」

ミレイユは唇を噛んだ。

「世界を救って満足して消えるとか、僕は許さないからね」

軽い言い方だった。

けれど、クロウレイは少しも笑っていなかった。

再び、円環が大きく脈動した。

ゴォン――。

床が震える。

『ミレイユ』

頭の奥へ名前を呼ぶ声が届く。

シルヴァンが周囲を見る。

「……あんまり考えてる時間もなさそうだね」

エドガーも険しい表情で記録を確認している。

「現在の反応がどこまで上昇するのか予測できません」

ヴァルターがミレイユへ目を向けた。

「逆接続そのものは、理論上あり得ます」

アロイスの視線が鋭くなる。

「勧めているのか」

「まさか」

ヴァルターの笑みは薄い。

「成功率すら分からない賭けですよ。ただ、現時点で中枢へ直接干渉できる可能性が確認されているのも、ミレイユ様だけです」

「ヴァルター」

クロウレイの声が低くなる。

「事実を述べただけですよ」

誰も否定できなかった。

ミレイユは目を閉じた。

怖い。

繋がれば、戻れないかもしれない。

“真なるもの”は、自分を拒絶しない。

苦しみも、寂しさも、全部受け入れると言っている。

だから怖い。

それでも。

目を開く。

「……行かせてください」

アロイスの表情が険しくなる。

「嫌です」

声は震えていた。

「死ぬのは、嫌です」

クロウレイが僅かに目を見開く。

「戻れなくなるのも怖いです」

ミレイユは胸元を握った。

「でも、何もしないまま誰かが飲み込まれるのも嫌なんです」

以前なら。

ただ「やります」と言っていた。

自分の恐怖など、口にしなかった。

「だから」

ミレイユはクロウレイを見る。

「戻る方法を、一緒に考えてください」

そしてアロイスを見る。

「絶対に戻ります」

長い沈黙が続いた。

やがてクロウレイが目を閉じ、小さく息を吐く。

「……分かった」

アロイスが振り返る。

「クロウレイ」

「止めても、この子は納得しないよ」

「だからといって――」

「条件をつける」

クロウレイはミレイユを見る。

「自分が誰か分からなくなったら、すぐ戻る」

「はい」

「何かに呼ばれても追わない。目的は停止方法を探すこと。それ以外には触れない」

「はい」

「僕の声が聞こえたら、必ず答える」

「はい」

最後に。

「戻って来なさい」

ミレイユの瞳が揺れた。

「……はい」

準備が始まった。

エドガーは採掘場遺跡で記録した“中枢への逆流”の術式構造と、目の前の円環を照合する。

完全に同じではない。

だが、接続方向を反転させるためと思われる構造が、一部に確認できた。

「実際に何が起こるかは分かりません」

エドガーが告げる。

「身体ごと移動することはないでしょう。ただ、意識がどこまで深く接続されるか予測できません」

クロウレイはミレイユの周囲へ複数の防護術式を展開した。

精神そのものへの侵入を防ぐものではない。

それでは接続できない。

代わりに、身体と現実側の意識を保つための補助術式を重ねていく。

「完全には守れないよ」

「分かっています」

「分かってない顔してるんだよねぇ」

「先生」

「こういう時くらい言わせてよ」

その声は、少しだけいつものクロウレイだった。

アロイスだけは、準備の間ほとんど話さなかった。

やがてミレイユがそっと近づく。

「……怒っていますか」

「当たり前だ」

即答だった。

ミレイユは困ったように目を伏せる。

「すみません」

「謝るな」

顔を上げる。

アロイスは恐ろしいほど真剣な顔をしていた。

「戻って来い」

「……はい」

「絶対にだ」

「はい」

それでもアロイスは納得していないようだった。

当然だろう。

ミレイユ自身も、絶対に戻れる保証などないことを知っている。

だからこそ。

「帰ってきます」

今度は、自分から言った。

アロイスの目が僅かに揺れる。

「……なら行け」

ようやく手が離れた。

円環が再び光を強める。

『来て』

呼ばれている。

ミレイユは中央へ進んだ。

近づくにつれ、感情が流れ込んでくる。

寂しい。

苦しい。

一緒に。

繋がって。

もう少しで、円環の中心へ手が届く。

背後からクロウレイの声。

「ミレイユ」

振り返らずに答える。

「はい」

聞こえている。

自分はまだ、ここにいる。

そして。

最後にアロイスの声が届いた。

「帰って来い」

ミレイユは振り返った。

アロイス。

クロウレイ。

シルヴァン。

ライナー。

エドガー。

そこにいる人たちを見る。

自分は一人ではない。

でも。

一つでもない。

それでいい。

ミレイユは小さく笑った。

「……行ってきます」

挿絵(By みてみん)

そして、円環の中心へ手を触れた。

世界が砕けた。

白。

無数の声。

記憶。

苦痛。

悲しみ。

恐怖。

孤独。

一度に流れ込んできた全てが、ミレイユの意識を押し流す。

『ようこそ』

“真なるもの”の声。

優しく。

暖かく。

どこまでも深い。

『今度こそ』

『一人にしない』

意識が沈む。

どこまでも。

深く。

深く。

その向こうへ。

遠ざかる現実の中で、最後まで一つの声だけが聞こえていた。

「ミレイユ!」

アロイスの声だった。

ミレイユは、その声を手放さなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。