↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
選択の魔女  作者: めいあん
第三章:大陸編
PR
111/144

第22話:深層

帝都地下旧層。

一行はさらに深く、これまで立ち入ったことのない封鎖区域へ進んでいた。

冷たい石壁を黒い導線が縦横に走り、淡い光を脈打たせている。

低い共鳴音も絶えない。

以前とは明らかに違う。

地下旧層全体が、一つの巨大な機構として動き始めているようだった。

ミレイユは小さく息を呑む。

近い。

“真なるもの”が。

『おいで』

優しい声が、頭の奥へ触れる。

怖いほどに優しい。

隣にはアロイスがいた。

何も言わない。

ただ、いつでも手が届く距離を保っている。

それだけで、呼吸が少し楽になった。

クロウレイが周囲を確認する。

「かなり危険域だねぇ」

ヴァルターも導線へ目を向けた。

「ここから先は、干渉がさらに強まる可能性がありますねぇ」

「毎回、危険って言ってんな」

ライナーが嫌そうに顔をしかめる。

「実際に危険なので」

エドガーが淡々と返した。

「もうちょっと安心する言葉ない?」

シルヴァンが尋ねたが、誰も答えなかった。

どうやら、ないらしい。

奥へ進むにつれ、壁を覆う導線は増えていった。

やがて、低い共鳴音に別のものが混じり始める。

笑い声。

泣き声。

誰かの囁き。

「……これ、嫌だなぁ」

シルヴァンが顔をしかめる。

「気味悪ぃ」

ライナーも周囲を見回した。

だが、ミレイユにはもっとはっきり聞こえていた。

寂しい。

苦しい。

助けて。

一緒に。

繋がって。

無数の声と感情が重なっている。

本当に古代の人々の記憶なのか、それとも装置が見せているものなのか。

それすら分からなかった。

やがて、一行の前に巨大な扉が現れた。

以前、遠くから確認した最深部の封鎖扉。

黒い扉の中央には巨大な円形紋様が刻まれ、そこへ無数の導線が集まっている。

ヴァルターが目を細めた。

「……ここですか」

ミレイユの鼓動が速くなる。

扉の向こう。

そこから声がする。

『来て』

思わず足が動きそうになった。

肩へ手が置かれる。

「離れるな」

アロイスだった。

「……はい」

ミレイユは小さく頷く。

エドガーは扉へ近づきすぎない位置で足を止め、記録術式を展開した。

「封印構造を確認します」

古代文字と導線の配置を、一つずつ読み取っていく。

「神聖国地下遺構で確認された構造と共通点があります。ただ、こちらの方が遥かに複雑です」

「開けられますか?」

ヴァルターが尋ねる。

「現在の封印は、古代のものだけではありません。後世に追加された封印が複数重なっています」

つまり。

ここを隠した人々は、一つの時代だけではない。

何世代にもわたって、誰かがこの場所を閉ざし続けてきた。

クロウレイがミレイユを見る。

「まだ平気?」

「はい」

声は聞こえる。だが、自分が誰なのかは分かる。

クロウレイはその様子を確かめてから、アロイスへ視線を向けた。

アロイスが短く頷く。

「開けろ」

解除は慎重に行われた。

古代の封印構造を傷つけないよう、後世に追加された術式だけを一つずつ停止させていく。

最後の封印が消えた時。

重い振動音とともに、巨大な扉がゆっくりと開いた。

その向こうは、広大な空間だった。

天井は高く、奥までは見通せない。

壁も床も白灰色の未知の素材で造られ、その全体を黒い導線が覆っている。

そして中央。

巨大な円環状の構造物があった。

幾重もの輪が重なり、その中心だけが暗い。

「……これが」

エドガーが息を呑む。

誰も続きを言わなかった。

中枢なのか。

“真なるもの”そのものなのか。

まだ分からない。

その瞬間。

円環が光った。

「ミレイユ!」

クロウレイの声。

白い光が視界を埋め尽くした。

気づいた時、ミレイユは白い世界に立っていた。

床も空もない。

上下すら分からない。

果てのない白だけが広がっている。

「……何だ、ここ」

ライナーの声がした。

振り返る。

アロイス。

クロウレイ。

シルヴァン。

エドガー。

ヴァルター。

ライナー。

全員いる。

「精神干渉か」

アロイスが周囲を警戒する。

「たぶんね」

クロウレイの表情は険しい。

「全員まとめて巻き込まれたみたいだ」

現実の身体がどうなっているのか。

ここが同じ幻覚を共有しているだけなのか。

それすら今は分からない。

やがて、遠くに人影が現れた。

白い衣。

長い髪。

男とも女ともつかず、年齢すら分からない。

輪郭そのものが僅かに揺らいでいる。

ただ、その表情だけは穏やかだった。

『ようやく来てくれた』

声が直接、頭へ響いた。

シルヴァンが青ざめる。

「……喋った」

「見りゃ分かる」

ライナーは剣へ手を伸ばしかけ、止めた。

ここで剣が意味を持つのかすら分からない。

人影は、まっすぐミレイユを見ていた。

『ずっと待っていた』

ミレイユの呼吸が揺れる。

『君は、繋がれる』

そして。

『寂しかったでしょう』

暗い部屋。

冷たい床。

母の死。

焼かれた肖像画。

誰も来なかった夜。

突然流れ込んできた自分自身の記憶に、ミレイユは胸を押さえた。

「ミレイユ!」

アロイスが腕を掴む。

その感触だけは、ここでもはっきりしていた。

『孤独は苦しい』

人影が告げる。

『人は、分かり合えない』

『だから争う』

『傷つける』

『一人で苦しむ』

憎しみも怒りも感じられない。

ただ、それを悲しんでいるように聞こえた。

『だから、繋げた』

白い空間に、無数の光が浮かぶ。

挿絵(By みてみん)

一つ一つの光の中に、人がいた。

泣く者。

笑う者。

怯える者。

怒る者。

それらの感情が流れ、混ざり、やがて境界を失っていく。

『悲しみを分け合えば、苦しみは薄れる』

『恐怖を分け合えば、一人で怯えなくていい』

『孤独がなくなれば、誰も一人ではない』

ミレイユは何も言えなかった。

分かってしまう。

孤独は苦しい。

誰にも理解されないことも。

助けを求めても誰も来ないことも。

だから、この言葉が優しく聞こえてしまう。

クロウレイが人影を見つめた。

「でも、うまくいかなかった」

人影が初めてミレイユ以外を見る。

「さっき、記録を読んできたよ」

クロウレイは続ける。

「止めようとしても止まらなくなった。そう書いてあった」

長い沈黙のあと。

『……失敗した』

人影は否定しなかった。

『急ぎすぎた』

『人は、耐えられなかった』

ライナーが眉を寄せる。

「じゃあ、またやる気かよ」

『今度は違う』

すぐに答えが返った。

そして、再びミレイユを見る。

『君がいる』

ミレイユの背筋が冷える。

『君は深く繋がれる』

『多くの声を聞いても、自分でいられる』

『君なら、最後まで繋がっていられる』

暖かな感情が流れ込んでくる。

苦しくない。

怖くない。

全部分かってもらえる。

隠さなくていい。

頑張らなくていい。

『もう、一人にならなくていい』

ミレイユの瞳が揺れた。

「見るな」

アロイスの声。

掴まれた腕へ力が加わる。

「俺を見ろ」

ミレイユは顔を向けた。

「……アロイス様」

「勝手に救われるな」

その言葉に、人影が首を傾げる。

『救いたいだけだ』

「違う」

アロイスは即座に返した。

「全部同じにしたいだけだ」

白い空間が僅かに揺れる。

『孤独は苦しい』

「そうだな」

アロイスは否定しなかった。

「それでも、個は別だ」

ミレイユの胸が震えた。

別のまま、隣にいる。

全部を分かり合えなくても。

同じものにならなくても。

クロウレイと暮らした小さな家。

暖かな食卓。

熱を出した夜、額へ触れてくれた手。

王国で出会った人々。

帝国で出会った人々。

そして、今も自分の腕を掴んでいる手。

誰も、ミレイユと同じではない。

だからこそ。

ミレイユは自分からアロイスの手を握った。

「……私は」

声が震える。

「一人は、嫌です」

人影がミレイユを見る。

「でも、一つにはなりたくありません」

『なぜ』

「……大切だからです」

ミレイユは涙を拭わなかった。

「大切な人と、同じになりたいわけじゃありません」

以前、あの暗い場所で伝えた言葉。

今度は、はっきりと声にする。

「違うままで……一緒にいたいんです」

白い世界が静まり返った。

人影は長い間、何も言わなかった。

『……理解できない』

その声は、ひどく寂しそうに聞こえた。

『なぜ、一つにならない』

ミレイユはその表情を見つめた。

胸の奥へ、深い孤独が流れ込んでくる。

以前、氷山遺跡で感じたものとよく似ていた。

これが“真なるもの”自身の感情なのか。

取り込まれた誰かのものなのか。

あるいは、そう感じさせられているだけなのか。

分からない。

それでもミレイユには、この存在もまた、ずっと誰かを求めているように思えた。

「……あなたも」

言葉が零れる。

「一人なのですか?」

初めて。

人影の表情が揺れた。

答えはなかった。

代わりに、白い空間全体が大きく脈動した。

轟音。

無数の光が乱れ始める。

「まずい!」

クロウレイが叫ぶ。

「接続が不安定になっています!」

エドガーの声が響いた。

白い世界に亀裂が走る。

それでも人影は、ミレイユだけを見ていた。

『でも』

優しい声が響く。

『私は、まだ諦められない』

白い世界が大きく崩れ始めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。