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選択の魔女  作者: めいあん
第一章:王宮魔術師編
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第11話:旗の下に

レオニードの執務室へ呼ばれたとき、ミレイユはすぐに異変に気付いた。

レオニードが珍しく嫌そうな顔をしていたからだ。

机に肘をつき、珍しく眉間を押さえている。

シルヴァンは向かいで笑いを堪えている。

「行かなくていい」

開口一番。

「……何のことでしょうか」

ミレイユが首を傾げる。

シルヴァンが吹き出す。

「あー、やっぱり知らないんだ」

レオニードが深いため息。

「先ほど軍事派の連中から使者が来た」

さらに、

「お前を会議へ呼べと言ってきた」

「行かなくていい」

ミレイユが椅子へ腰掛ける前に、レオニードはそう言った。

即答だった。

あまりにも迷いがない。

ミレイユは目を瞬かせる。

「……ですが」

「行かなくていい」

二度目だった。

そこまで言われると、逆に気になる。

横ではシルヴァンが肩を震わせている。

面白がっている顔だ。

「いやぁ」

頬杖をつく。

「レオニード様がそこまで嫌がるのも珍しいよね」

「黙れ」

即座に返ってくる。

シルヴァンはますます楽しそうだった。

「呼び出しですか」

ミレイユが尋ねる。

レオニードは深く息を吐いた。

「先進派の軍事貴族どもだ」

その瞬間、シルヴァンが露骨に顔をしかめる。

「うわぁ」

今度は本気だった。

「よりによって、あそこ?」

「だから行くなと言っている」

レオニードは額を押さえる。

本当に頭痛がしているらしい。

ミレイユは書簡へ視線を落とした。

「……無視はできません」

静かな声だった。

「話だけはお聞きします」

レオニードはしばらく黙る。

やがて諦めたように椅子へ背を預けた。

「好きにしろ」

投げやりだった。

完全に。

「ただし」

視線が鋭くなる。

「何か要求されても安易に受けるな」

「はい」

「碌な話ではない」

断言だった。

会議場へ向かう廊下。

同行しているのはアルベルトとシルヴァンだった。

王宮の窓から差し込む午後の日差しが、白い床へ長く伸びている。

ミレイユはふと尋ねた。

「軍事貴族の方々は、そんなに問題があるのですか」

シルヴァンが肩をすくめる。

「問題っていうか」

少し考える。

「価値観が違うんだよね」

廊下を歩きながら続ける。

「軍人は結果を重視する」

「結果?」

「勝ったか負けたか」

即答だった。

「善悪より先にそこ」

ミレイユは静かに聞いている。

シルヴァンは続けた。

「もちろん全員じゃない」

笑う。

「でも極端な人はいる」

そして少しだけ真面目な顔になる。

「王女派だからって、みんな王女殿下みたいな考え方じゃないんだ」

その言葉にアルベルトが眉を寄せた。

シルヴァンは気付いている。

だが敢えて触れない。

「王女殿下の理想に共感している人もいれば、勝ち馬に乗りたい人もいる」

ミレイユは小さく息を吐いた。

政治とは複雑なものらしい。

やがて会議場へ辿り着く。

重厚な扉が開く。

中へ足を踏み入れた瞬間。

ミレイユは少しだけ肩を強張らせた。

空気が違う。

壁には戦旗。

歴代の将軍たちの肖像画。

巨大な地図。

戦史を記した額装。

そこに座る男たちもまた、皆一様に威圧感を纏っていた。

老人もいる。

壮年もいる。

だが共通していることがある。

全員が戦場を知っている。

人を率い、人を死なせ、勝利を掴んできた人間の目だった。

その視線が一斉にミレイユへ向く。

値踏み。

観察。

警戒。

歓迎されている空気ではない。

「来たか」

中央の男が口を開く。

先進派軍事貴族の筆頭。

将軍位を持つ男だった。

「無駄な話は嫌いだ」

低い声が響く。

「端的に言う」

その視線がミレイユを射抜いた。

「対抗派閥を鎮めろ」

ミレイユは瞬きをする。

意味を測る。

だが確認は必要だった。

「……どういう意味でしょうか」

男は苛立たしげに指を鳴らした。

「モンフォールを黙らせろ」

冷たい声だった。

「手段は問わん」

沈黙。

室内が静まり返る。

ミレイユはゆっくりと口を開いた。

「お断りします」

即答だった。

空気が凍る。

男の目が細くなる。

「所詮はモンフォールの血筋か」

侮蔑。

試すような声音。

だがミレイユの表情は変わらない。

その言葉を聞いた瞬間。

胸の奥で何かが冷えた。

ロシュ家。

モンフォール家。

見捨てられた、少女だった頃の記憶。

(また、それですか)

静かな失望。

ミレイユは真っ直ぐ前を見た。

「モンフォール家も」

静かに言う。

「ロシュ家も」

視線を逸らさない。

「今の私には関係ありません」

男たちが顔をしかめる。

ミレイユは続けた。

「私は王女殿下をお守りするためにおります」

「だからこそだ」

将軍が机を叩く。

「王女派を守るためではないか」

声が強くなる。

「何を躊躇う必要がある」

ミレイユは首を横に振った。

「私は」

一つ一つ言葉を置く。

「不当な攻撃を防ぐためにおります」

そして。

「誰かを傷つけるためにいるわけではありません」

「綺麗ごとだ」

吐き捨てる声。

「政治とはそういうものではない」

ミレイユは静かに男を見つめた。

挿絵(By みてみん)

そして言う。

「王女殿下の御意志を」

空気が張り詰める。

「汚すおつもりですか」

誰も口を開かなかった。

将軍の顔が僅かに歪む。

だが反論できない。

王女の名を掲げながら、王女の望まぬことを行う。

その矛盾を突かれたからだ。

重い沈黙が落ちる。

やがて将軍は視線を逸らした。

「……アルベルト」

突然名を呼ばれる。

アルベルトが背筋を伸ばした。

「はい」

「新人騎士だったな」

「はい」

将軍が見据える。

「お前はどう思う」

視線が集まる。

アルベルトは黙った。

若手騎士。

下級貴族の三男坊。

この場で逆らえば不利益になる。

そんなことは分かっている。

だが、脳裏に浮かんだのはエリシアだった。

王女ならどう答える。

それだけだった。

「……自分のような若輩者に」

静かに口を開く。

「発言の機会をお許しいただけるのであれば」

息を吸う。

そして言った。

「王女殿下の御意志が、全てかと存じます」

沈黙。

将軍の顔が引き攣る。

「……下がれ」

苦々しい声だった。

会議室を出る。

扉が閉まると、ようやく重圧から解放された。

しばらく誰も口を開かない。

窓から差し込む夕陽だけが廊下を染めている。

やがてアルベルトが呟いた。

「……王女派ですら、これか」

失望が滲んでいた。

ミレイユは少し考える。

「失望なさったのですか」

アルベルトは苦笑した。

「少しな」

正直だった。

「皆が王女殿下みたいな人間じゃない」

ミレイユは頷く。

それは事実だろう。

だが。

「それでも」

アルベルトが視線を向ける。

「王女殿下のために戦おうとしている方々でもあります」

ミレイユはそう言った。

完全に否定しない。

それが彼女だった。

アルベルトは少しだけ肩の力を抜く。

「……お前らしいな」

「そうでしょうか」

「そうだ」

即答だった。

そして少し歩いた後。

ミレイユが遠慮がちに口を開く。

「あのう……」

「なんだ」

「私のことは……」

そこで止まる。

アルベルトは意味を理解した。

理解してしまった。

耳が少し熱い。

「……ついでだ」

ぶっきらぼうに言う。

「王女殿下を護る」

前を向いたまま続ける。

「お前はその近くにいる」

数秒の沈黙。

「だから護る」

ミレイユは小さく微笑んだ。

「ありがとうございます」

アルベルトは眉をひそめる。

「何にだ」

「信じていますから」

アルベルトが足を止めかける。

「……は?」

ミレイユは不思議そうに首を傾げた。

「アルベルトは、王女殿下のために動く方です」

穏やかな声だった。

「だから信じています」

数秒。

沈黙。

アルベルトは盛大に顔をしかめた。

「うるさい」

ぶっきらぼうに言う。

「王宮で生きていくなら、簡単に他人を信用するな」

ミレイユは目を瞬かせた。

「ですが」

「ですがじゃない」

即座に遮る。

「痛い目を見るぞ」

真面目な声だった。

少し離れた場所から笑い声が飛ぶ。

「それはアルベルトが言うセリフじゃないでしょ」

シルヴァンだった。

壁にもたれながら肩を震わせている。

「俺が言いたかったなー」

「うるせぇ」

アルベルトが睨む。

シルヴァンはますます楽しそうに笑った。

「君、自分がどれだけ分かりやすいか自覚ある?」

「黙れ」

「ないんだねぇ」

アルベルトは天を仰ぐ。

シルヴァンは腹を抱えて笑っていた。

王宮の夕暮れは穏やかだった。

だが、その穏やかさの裏では、様々な思惑が渦巻いている。

それでも、少なくとも二人だけは、守るべきものを見失っていなかった。

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