第7話 怠惰な狙撃手と、優しき狂戦士の平和な昼下がり
アヴァロンが地形を消し飛ばし、ジンがアンデッドをミンチにし、ルーファスが雪山に春を呼んでいた頃。
最後のペアである狂戦士ガルムと、エルフの弓使いシルフは、のどかな丘陵地帯に広がる『牧場エリア』へと転送されていた。
神から与えられたミッションは『愛の連携プレイ! 牧場を荒らす魔獣の群れを撃退せよ♡』というもの。
二人の目の前には、牧場の柵を破壊し、凶悪な牙を剥き出しにして唸り声を上げる三頭の『ブラッド・グリズリー(赤毛の巨大熊)』が陣取っていた。立ち上がれば4メートルはあろうかという、恐るべき猛獣である。
「グルルルルルッ!!」
血走った目でこちらを睨みつけるグリズリーたち。
しかし、その恐ろしい魔獣を前にしても、狂戦士ガルム(中身は心優しい花屋の店員・タロウ)の心には、戦意など微塵も湧いていなかった。
彼は身の丈を超える巨大な戦斧を両手で構えてはいるものの、その腕は小刻みに震えている。
(ひいいい、大きい……! でも、よく見ると毛並みがフサフサで可愛いなぁ。あんなに威嚇してるけど、きっとお腹が空いてパニックになってるだけなんだ。武器で叩くなんて、そんな可哀想なこと絶対できないよぉ……!)
筋骨隆々で顔に恐ろしい刺青が入った狂戦士が、内心では「クマさん可哀想」と半泣きになっていた。
一方、そんなガルムの少し後方。
小高い丘の上に陣取ったエルフの弓使い・シルフ(中身は超インドア派の干物女・ユイ)は、すでに芝生の上にゴロンと寝転がっていた。
「……ふぁあ。お日様ぽかぽかで、最高のベッドね……」
彼女は長いエルフの耳をピクピクと動かしながら、大きな欠伸をした。美しい身のこなしで森を駆けるエルフのアバターを引き当てたというのに、彼女の辞書に「運動」という文字はない。
(魔獣退治とか面倒くさすぎ。ていうか、あのクマ絶対強いじゃん。走って逃げるのも疲れるし、弓を引くのも腕が疲れるからヤダ。もうこのまま寝たふりして、ガルムって人が全部倒してくれるのを待とう……)
どこまでも戦いたくない花屋と、どこまでも動きたくない干物女。
この二人がペアになった時点で、ミッションの進行は完全に停止していた。
「ガァァァァッ!!」
痺れを切らした一頭のグリズリーが、巨大な爪を振り上げてガルムへと飛びかかった。
普通なら、ここで戦斧を振り下ろして迎撃する場面である。
しかしガルムは、あろうことか戦斧をポイッとその場に投げ捨てた。
「ダメだよ! 痛いことはしちゃダメ!」
そして、飛びかかってきた巨大な熊に向かって両手を広げ、まるで迷子の犬を宥めるかのように、優しく、そして力強くその巨体を抱き止めたのだ。
「うおっ……とと! よしよし、大丈夫、怖くないよ。ほら、いい子だから……」
4メートルの巨熊の突進を(アバターの筋力に任せて)真正面から受け止め、そのまま首筋のあたりをワシャワシャと撫で始めるガルム。
「グルァ? ……グル、ル?」
突然の優しいマッサージに、グリズリーは毒気を抜かれたように動きを止めた。
丘の上で寝そべりながらその光景を見ていたシルフは、パチリと目を瞬かせた。
(……えっ?)
男の人というのは、こういうゲームの世界に来ると、大抵はカッコつけて無双しようとしたり、女の子に「俺が守るから!」とアピールしてきたりするものだ。アヴァロンのように。
しかし、目の前の恐ろしい顔をした狂戦士は、一切の暴力を振るわず、ただただ魔獣を優しく撫でている。そしてシルフに対して「戦え」とも「逃げろ」とも、何も要求してこない。
(あの人……なんて、優しくて、平和な人なんだろう)
シルフは、ぽかぽかとした陽だまりの中で、ガルムの広い背中を見つめた。
(無理して愛想笑いをしなくてもいい。頑張って戦わなくてもいい。あの人の隣にいたら……ずっとこのまま、平和に、何もしないでいられる気がする……)
シルフの胸の奥で、激しい恋心とは違う、毛布にくるまった時のような「安心感」と「穏やかなときめき」がじんわりと広がっていった。
ピロンッ!
長閑な牧場に、場違いなシステムアナウンスが鳴り響いた。
『システムアナウンス! シルフさんの極上のリラックス効果(癒やしの胸キュン)を確認! 両名に《愛の力・バフ(絶対平和主義・テイムオーラMAX)》が付与されました!』
直後、ガルムとシルフの身体から、淡いタンポポ色の温かなオーラが波紋のように広がった。
そのオーラが牧場全体を包み込んだ瞬間――世界から、一切の「敵意」が消え去った。
「ゴロゴロゴロゴロ……」
ガルムに抱きしめられていたグリズリーが、喉を鳴らして巨大な猫のようにすり寄ってきた。
残りの二頭も武器を捨てて地面に寝転がり、「撫でて」とばかりにお腹を見せてゴロゴロと転がり始めた。
「わぁ、すごい! みんな大人しくなった! シルフさん、見て見て!」
ガルムが満面の笑みで丘の上のシルフに手を振る。
シルフはゆっくりと起き上がると、弓を投げ捨てて丘を滑り降り、ゴロゴロと転がる一番大きなグリズリーのお腹に、躊躇いもなくダイブした。
「……ふふっ。あったかい。最高のクッションね」
もふもふの冬毛に埋もれながら、シルフは幸せそうに目を閉じた。
「シルフさん、戦わなくてよかったです。お花、潰れなくてよかった」
「……うん。ガルム、ありがとう。……おやすみ」
「はい、おやすみなさい。……よしよし、君たちもいい子だねぇ」
『……えー、ピンポーン。魔獣の、えーっと……無力化? を確認しました。ミッション、クリア……です』
空から降ってくる神のアナウンスも、どこか困惑気味であった。
地形を破壊するわけでも、音速を超えるわけでも、気候を変えるわけでもない。
ただひたすらに戦いたくない男と、動きたくない女の波長が奇跡のシンクロを果たした結果、そこには血と硝煙の匂いとは無縁の、最高に平和な「お昼寝空間」が爆誕していたのだった。
こうして、四組のペアによるハチャメチャな初ミッションは、全員の「アバターと中身の致命的なギャップ」を晒しながら、無事に幕を閉じた。




