第24話 サバイバルの終わり、そして現実へ
魔王城が崩壊し、暗雲が晴れた空から、暖かな朝陽が降り注ぐ。
瓦礫の山となった玉座の間の跡地で、アヴァロンとティアは荒い息を吐きながら、光に包まれる世界を見上げていた。
『システムアナウンス。メインクエストの全工程クリアを確認』
これまで番組を盛り上げていたディレクター(魔王)の能天気な声ではなく、無機質で機械的なシステム音声が、空から静かに響き渡る。
『勝者、アヴァロンおよびティア。報酬である賞金一億円は、現実世界の指定口座へ、全額非課税にて即時送金処理が完了しました』
「……っ!」
そのアナウンスを聞いた瞬間、ティアの目から大粒の涙が溢れ出した。
手に入れたのだ。長年の極貧生活、店長の怒号、擦り切れた靴、先の見えない不安。そのすべてを終わらせるチケットを、自分の力と、隣にいる相棒と共に勝ち取ったのだ。
「やった……。本当に、やったのね……っ」
ティアはその場にへたり込み、両手で顔を覆って泣きじゃくった。
「おう。お前が頑張ったからな。……おめでとう、ティア」
アヴァロンが優しく笑い、彼女の頭を大きな手で撫でる。
しかし、喜びも束の間。
周囲の景色が、テレビのノイズのようにチカチカと点滅し始めた。
『プログラム終了に伴い、これよりメインサーバーをシャットダウンします。全プレイヤーの強制ログアウトまで、残り180秒』
「えっ……?」
ティアが顔を上げると、自分の純白のシスター服が、そしてアヴァロンの漆黒の鎧が、半透明のホログラムのように透け始めていることに気づいた。
「もう時間か。……案外、あっという間だったな」
アヴァロンが自分の透けゆく手を見つめながら、少し寂しそうに笑う。
「ま、待って! 私たち、お互いのこと何も……っ!」
ティアは血相を変えて立ち上がった。
無理もない。ここは仮想現実(VR)の恋愛サバイバル。ゲームの中では一緒に死線を潜り抜け、命を預け合う仲になったが、現実世界においては、お互いの「本名」も「年齢」も「顔」も、何一つ知らないのだ。
『強制ログアウトまで、残り120秒』
「ど、どうしよう……! ログアウトしたら、もう二度と会えなくなるかもしれないのに……!」
パニックになるティアの手を、アヴァロンがしっかりと握りしめた。
透けかけているはずなのに、その手のひらだけは、驚くほど熱く、力強かった。
「焦んなって。……現実で会えばいいだけの話だろ」
「でも、連絡先も……顔だって分からないのに!」
「俺たちが住んでる街の真ん中に、一番でかい中央ターミナル駅があるだろ」
アヴァロンは、ティアの目を真っ直ぐに見つめて言った。
「そこの東口広場に、待ち合わせの定番になってる『デカいからくり時計』がある。……来週の土曜、昼の12時。そこで待ってる」
「東口の、からくり時計……」
ティアは、その言葉を忘れないように何度も口の中で反芻した。
『強制ログアウトまで、残り60秒』
「俺さ、現実世界じゃこんなデカい鎧も着てないし、剣も振れない、ただの平凡な学生なんだ」
アヴァロンが、照れくさそうに頭を掻く。
「ゲームみたいにカッコよくお前を守ったりできないかもしれないけど……でも、絶対に美味い飯は食わせてやれる。だから、絶対に来いよ」
「……当たり前でしょ。一億円の祝勝会、あんたの奢りで高級焼肉なんだから」
ティアは涙声をごまかすように、強気な笑みを浮かべた。
「私だって、こんな清楚なシスターなんかじゃないからね。口も悪いし、ガサツだし……現実の私を見たら、幻滅して逃げ出すかもしれないわよ?」
「逃げるわけねぇだろ」
アヴァロンは即答した。
「俺が好きなのは、シスター・ティアじゃない。俺の隣で一緒に怒って、笑って、一緒に戦ってくれた『お前』だからな」
トゥンク、と。
バフのファンファーレはもう鳴らないけれど、ティアの心臓が、ゲームの中で一番大きく鳴り響いた。
『強制ログアウトまで、残り10秒。9、8、7……』
世界が真っ白な光に包まれていく。
アヴァロンの姿が、光の粒子となって溶け始めた。
「絶対に見つける。お前がどんな姿でも、どんな名前でも」
「……見つけられなかったら、一生フライパンで殴って呪ってやるんだからねッ!」
『……3、2、1。全接続、解除』
二人が最後に交わした笑顔は、眩い閃光の中に吸い込まれ――。
ラヴ・クエスト・アイランドでの、長くて短いサバイバルは、完全なる終わりを告げた。




