第25話(最終話) からくり時計の前の待ち合わせ
一週間後の土曜日。
雲ひとつない快晴の空の下、大勢の人々が行き交う中央ターミナル駅の東口広場。その中心にそびえ立つ巨大な『からくり時計』の前には、待ち合わせをする何十人もの人影があった。
その中の一人、佐藤アキラ(20歳・大学生)は、少しサイズの合っていないジャケットを羽織り、落ち着かない様子で周囲を見回していた。
(やべぇ、緊張で吐きそう……。ホントに来てくれるよな?)
ゲームの中では『暗黒騎士アヴァロン』として大剣を振り回していた彼だが、現実の姿はどこにでもいる平凡な青年だ。女性と二人きりで会うことなどほとんどなく、手には汗が滲んでいる。
時刻は11時55分。
行き交う人々の中に、純白のシスター服を着た女性など当然いない。それに、もし彼女が地味な服装で現れたら、自分に見つけられるのだろうかという不安もあった。
一方、時計塔の反対側。
伊藤マイ(23歳・フリーター)もまた、柱の陰から心臓をバクバクさせながら広場を覗き込んでいた。
(ど、どうしよう……! あんな『見つけられなかったら呪う』なんて偉そうなこと言っちゃったけど、私の方もアヴァロンの顔、全然分かんないじゃない!)
今日のマイは、口座に振り込まれたばかりの一億円……は使わず、なけなしの貯金で買った少しだけ上質な白いワンピースを着ていた。
長年の苦労で染み付いた険しい顔つきを隠すため、メイク動画を何十回も見て練習した、彼女なりの『とびきりのおめかし』だ。
ジリリリリリリッ……!
正午を知らせる鐘の音が、広場に鳴り響いた。
からくり時計から人形たちが飛び出し、楽しげな音楽を奏で始める。
マイは意を決して、柱の陰から広場の中心へと歩み出た。
たくさんの男性が立っている。スマホを見ているスーツの男性。音楽を聴いている高校生。そわそわしている大学生風の青年。
どれが彼なのか、全く見当もつかない。
(やっぱり、現実じゃ無理があったのかな……。ゲームの魔法が解けたら、ただの赤の他人だもんね)
マイがうつむき加減にため息をついた、その時だった。
「……あーあ。腹減ったな」
すぐ近くで、少し間延びした、聞き覚えのある声がした。
「なんかこう、ガツンと美味い飯でも食いてぇ気分なんだけど。誰か作ってくれねぇかな」
ハッとして、マイが顔を上げる。
目の前に立っていたのは、ジャケットを着た平凡な青年だった。彼はわざとらしく空を見上げながら、チラチラとマイの方に視線を送っている。
その目は、漆黒の兜の奥から真っ直ぐに自分を肯定してくれた、あの不器用で優しい瞳と全く同じだった。
「…………ッ」
マイは、ブワッと込み上げてくる涙を必死に堪えながら、ツンとすまして言い返した。
「バカじゃないの。そんな都合のいい女、現実にいるわけないでしょ」
「えっ」
「でも……」
マイは、青年――アキラの正面に立ち、これまでで一番、飾らない等身大の笑顔を向けた。
「高級焼肉、奢ってくれる約束なら……一緒に食べに行ってあげてもいいわよ。バカアヴァロン」
アキラの顔が、パァッと明るく輝く。
「……見つけたぜ、ティア」
VRの世界で愛の力(物理)を振り回した二人は、現実の太陽の下で、少し照れくさそうに笑い合った。
偽物のシスターと、中二病の暗黒騎士のサバイバルはこれで終わり。
ここからは、飾らない等身大の二人が紡ぐ、現実の物語が始まるのだ。




