第21話 託された想いと、最後のダンジョン
他の参加者たちが強制ログアウトさせられ、静寂に包まれたリビング。
アヴァロンとティアは、神によって転送された新たな座標――最終ステージ『魔王城』の巨大な門の前に立っていた。
空を覆う分厚い暗雲、絶え間なく轟く雷鳴。周囲には草木一本生えておらず、赤黒い溶岩が堀のように城の周囲を流れている。これまでのビーチリゾートや豪華なシェアハウスとは打って変わって、そこは紛れもなく『死と絶望の最終ダンジョン』の空気を纏っていた。
「……マジで、俺たち二人だけになっちまったな」
アヴァロンが、そびえ立つ漆黒の城門を見上げて呟く。
「そうね。ジンさんにリリスさん、ルーファスさんにマヤさん……あと、どうでもいい金髪。みんなの想い(怨念含む)を背負って、絶対に私たちがクリアしなきゃいけないんだから」
ティアは、純白のシスター服の袖をグッと捲り上げ、気合を入れ直した。
この魔王城を攻略すれば、ゲームクリア。そして、優勝賞金である『一億円』が手に入る。
極貧フリーター生活から抜け出し、人生を逆転させるための最後の戦い。しかし、今のティアの胸の中にあるのは、金への執着だけではなかった。
隣に立つ、この不器用で真っ直ぐな男と一緒に、絶対に生きて現実世界へ帰る。それが彼女の最大のモチベーションに変わっていた。
「行くぞ、ティア。俺から絶対に離れるなよ」
「アンタこそ、突っ走りすぎて勝手に死なないでよね」
ギギギギギギッ……!!
アヴァロンが大剣の柄で城門を押し開けると、冷たい瘴気と共に、暗闇に包まれた広大なエントランスが口を開けた。
『侵入者……排除……!』
足を踏み入れた瞬間、城内の闇の中から無数の赤い眼光が浮かび上がった。
現れたのは、全身が黒い金属で覆われた『魔王の近衛兵』の軍勢。その数は優に百を超えている。これまでのレイドボスとは違い、統率の取れた完全な殺戮部隊だ。
「うげっ、いきなりクライマックスかよ!」
「文句言ってる暇があったら剣を振りなさい! 右から三体来るわよ!」
ガァァァァンッ!!
アヴァロンが大剣を振り抜き、先陣を切ってきたデス・ナイトを壁ごと粉砕する。
しかし、敵は倒れても倒れても闇の中から際限なく湧き出してくる。二人のパーティーでは、圧倒的に手数が足りない。
「チッ、キリがねぇ! ティア、後ろに下がってろ!」
「バカ言わないで! 私だって戦うわよ!」
ティアはインベントリから夕食作りで愛用していた『巨大な鉄のフライパン』を引っ張り出すと、背後に回り込んできたデス・ナイトの兜をフルスイングでカチ割った。
ゴンッ!!という鈍い金属音が響き、甲冑の化け物が沈む。
「お前、本当にシスターじゃねぇな……!」
「うるさいわね! 今はなりふり構ってられないでしょ!」
背中合わせになり、次々と襲い来る敵を物理でなぎ倒していく二人。
かつてのような「か弱いヒロインと、それを守る騎士」という嘘くさいロールプレイは、そこには一切ない。泥臭く、口汚く罵り合いながらも、互いの死角を完璧にカバーし合う『本物の相棒』の姿があった。
ピロンッ!
『システムアナウンス! アヴァロンさん、ティアさんの絶え間ない信頼と共鳴(阿吽の呼吸)を確認! 《愛の力・バフ(常時全ステータス限界突破)》が起動中!』
二人の身体を、これまでのようなピンク色のふわふわとしたオーラではなく、燃え盛る炎のような真紅の光が包み込んでいた。
打算を捨て、素顔を曝け出した二人の間に生じる『愛の力』は、もはや一時的な胸キュンなどではない。互いを深く理解し、命を預け合うことで生み出される、システムすら想定外の恒久的なバフへと進化していたのだ。
「オラァァァッ!! 道を開けろ鉄クズ共!!」
限界突破したアヴァロンの斬撃が、竜巻となってデス・ナイトの軍勢を宙に巻き上げる。
「アヴァロン、左の通路が手薄よ! あそこから一気に抜け――きゃっ!」
ティアが指示を飛ばそうとした瞬間、床に仕掛けられていたトラップ(落とし穴)が突如として開いた。
バランスを崩し、底なしの暗闇へと落下しかけるティア。
「ティアッ!!」
アヴァロンは躊躇うことなく大剣を放り捨て、落下するティアの手をギリギリのところで掴み取った。
自らの片腕を床の縁に引っ掛け、全体重をかけて彼女を引き上げる。
「アンタ……剣捨てたら、戦えないじゃない……!」
「剣なんかより、お前の方が一億倍大事に決まってんだろ!」
アヴァロンは力任せにティアを引っ張り上げると、そのまま自分の腕の中に強く抱きしめた。
「……無事でよかった。もう離さねぇからな」
「……っ、バカ。こういう時ばっかり、主人公みたいなこと言って……」
ティアは顔を真っ赤にしてアヴァロンの胸に顔を埋めた。
敵地のド真ん中で繰り広げられる、極限状態のラブコメ。その圧倒的な『愛の共鳴』により、二人の身体から放たれた衝撃波が、残っていたデス・ナイトたちを一瞬にしてチリへと変えた。
「……よし、片付いたな」
アヴァロンが落とした大剣を拾い上げ、肩に担ぐ。
「……ええ。行きましょう」
ティアは乱れたシスター服を整え、赤くなった頬をパシッと両手で叩いて気合を入れた。
いくつもの死地を越え、トラップを愛の力(物理)で粉砕し、二人はついに魔王城の最深部――重厚な装飾が施された『玉座の間』の巨大な扉の前へと辿り着いた。
「この奥に……魔王がいるのね」
ゴクリ、とティアが唾を呑み込む。
扉の向こうからは、これまで遭遇したどのレイドボスとも比較にならない、桁違いの魔力が漏れ出していた。
「ティア。中に何がいようと、俺が絶対にお前を守る」
アヴァロンが、ティアの小さな手をしっかりと握りしめる。
「……守るだけじゃダメよ。二人で勝って、一億円持って、現実の世界に帰るの」
ティアもまた、その手を強く握り返した。
ギィィィィィン……。
二人の決意を迎え入れるように、玉座の間の巨大な扉が、重々しい音を立ててゆっくりと開き始めた。
最後の試練、そして一億円と愛を天秤にかける魔王の悪辣な罠が、二人の前に立ちはだかろうとしていた。




