第20話 素顔の告白と、狂い始めるシステム
第20話(第2章完結):素顔の告白と、狂い始めるシステム
巨大クラーケンとの死闘を終え、参加者たちがシェアハウスへ帰還したのはすっかり夜も更けた頃だった。
リビングには、これまでにない異様な緊張感が漂っていた。それもそのはず、今日の『海賊の洞窟ミッション』では、各々の「本当の姿」があまりにも露骨に暴かれてしまったからだ。
「アー、テステス! 波乱万丈の二日目、皆様本当にお疲れ様でした! それでは毎晩恒例、運命の『MVPペア投票』の結果発表にいきまーす!」
神の能天気な声が響き、空中のモニターがパッと明るくなった。
恋リアのシステムにおいて、この夜の投票で「両思い」になることこそが、最強のバフを得るための絶対条件である。
「まずは……お見事! こちらの二組が【両思い(マッチング)】成立です!」
モニターに映し出されたのは、【ジン&リリス】、そして【ルーファス&マヤ】の二組だった。
「おっ、俺とリリスが……!?」
暗殺者ジンが驚いて振り返ると、サキュバスのリリスが真っ赤になりながらモジモジと俯いていた。
「その……ジンさん、今日は洞窟でずっと私のペースに合わせて歩いてくれましたよね。不器用だけど、本当に優しい人だなって……」
「リ、リリスちゃん……! 俺、俺こそ昨日はティアちゃんばっか見ててごめん! これからはリリスちゃんだけを守るっす!!」
筋肉質の暗殺者と、真面目すぎる公務員サキュバス。不器用な二人の頭上に、ぽわんと温かいピンク色のオーラが灯る。
そしてもう一組。
「ルーファスさん……私に投票してくれたんですか?」
踊り子マヤが、信じられないという顔でエリート魔道士を見上げた。彼女はもう「あざとい悪女」の演技を完全に放棄し、背中を丸めた素の陰キャ姿勢に戻っていた。
「当然です。極限状態で己の素(省エネモード)を曝け出し、一切の無駄なコミュニケーションを排除したあなたの姿勢は、極めて論理的で美しい。僕は、そんなありのままのあなたに強く惹かれたのです」
「……なんかよく分かんないけど、無理して笑わなくていいのは、すごく楽……かも。ありがとう、ルーファスさん」
理屈っぽいエリート会社員と、対人恐怖症の陰キャフリーター。絶対に交わらないはずの二人が、奇妙なシンパシーによって結ばれた瞬間だった。
「さて……ここで残念なお知らせです。本日の投票で【0票】だった悲しき参加者が一名いらっしゃいます」
神のアナウンスと共に、モニターにただ一人、聖騎士レオンの顔が大写しになった。
「な……っ!? バカな!!」
レオンが血相を変えて立ち上がった。
「なぜ僕が0票なんだ!? 顔面偏差値、エスコート、パラメーターのすべてが完璧なはずだ! お前ら、僕という優良物件を前にしてバグでも起こしたのか!?」
恋愛攻略マニュアル通りに動いていた自分の敗北が信じられず、周囲を睨みつけるレオン。
「バグってるのはアンタの頭の方よ」
冷ややかな声で言い放ったのは、ティアだった。
彼女はもう、作り物の「清楚なシスターの微笑み」など浮かべていなかった。腕を組み、心底軽蔑したような鋭いヤンキーの目をレオンに向けている。
「自分の命が惜しくて女の子を魔物の囮にするようなクズ、誰が好き好んで投票するわけ? 攻略本ばっかり見てないで、ちょっとは現実の人間と向き合ったらどうなの」
「くっ……! このNPC崩れのモブ女がァッ!!」
プライドを粉々に打ち砕かれたレオンは、顔を真っ赤にして地団駄を踏み、完全に孤立した。
そんな騒ぎを他所に、神のアナウンスは最高潮へと達する。
「そして! 本日のMVPにして、システム史上最大の『愛の共鳴』を果たした最強の両思いペアの発表です!!」
ファンファーレと共に、アヴァロンとティアの頭上に、部屋中を真っピンクに染め上げるほどの強烈な光の柱が立ち昇った。
二人は、すでに投票結果など聞くまでもないというように、お互いの顔を見つめ合っていた。
「……ティア。俺はお前がいれば、それでいい」
「……バカ。私もよ。アンタの背中以外、もう頼る気ないから」
少しぶっきらぼうな、素の口調。
一億円のための打算から始まったティアの計算は、もうどこにもなかった。目の前にいる、底抜けにお人好しで不器用なこの男を、伊藤マイという一人の人間として、完全に愛してしまっていた。
『システムアナウンス! アヴァロンさん&ティアさん、完全なる両思い(トゥルー・ラブ)を確認!!』
「素晴らしい! これぞ私が求めていた本物の愛です!」
神が歓喜の声を上げる。
――しかし。その直後、モニターの画面が突如としてノイズにまみれ、空間全体が禍々しい赤黒い光に包まれた。
『警告。警告。最終フェーズへと移行します』
今まで能天気だった神の声が、突如として無機質で、冷酷な響きへと変わった。
「えっ……?」
参加者たちがざわめく中、シェアハウスの巨大な窓の外――湖の向こう岸の山頂に、雷鳴と共に天を突くような『禍々しい城』がズズズ……と姿を現した。
「皆様、長きにわたる恋リア・サバイバルも、いよいよ次が最終ステージ『魔王城』となります」
神の声が、リビングに重くのしかかる。
「ただし、魔王の部屋へと続く扉を開けることができるのは、システム上で最も強い愛の力を計測した【たった一組のカップル】のみ。……つまり、アヴァロンさん、ティアさんのお二人だけです」
「なっ……じゃあ、俺たちはどうなるんだよ!」
ジンが叫ぶ。
「ルールは絶対です。最終ペアに選ばれなかった他の参加者の皆様は……ここで脱落となります」
その宣告と同時に、ジン、リリス、ルーファス、マヤ、そしてレオンの足元に、強制ログアウトの魔法陣が浮かび上がった。
「な、ふざけるな! 僕の完璧なゲームが、こんなところで……うわああああああっ!!」
最後まで文句を叫んでいたレオンが、真っ先に光となって消滅した。
「ジンさんッ!」
「リリスちゃん! 現実世界に戻ったら、絶対に会いに行くっすからーっ!!」
涙ながらに手を伸ばし合うジンとリリスも、光の中に溶けていく。
「ふふっ、合理的で素晴らしいシステムです。マヤさん、現世での連絡先を――」
「やったぁぁぁぁ! やっと帰れるぅぅぅ! 畑が私を待ってるゥゥゥ!!」
ルーファスと、歓喜の涙を流すマヤも、眩い光に包まれて消え去った。
嵐のような強制リタイア劇。
ほんの数秒前まで賑やかだったリビングに、完全な静寂が降りてきた。
残されたのは、漆黒の鎧を纏ったアヴァロンと、純白のシスター服を着たティアの二人だけ。
「……行っちまったな。みんな」
アヴァロンが、ポツリと呟く。
「ええ……。とうとう、二人きりになっちゃったわね」
ティアは、窓の外で不気味にそびえ立つ魔王城を見つめた。
あの城の奥に、一億円の賞金と、このバカげたゲームのクリアが待っている。
「ビビってるか? ティア」
アヴァロンが、大きな手をティアに差し出した。
「誰にモノ言ってんのよ。……アンタこそ、私の足引っ張らないでよね」
ティアは、いつものように憎まれ口を叩きながら、その手を力強く握り返した。
打算も仮面もすべて捨て去った二人は、互いの手のひらの熱だけを信じて、最終決戦の地・魔王城へと歩みを進める。




