第16話 豪華BBQと、完璧なパラディンの『台本』
「アー、テステス! 波乱のビーチバレー対決(※諸事情によりノーコンテスト)を終えた皆様、お待ちかねのディナータイムです!」
すっかり日が沈み、満天の星空が広がるサバイバルビーチ。
波打ち際には魔法のランタンが幻想的な光を放ち、海風が心地よく吹き抜けている。砂浜の中央には、勝利チーム(という名目)に与えられた豪華なバーベキューセットと、異世界の高級食材が山のように積まれていた。
「さあ、今夜は特別に上質な『極上オークの霜降り肉』をご用意しました! 男性陣は、華麗な手捌きで女性陣のお腹と心を満たしてあげてくださいね♡」
神のアナウンスと共に、BBQパーティーがスタートした。
「さあ、ティア。君はそこに座って、星空でも眺めていてくれ。僕が君のためだけに、最高のディナーを用意しよう」
真っ白なエプロン(なぜか聖騎士の鎧の上から着ている)を身につけたレオンが、甘い微笑みと共にティアを特等席のチェアへとエスコートした。
(わぁ……エスコートが自然すぎる。しかもわざわざ私のためだけに焼いてくれるなんて、まさに王道の王子様キャラね)
純白のシスター服(水着から着替えた)に身を包んだティアは、「ありがとうございます、レオン様♡」と可憐に微笑んだ。
レオンは流れるような動作でトングを持ち、巨大な極上肉を鉄板の上に乗せた。
ジュワァァァァッ!という食欲をそそる音が響き、香ばしい匂いが広がる。
「君の瞳のように美しい焼き色だ。……さあ、切り分けるから少し待っていてね」
レオンは聖騎士の短剣(ミスリル製)を構え、鮮やかに肉を切り裂いていく。その横顔は自信に満ち溢れ、まるで絵画のように美しかった。
――しかし。
その光景を見つめるティアの目は、別の意味で『限界』を迎えていた。
(……ちょっと待って。なんでそこで肉の繊維に逆らわずに包丁を入れるの!? せっかくの霜降りの旨味が全部逃げてるじゃない!)
元・ブラック飲食店の厨房で死ぬほど扱き使われてきたマイの『プロの血』が、激しく警鐘を鳴らしていた。
(しかも鉄板の温度が低すぎる! 厚切り肉は最初に強火で表面をコーティングして肉汁を閉じ込めるのが基本でしょ!? あーっ、何度もひっくり返さないで! 旨味が落ちるゥゥゥ!!)
ティアの脳内で、鬼店長がメガホンを持って絶叫している。
「お待たせ、ティア。僕の愛情を込めた特製ステーキだ。あーん、してあげるよ」
レオンが、完璧な笑顔で(パサパサになった)肉片をフォークで差し出してきた。
「あ、ありがとうございます……あーん……」
ティアは引きつった笑顔で肉を口に運ぶ。
(……硬っ。ゴムじゃん。これ原価いくらだと思ってんの。素材への冒涜よ……)
ロマンチックな雰囲気など微塵もなく、ティアの心は完全に『ダメ出しモード』に支配されていた。
一方、そんな二人の様子を少し離れた場所から見ていたアヴァロンは、ギリッと奥歯を噛み締めていた。
「ねえねえ、アヴァロンさぁん♡ 次はマヤが焼いたお肉、食べて食べてーっ!」
「お、おう。サンキュー、マヤ……」
アヴァロンの腕には、相変わらず踊り子のマヤがピッタリと張り付いていた。豊満な胸が腕に当たるたび、アヴァロンは顔を真っ赤にしてフリーズしている。
彼はノリの良い陽キャ大学生を装っているが、実は女性免疫が皆無の非モテ男子である。「過剰なボディタッチをしてくる露出度の高い美女」という存在は、彼のキャパシティを完全に超えていた。
(やべぇ、どう接していいか全く分からねぇ……! 俺、こういうグイグイくるタイプ一番苦手なんだよな……)
冷や汗を流しながら、アヴァロンはチラリと視線を送る。
そこには、イケメン聖騎士に「あーん」をされて、頬を赤らめて(※実際は肉の硬さに怒りで顔が赤くなっているだけ)微笑むティアの姿があった。
(……なんだよ。昨日は俺に『あんたの作ったご飯褒めてやる』って言ってくれたくせに。やっぱり、あんな完璧なイケメンの方がいいのかよ……)
アヴァロンの胸の奥が、ズキッと痛む。マヤの魅惑的なボディタッチなど一切気にならないほど、彼の意識はティアのことで頭がいっぱいになっていた。
◆ ◆ ◆
その頃、完璧なエスコートを続けているはずのレオンもまた、内心で焦りを抱えていた。
(おかしい。なぜ彼女の『好感度ステータス(システム上のピンクのオーラ)』が全く上がらないんだ?)
レオンは、隠し持っていた『恋愛シミュレーション攻略マニュアル』を脳内で猛スピードでめくっていた。
(マニュアル第4章『食事デート』の項目によれば、イケメンによる手料理の提供と『あーん』のコンボは、清楚系ヒロインに対してクリティカルヒットになるはずだ! 僕の顔面偏差値なら、ここで一気にオトせる計算なのに……!)
レオンは、恋愛ゲームの知識だけで女性を攻略しようとする『理屈っぽい恋愛オタク』だった。自分の完璧な(はずの)台本通りにリアクションを返さないティアに対して、少しずつフラストレーションが溜まり始めていた。
「ねえティア、次は僕が海で獲ってきた新鮮なホタテを――あっ」
焦りから手元が狂ったのか。
レオンがトングで掴み損ねた巨大なホタテが、コロコロと転がり、砂浜の上に無情にも落下してしまった。
「あ……」
砂まみれになった高級食材。
その瞬間、レオンの顔から『爽やかな王子様』の仮面がスッと剥がれ落ちた。
「チッ……。出来損ないだ」
極めて冷たく、見下すような声。
彼は拾い上げることもせず、砂まみれのホタテを苛立たしげに足で蹴り退けた。
「え……?」
ティアは、思わず目を見開いた。
さっきまでの甘い態度はどこへやら、そこには「思い通りにいかない状況」に苛立ち、食材を平気で粗末にする傲慢な男の素顔があった。
(うわ……引くわー……)
ティアの中で、レオンという男の評価が『完璧な王子様』から『顔だけのモラハラ男』へと一瞬にして急降下した。一億円のための計算だとしても、飲食業経験者として、食材を粗末にする人間だけは絶対に許せなかった。
(やっぱり、あの中二病のバカ(アヴァロン)の方が、何百倍もマシね……。あいつなら、落としたホタテも『洗えば食えるぜ!』とか言って笑って食べそうだもの)
星空の下の豪華なBBQ。
完璧な台本を押し付けようとする騎士と、それにドン引きするシスター。そして、そんな二人を見て勝手に嫉妬を募らせる暗黒騎士。
それぞれのすれ違いと本音が交差する中、神が用意した『強制イベント』の時間が刻一刻と迫っていた。




