主人公に挑め
イグニスがレンヤの挑戦を受けた。
この召喚士育成の大陸最高峰であるアルマギアス学園で現在の最強はと問われれば多くの者はイグニス・ファルメイアだと答えることだろう。
その紅蓮のファルメイアに落ちこぼれのはみ出し者であった自分が挑むのだ。
胸を高揚させながら早足で寮に帰ったレンヤ。
そして自身の召神であるゼクロアに意気揚々と報告したのだが……。
「このバカ! スカポンタン!!!」
……ガン!!!!
「いッッッでぇ!!!!」
頭頂部に降ってきたゼクロアの拳に悲鳴を上げることになったレンヤ。
かなり痛い。涙目である。
制裁のパンチに込められたまあまあの力がゼクロアのそこそこな怒りを表している。
ちなみに服着れと言われたからか、帰ったら彼女はどこから調達したものかズボンスタイルのボーイッシュな服装をしていた。
「お前はそういう大事なことをどうしてあたしに黙って勝手に進めちゃうんだよ!!」
「えぇっ!? で、でもよ……ゼクさんがイグニスと戦おうって……」
拳骨食らった頭部を両手で押さえながら必死に弁明するレンヤである。
そんな彼に対して金色の召神はハーッと大きく嘆息するのであった。
「お前な……。それは長期的な目標の事だろ。機会と段階ってモンがあるんだよ物事には。いきなりあいつんトコ行ってどうすんだよ」
「な、なんだって!? そうだったのか……」
ガーン! と驚愕の表情で凍り付いてしまうレンヤ。
どうやら二人の間の報・連・相が足りていなかったせいで悲劇を生んでしまったようだ。
「俺はとんだ勘違いを……。じゃあちょっと行って謝って取り消してくるわ」
「だから待てって! 毎度毎度反射で動くんじゃないっつの!」
腰を浮かせたレンヤの腕をゼクロアが掴んでグイッと引き寄せた。
その力があまりにも強かったのでレンヤは戻るどころか部屋の奥へ吹っ飛んで机に頭から突っ込んだ。
「イテテテ……イグニスと戦る前からぶっ壊れそうだ」
よろめきながら立ち上がったレンヤは額から流血している。
「あっちはOKしちゃってるんだろ? 今更引っ込めるなんてみっともない真似ができるかバカ」
胡坐をかいた姿勢のまま空中に浮いているゼクロアが腕組みをしてレンヤを睨んでいる。
そして、その体勢のまま彼女はふと視線を宙に泳がせた。
(……まぁ、今なら今でもいいか。ここでイグニスと戦っておく意味はあるしな)
たんこぶを擦っているレンヤにチラリと視線を向けて何事かを考えている様子のゼクロアであった。
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決戦の刻はレンヤが思っていたよりもずっと早くに訪れた。
朝のHRで「顔が反社」と言われているパンチパーマのコワモテ担任教師に放課後残れと言い渡された彼。
最近あれこれあったし、お説教か? と身構えるレンヤであったがそうではなかった。
放課後になり、レンヤは担任教師に連れられて行く。
生徒指導室行きなのだと思っていたらそうではなく……。
担任は校舎から出てズンズン歩いて行ってしまう。
(……えぇ、ちょい待ってくれよ。一体どこへ連れてかれちまうってんだ俺ぁ)
とても広いグラウンドの、その片隅にある小さな施設。
皆存在は認識しているものの、それが何のためのもので何故そこにあるのかはわからない……そんな建物。担任教師はドアを開錠してその施設に入るようにレンヤを促した。
(ここって物置じゃなかったのか? まさかの恐怖の折檻部屋だったのか!!?)
内心引き気味に建物に入るレンヤ。
どうしよう。入ってみたら中にずらりと拷問器具が並んでいたりしたら……。
しかしその心配は杞憂であった。
内部はがらんとしていて金属製の棚が一つと簡素なデスクが置いてあるだけだ。
「そこで書類にサインしなさい」
「へ……?」
デスクの上には確かに一枚の書類が用意されている。
白い紙が……ペラッと一枚。
(なんか……ヤダなオイ。死刑執行同意書とかじゃねえだろうな)
レンヤは怪訝そうな表情でそれを手に取り内容に目を通す。
「ここを使う時は利用者は必ずソイツに署名する決まりなんだ。……まあ、よくあるアレだよ。この先どんな事があっても学園は責任取りませんからってやつだ」
「ぶッッッ!!!??」
お説教どころではない。
死刑執行同意書ではなかったが、そんなにかけ離れたものでもなかった!
そういえば、普段は荒っぽくガラも悪い中年男である担任も今は奇妙に静かというか、なんだか嫌な冷静さで自分に接しているような……?
「書いたらそこからは独りで行け。俺が同行するのはここまでって事になってるんでな」
何故こっちを酷くシリアスな……そして、そこはかとなく悲しげに見るのか。
まるで死地に赴く兵士を見送るような感じではないか。
「死ぬんじゃねえぞ。学生に死なれると……色々手続きが面倒だからよ」
「……………」
それ何かの冗談ですよね? と聞いてみたかったのだがレンヤが絶句している内に担任は出ていってしまう。
ただ、鈍いレンヤもこれでようやく自分の置かれた状況を理解し始めていた。
……イグニスだ。
昨日の今日で彼女はもう自分と戦うための「場」を用意してくれたらしい。
先に行けとはどういう事だと狭い室内を見回してみるとドアがあり、そこを開けばその先は階段であった。
この先で……彼女が待っているのか。
地下遺跡にでも通じているのかと思ったが、実際には階段もそれを下った先の廊下も非常に近代的な設備であった。ちゃんと照明が付いているので地下でも明るい。
磨き上げられたタイルの床の廊下を歩いていく。
静まり返っていて何だか現実感のない空間だ。
今この時にも地上では大勢の学生たちが賑やかに放課後の時を過ごしているというのに……。
ここにはその音も一切届いていない。
外界から隔絶されている。
廊下の先には両開きのドアがあり、レンヤはそれを開いてその先へと足を踏み入れた。
「……おっ」
思わず声が出ていた。
ドアの先はとんでもなく広い部屋だった。
ホールと言うべきだろうか……まさか学園地下にこんな空間があろうとは。
廊下同様に全てが薄水色の空間。
野球の試合が余裕でできそうなほどの広さがある。
「驚いた? レン。ここの存在を知らなかったでしょ」
そんなだだっ広い部屋の中央に彼女はいた。
赤い髪を優雅にかき上げたイグニス・ファルメイアが微笑でレンヤを出迎える。
気品があってそれでいて堂々とした立ち振る舞い。
彼女は自分が物語の主人公であるという事を知っている。
「イグニス……」
異様な喉の渇きを覚える。耳の奥がキーンと鳴っているように感じる。
それらは全て心境から来ているものだ。
……その感情の名は畏怖。
幼馴染を見て初めて感じるこの極大の威圧感。
目の前にいるのは自分の知らないイグニス・ファルメイア。
彼女は自分に対して完全な戦闘者として今この場にいるのだ。
これが、これから倒すべき相手に彼女が向けるオーラ。
敵として相対した彼女とは……このように見えるのか。感じられるのか。
「ここが舞台よ。あなたと私がこれからここで戦うの」
誰かを紹介するかのように彼女は手のひらを上にした右手を横へ伸ばす。
この空間は壁、床、天井の全てに最高クラスの強度の魔術的防護が施されている。
イグニスが本気を出せるのは学園内でもこのフロアのみなのだ。
「ゼクさん……!」
「おう」
虚空へ向けてレンヤが呼び掛けるとゼクロアは即座に姿を現した。
短距離であれば彼女は召喚主に居場所で転移してくる事が可能なのだ。
鎧をしっかり着込んだ狂える女神。
あの日、再会の日以来の完全武装のゼクロア。
彼女がもう鎧を着こんでいるのはこの事態を予測していたからか。
「……ふぅーん」
腕組みをしたまま宙に浮いているゼクロア。
彼女は周囲を見回してから感心したように鼻で息を吐く。
「なるほどな。大したもんだ」
「でしょう? ここでなら貴女も好きなだけ全力で暴れられるわよ」
どうやらゼクロアはこのフロアの守護の堅牢さをぱっと見ただけで読み取ったらしい。
そんな彼女を見ながらイグニスが口の端を微かに上げる。
挑発か……紅い髪の美少女の瞳は笑っていない。
「……それで? 『始め』の鐘は誰が鳴らす事になってるんだ?」
笑みには笑みで……肉食獣の笑みで応じるゼクロア。
金色の狂神は腕組みを解き、ゆっくりと胸の前に握り拳を持ち上げる。
その拳がオレンジ色の輝きを帯びた。
「そう慌てないの」
イグニスはフロアの入り口のドアに視線を移す。
「これだけの施設を学生だけで使わせてくれるはずはないでしょう」
彼女のその言葉を合図にしたかのようにドアが開いて灰色の軍服姿の男が入ってくる。
広い空間に響く不規則な足音。
入ってきた長身の男は左足を僅かに引き摺っていて杖を突いている。
彼はレンヤもよく知る人物であった。
(レイ先生……)
アルマギアスの教師の一人レイオニール・クリューガー。
白銀のストレートの長髪に怜悧な目元の整った顔立ちの細面の男。しかしその顔には左のこめかみのあたりから真下の顎のラインにかけて引き攣ったような無残な傷跡がある、
そしてその左腕は肘から先が鋼鉄製の義手であった。
優秀な帝国軍人であったが戦闘で左腕を失い、また左足に障害を負って前線を退き学園に教師として赴任してきた彼。
年齢は三十代の前半だがそれより上に見えるのは老けているというよりかは落ち着きと物静かさ故である。
「まったく……仕事を増やしてくれる」
低い声で無感情に告げるレイオニール。
「お手数をお掛けします、先生」
そんな彼に対して柔らかく微笑んだイグニス。
彼女の余所行きの……「優等生」の表情だ。
「お前が召神を出したいというのなら未届け人が出来る教師はごく少数だ。已むを得まい」
あくまでも淡々とそう言うとレイオニールはゆっくりと首を横に振った。
数百の精鋭召喚士が教師を務めるこの学園でイグニスの本気の戦闘に立ち合える者はごく少数だと彼は言う。
そこでまたレンヤの背筋を悪寒が走る。
そういえば……自分もイグニスの召神を見たことは一度もない。
彼女の事なら大体の事は知っているような気分でいたが……。
もしかしたら、それはとんでもない思い違いだったのではないか。
ここへきてレンヤはふとそんな気分になった。
「殺し合いをさせるわけにはいかん。勝負ありだと私が判断すれば即座に止める。従わなければ重大な校則違反だ。退学もあり得る。心しろ」
教師の注意にイグニスは余裕の様子で、レンヤは酷く緊張した様子で……それぞれが肯いた。
「……では、始めろ」
開戦の宣告。
無言のゼクロアが素早く動く。イグニスに襲い掛かるのではなく、レンヤを庇うかのように前に立つ。
そしてイグニスの体がフワッと宙に浮き上がった。
床から3mくらいの位置で彼女は静止して笑みを口元に残したままレンヤを見下ろす。
「レン……今日はしっかり目と記憶に焼き付けて帰りなさい。私の紅い翼をね」
斜め上のイグニス。
その瞳がキラリと輝きを放ち、彼女は頭上に高く人差し指を立てた右手を持ち上げる。
来る……!!
イグニスの召神が……!!!
「飛翔せよ!! エクセリシオール!!!」
浮遊する真紅の髪の少女の背後に何重もの巨大で複雑な紋様の魔法陣が浮かび上がる。
噛み締めたレンヤの奥歯が鳴った。
紅が……顕現する。
彼女の背後で翼を広げる。
不死鳥……紅蓮の炎に包まれた鳳。
細い首をもたげてイグニスの召神エクセリシオールが甲高い声で鳴いた。
「……ッッ!!!」
その瞬間、レンヤの視界は炎で覆われ全ては赤く塗り潰されたのだった。




