青春はすれ違い
朝の一件からレンヤはずっと考え込んでいる。悩んでいる。
青春時代の若者によくある悩み……将来に関する事だ。
……現在は授業中である。レンヤはすでに遅刻で怒られているというのに上の空。
(考えてみれば、俺はもう目立たんようにコソコソ学園生活を送らなくてもよくなったんだよな)
いまだにそこがあまり実感できていないレンヤ。
気を抜けば……というか普通は気を付けていればになるのだろうが、身体が勝手に慣れている隠密行動を開始してしまうのである。
これまでのレンヤは自分が異端の特別扱いという自覚があったので後ろ暗さからひっそりと生きてきた。
大勢いる場所は避ける。音は立てない。移動は素早く! 隅っこを!!
皆さんの注意を引かないように……なるべく視界に入らないように!!
……いや、流石にそこまで卑屈ではなかったか。
それでも、ずっとこの学園に自分の居場所が無いように感じていたことは事実だ。
(もう休み時間のたびに寝たふりする必要もない……食堂で必死に隅っこの席が空いてないか探す必要もないんだよな……)
これまでのどう表現しようが明るいとは程遠い学園生活を思い返し思わず視界が滲むレンヤ。
突然涙して手の甲で乱暴に涙を拭っている彼を隣の席の同級生が薄気味悪そうに見ていた。
「だが今の俺は違う!!!」
「うるせえな!! 何だ急に!!!? イカれてやがんのかッッ!!!!」
前触れなく立ち上がって叫んだレンヤに板書していた教師が振り返ってキレた。
怒鳴られたレンヤが照れ笑いをしつつ再び席に着く。
周囲の同級生たちの奇異な視線も今は気にならない。
不敵にニヤついているレンヤ。
今の自分はもう契約した召神もいる正式な召喚士。
誰に引け目を感じる必要もない……はずだ。
引け目どころか……。
(俺も……俺でも召喚士として「上」を目指したっていいんだ)
そのことを考えればレンヤの鼓動は自然と早くなる。
耳の奥にずっと残っているのは朝のゼクロアの一言だ。
『お前は何になりたいんだ?』という。
憧れはあった。でもずっと考えないようにしてきた。
召喚士として好成績を出してほかの生徒たちの喝采や賞賛を浴びる同級生や先輩たち。
いつも彼らを眩しい思いで眺めてきた。
あまりにも遠く縁のない世界だと自分に言い聞かせて。
しかし、そんな憧憬の対象の一人だったベルトリュートの召神アシュロッドを自分はゼクロアと力を合わせて倒している。
もう彼らは自分にとって手の届かない存在ではない。
召喚士と召神の関係は「掛け算」だと言われている。
元々の召神の性能……強さを倍加させて強化するのが契約者である召喚主。
「×2」の召喚士もいれば「×50」の召喚士もいるだろう。
自分は……どうなのだろうか?
それを知りたい。
自分は強くなりたい。
「………………」
浮かれつつも熱い気持ちで決意するレンヤ。
そんな彼は自分に注がれているベルトリュートの冷たく暗い視線には気が付いていないのであった。
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そして放課後になった。
結局ずっと浮かれつつ上の空で過ごしてしまった今日の授業。
休み時間の度に馴れ馴れしくニックが話し掛けてきていたがその内容もよく覚えていない。
あまり大した話はしていなかったと言われればそれはそう。
レンヤは三年生の校舎へと移動する。
巨大学園であるアルマギアスでは学年ごとに校舎が別なのだ。
目的は……勿論、彼女に会うこと。
イグニス・ファルメイア。
レンヤにとっては年上の頼りになるちょっと態度はツンツンしているものの優しい幼馴染である。
だが彼以外の者たちから見たイグニスの姿はというと……。
孤高の天才。絶対者『紅蓮のファルメイア』
気さくで人当たりは良いが特定の誰かと深く関わろうとはしない美少女。
彼女はコミュニティに属さない。
学園の生徒会に当たる組織にも一年生の時から何度も推薦を受けながらも加わろうとはしなかった。
入学時に既に学園最強と言われていて半年前の天覧試合の一件からその事に異論を挟むものは誰もいない。
教師でももう彼女に意見できる者は誰もいないという噂だ。
もっとも教師に意見されるような言動をするイグニスではないのだが。
逸る気持ちを抑えつつそれでも自然と早足になるレンヤ。
三年生の校舎に入ってすぐに彼は足を止めた。
探し人が目の前にいる。
いや……それとも彼女が自分を見つけたのだろうか。
廊下に仁王立ちしてレンヤに涼やかな笑みを向けている鮮やかな赤い髪の美少女。
「私に何の用なの? 思えば学園であなたが私に会いに来るのは初めてね」
何をしに来たかなどとイグニスはレンヤに問うことはしない。
自分に会いに来たのだとはなっから決めつけている。そして実際にそれはその通りだったりした。
「イグニス、話があるんだ」
真剣な瞳でイグニスを見る。
何しろ本気の勝負を申し込みに来たのだ。
へらへらと笑ってなどいられない。
そのレンヤの「本気度」は、やはり語らずとも彼女に伝わった。
「そう。ここで聞くような話じゃなさそうね」
振り返って背中を見せると彼女は颯爽と歩いて行ってしまう。
それに黙って追従するレンヤ。
彼女が歩いていってしまう事も自分がその後を付いていく事も……まるでそうする事が自然であるかのようだ。
幼少期からの二人の定位置。
だけどそれは、もうすぐに変わる。
(俺はイグニスに並んで……そして……)
先んじる。
彼女の……前に出るのだ。
内心でメラメラと決意の炎を燃やしているレンヤ。
彼女がとんでもなく強い事は当然よく知っているが、自分はあの……第二学年最強とされるベルトリュートの白銀の騎士を『同調』で破っているのだ。
それも、拳一発で!
今なら決して……彼女も手の届かない存在ではないはず……!!
レンヤを引き連れ、悠然と階段を上っていくイグニス。
最上階になってもまだ上へ……。
そうして彼女は屋上への鉄扉の前に立ち、ポケットから鍵を取り出した。
「たまに独りになりたい時に来るのよ。だから特別に許可をもらって合鍵を持っているの」
イグニスは何でもないことのように言って屋上のドアを開ける。
勿論通常は生徒に許される権限ではない。
彼女がイグニス・ファルメイアであるからこその特別扱い。
イグニスもまたレンヤとは違った意味での学園の異端者であった。
二人が屋上へ出ると、ちょうどふわっと柔らかい風が吹いてくる。
太陽は傾きかけて、空は徐々に茜色に染まりつつあった。
屋上の真ん中近くまで歩いてイグニスが振り返る。
舞台役者のように堂々として優雅な仕草であった。
「見て、綺麗な空。まさに打ってつけの状況だと思わない?」
両手を軽く広げて微笑んだイグニス。
どうやら彼女は上機嫌なようだ。
気のせいか……自分を見るイグニスの瞳が心なしか潤んでいるように見えるレンヤである。
「さあ、あなたの話を聞くわ、レン。しっかり決めなさいよね。私だってずっとこの時を待っていたのだから」
僅かに弾んだ声で言うイグニスだが、それを聞いたレンヤは内心で怪訝な表情になっていた。
……待っていた? 彼女が?
自分からの挑戦を……?
度を越えて強いのは知っていたが精神性までそこまで修羅みたいなお嬢さんだったかな、と。
「ああ、大事な……話があって」
「ええ」
一度俯き加減になってから意を決したレンヤが顔を上げた。
「勝負してくれ! 俺と! 召喚士として……本気の勝負だッッ!!」
「ヴぇ」
……幼馴染の口から今まで一度も聞いたことがないようなヘンな声が出た。
見れば、イグニスはやはりこれまで一度も見たことがないような顔をしている。
笑顔になりたかったけど失敗しましたみたいな……。笑っているところにビンタ食らった瞬間みたいな。
そして、そのまま停止してしまっている。
「い、イグニス……?」
不安になって思わず声をかけるとようやく彼女は再起動した。
しかしその挙動はさび付いたカラクリ人形のようにぎこちない。
「ふ、ふふ、ふ……そ、そう。そういうお話ね……。やるじゃない。レンのクセに……私の裏をかくなんてね……」
震え声で絞り出すように言うイグニス。
レンヤとしてはまったくそういうつもりはなかったのだが、一体どの辺が裏側だったのだろうか。
「ふ~~~~~~~」
イグニスが……溜息だろうか。
気持ちを落ち着けるかのように長く重たい息を吐いた。
「~~~~~~~~~~~~~~~~~」
(なっが……)
まだ続いている。流石は紅蓮のファルメイア……肺活量も超ド級なのか。
「……わかったわ。戦ってあげるわよ。感謝しなさいよね。私くらいになると挑戦を受けてあげるだけでもそうそうある事じゃないんだから」
やれやれ、と言った様子でイグニスが勝負を了承する。
「本当に? やったぜ……!」
まずは勝負を受けてもらっただけでもガッツポーズのレンヤである。
彼女にしてみれば立場は先日ベルトリュートに絡まれた時の自分のようなもので、そんなものに付き合う道理はまったくないし、こっちは「知らんわアホ」とか言われてもまったく文句も言えない立場だ。
「考えてみればあなたもちゃんとした召喚士になったんだものね。このあたりで一度私の凄さを直に味わっておくのもいいでしょう」
自分を納得させるかのように渋々そう言うイグニスである。
待っていたという割には勝負を楽しみにしている様子はまったくない。
「た・だ・し」
そこで彼女がスッと目を細める。
周囲の気温が一気に下がった気がしてレンヤは思わず背筋を震わせた。
「勿論手加減はしてあげるつもりだけど、今の私はあんまり機嫌が良くないからね。ちょっとくらいの入院は覚悟しておきなさいよ……!!」
最後にフン! と一度乱暴に鼻を鳴らしてからズンズンと大股でイグニスは行ってしまう。
あんな歩き方をする彼女も見たことはない。
今日は自分の知らなかった幼馴染の一面を滅多やたらと発見する日のようだ。
「それにしても……」
さっきまでは上機嫌に見えたのだが正しく急転直下。
去り際の彼女には眼光だけで人が殺せそうだと思ってしまうほどの異様な迫力があった。
(怖かった……)
何とかそこは口には出さないように耐える。
言葉にしてしまったら心が折れてしまいそうだ。
これから自分は彼女と……あのイグニス・ファルメイアと戦うのだというのに。




