挑戦者は次々と
一体どういう身体能力をしているのか……。
レンヤを肩に抱えたままニコラスは校舎外まで駆け出るとそのまま敷地内を疾走する。
いくら身体能力に優れたエリートとはいえ度を越しているだろ、とそう思ったレンヤだが……。
(……こいつ、『同調』を使ってる!!)
そこで気が付いた彼の体を覆った淡い輝き。
昨日の自分と一緒だ。ニコラスは今、自分の召神と同化してその力の一部を借り受けている。
それならこの人間離れした運動能力も納得できるというものだ。
……と、それはそれとして。
(拉致られとるわーッ!! 俺ぇ!! 今まで一回も授業サボった事なんてなかったのにィィィ!!!)
騒ぎ立てたくはないのであくまでも声は出さず、ただ表情だけでレンヤは悲壮な雄叫びを上げる。
これまで召神がいなかったレンヤはせめてそれ以外の部分では他の学園生徒のレベルに食らいついていこうと必死にやってきた。
運動や戦闘訓練での成績は常に平均以上。座学は学年上位三割以内を常にキープしている。
これはエリートばかりが集められているこのアルマギアス学園でのその成績は大陸有数の優等生と言って差し支えない。
が……本日その経歴に見事にサボタージュというキズが付いてしまった。
「どこ連れてく気だよッッ!!! ニコラスッッッ!!!!」
「俺の事はニックでいいぜブラザー!!! とりあえずは学園を出ちまわねーとなぁッ!! 敷地ん中じゃどこで何しようが教官たちにすぐバレちまう!!」
担がれながら問うレンヤに学園の敷地外まで逃げるつもりだと返事をするニコラスである。
レンヤの顔色は益々悪くなる一方だ。
単なるサボりに加えて無許可の外出の罪状が加わろうとしている。
……というか、敷地外に出て教師にバレたくないような事をする気なのかこの男は。
加わる罪状が無許可外出だけに留まる気配がない。
そうして……。
人を一人抱えたまま軽く跳躍して学園の敷地を取り囲む高い塀を乗り越えたニコラスは帝都市街へと繰り出したのだった。
「買い出し以外で外出るの初めてだ……」
街並みを眺めながら呟くようにレンヤが言う。
これまで彼が敷地の外に出るのは休日に許可を得て生活雑貨の買い出しに行く時くらいであった。
レンヤは一応は帝都の出身ではあるが、ここからは相当に離れた郊外の出であり中枢部であるこの付近の事は行きつけの商店街周辺しか知らない。
「オイオイオーイ、悲しいこと言ってんじゃねーぜブラザー。一度っきりの学生生活がそんなカンジってのはどーなんよ? 青春ってな冒険だろ?」
応えるニコラスはいかにも無断外出には慣れているといった風である。
つくづくチャラい二枚目だ。
その自由さにはレンヤも多少の憧れを抱かないでもないが……。
だがニコラスの自由さは確かな実力に裏打ちされてのものである。
(やっぱ俺はもうちょい波風立てないで学園生活送りたいや……)
いるだけで悪目立ちしてしまっていた自分としてはしみじみとそう思う。
……………。
レンヤがようやく乗り心地最悪のゴツい肩の上から地上へと帰還したのは市街のあるエリア……工場の立ち並ぶ区域のある空き地であった。
「さァて……ここなら邪魔は入らねえ」
ニコラスが右手の掌をレンヤに向けてかざす。
そこにはタトゥーのような幾つかの不揃いな模様が組み合わさっている紋様があった。
紋様は横顔を向いた獣のように見える。
『召喚紋』……それは召喚士である証である魔力によって浮かび上がった紋様だ。
召喚士であれば必ず身体のどこかにこの召喚紋がある。
ちなみにレンヤの召喚紋は右肩の後ろだ。
「改めて紹介するぜ!! 俺の飛び切り頼りになる相棒をなぁッッ!!!」
ニコラスの叫びと共に彼から分離する輝き。
それはレンヤの前に立ちはだかるかのように集まって人型となる。
「……!!」
思わず全身を強張らせるレンヤ。
はっきりと実体化する前からもうかなりのプレッシャーを感じる。
大型の肉食獣を前にしたような冷たく張り詰めた圧迫感。
「ガハハハッッ!! やはり外の空気は美味いわい!!」
姿を現して豪快に空を向いて笑っているのは背の高く筋肉質なニコラスよりも更に長身で全身を分厚い筋肉で覆った大男であった。
人間ではない。見た感じは若い……二十代半ばくらい。
人と同じ顔付きだが耳が大きく、その耳の縁は白い毛に覆われている。
バンダナのような柄物の布を額に巻いてオレンジ色の髪は空に向かって逆立っていた。
目付きが鋭く野生的。口元には尖った犬歯が光る。
全身はオレンジ色に黒い縞模様のある短い獣毛に覆われており大きな手の太い指先には鋭い爪を生やしている。虎の柄だ。
装束は赤色を基調とした東洋風の軽装で武術家といった格好だ。
「……小僧、お前は少しはワシを楽しませてくれるんだろうな?」
挑みかかるように攻撃的な笑みを向けてくる虎の男。
ニコラスの相方であるこの召神の事は授業で何度かレンヤも目にしたことがある。
名前はハザン。
獣神型召神である。
召神でもアシュロッドのような英霊型召神と、このハザンのような獣神型召神の二種が特に数が多いとされている。
そもそもの個体数の多さとその二種がより戦闘向きな召神である事がその理由だ。
多くの召喚士たちは召神を戦力として欲して契約する。その為、戦闘に向いていて実力もある英霊型や獣神型は好まれやすい。
「なんで俺とお前が勝負しなきゃいけねえんだよ!!」
「んな深刻に考えるなって。軽い手合わせだよ。昨日ボンボンともやったんだろ?」
顔を顰めて拒否反応を示すレンヤであるがニコラスは動じる風もなくニヤニヤと笑っている。
笑っているが……眼の光は真剣だ。
「ヤローのアシュロッドはな……俺も狙ってたんだよ」
「…………」
「……つっても、別にそれでお前に文句があるってんじゃないぜ。予約の札を貼っといたワケでもないしな」
学園生同士が本気で召神同士を戦わせようとしてもその機会は非常に限られている。
一番確実なのは学年末に行われる年度最強を決めるトーナメント戦だ。
しかし、学年末を迎える前に白銀の騎士は敗れ去った。
一人の劣等生の呼び出した召神によって……。
「今はお前の方に興味がある。なんせ俺はどこまでも上を目指してみたくて召喚士になった男だからな。……お前は違うのか? レンヤ」
「!!」
どくん、と心臓が一度大きく鳴った。
ニコラスの言葉は確かにレンヤの心の深い部分に突き刺さったのだ。
何故、召喚士になるのか、なったのか。
そうだ、自分も……。
ゼクロアと一緒に、高みを目指してみたいと思っていたはずだ。
「わかった」
肯くレンヤ。彼の表情にはもう戸惑いも怯えもない。
「それでいい。……呼びな、お前のご自慢の『カノジョ』をな!」
召喚主と召神は精神的に繋がっている。
離れていてもある程度の意思の疎通ができる。
(来てくれ!! ゼクさん……!!!)
脳内で強く呼び掛けるレンヤ。
返事はなかったが彼にはゼクロアが確かに自分の呼集に反応したことがわかった。
……………。
そして、程なくして金色の狂える女神が降臨する。
狂神ゼクロア……レンヤの召神。
数多の大きな跳ねを生じた豊かな金色の髪を風に靡かせてやってきた彼女。
「何だ? 随分とおかしな場所に呼び出すんだな」
飛翔してやってきた彼女をその場にいる一堂が見上げて……。
「ぶおッッッ!!!!??」
ニコラスの眼球が飛び出さんばかりに見開かれた。
同じくらいレンヤも驚いている。
何しろゼクロアは朝の格好のまま……裸身に男物のシャツを一枚羽織っただけの姿でその場に現れたからだ。
「……お、おまッ!! それ!!! お前それ!!!! エロか!!?? エロなのかッッ!!!??」
突然叫びながらニコラスがその場に両手と両膝を突いて四つん這いになった。
項垂れてただ地面を見て……まるで犬のように。
「クソっ!! ダメだ、動けねえ!!! まさかこんな手で……こんな手で来るとはッ!!!」
何故だか四つん這いの体勢から動けなくなってしまったらしいニコラス。
「……おおい、何なんだよコイツは。レンヤ……?」
怪訝そうな顔だがシリアスな表情のレンヤは返答ができない。
男としてニコラスの気持ちは痛いほどよくわかるし、その状況を説明もできないのであった。
「俺はッ……俺はもうダメだ!! ハザン、後を頼む……!!!」
ニコラスが這いつくばったままで必死に自分の召神に呼び掛ける。
その彼の召神はといえば……。
「うおおおおッッッ!!! 鎮まれぃぃ!!! 鎮まれワシの野生よッッッ!!!!」
虎の男もやはり同様に四つん這いになりそのまま動けなくなっていたのだった。
「アイテテテ……!!! 痛い!! 身体の一部が異様に突っ張りすぎて痛すぎでゴワス!!!」
「ワシの猛りが……猛りが!! 天を突き抜けてしまいそうじゃああああッッッ!!!」
……四つん這い主従が何だかひたすらに喚き散らしている。
そんな彼らを見下ろすレンヤの目は灰色。
ある天気のいい昼下がりの出来事であった。
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時間は過ぎてお空はすっかり茜色。
どこかでカラスが鳴いている。
「……フッ、負けたぜブラザー。まだまだ俺も鍛え方が足りなかったな」
妙にサッパリした表情で言うニコラス。
彼は今、レンヤと連れ立って互いの召神を連れて学園へ戻る途中である。
「ガハハハ!! ワシにもあんな弱点があったとはな!!! この歳になってもまだまだ学ぶことはあるもんじゃあ!!!」
天を見上げて哄笑している虎の男。
どうでもいいが何もできずに一方的に負けを認めた割には態度がデカい。
……ちなみに二人とも未だにレンヤの傍らにフワフワと浮いているゼクロアの方は見れずにいる。
「何だったんだよ、もう」
そして呼び出されてきたものの結局は野郎二人の奇行を見せられただけになってしまったゼクロアさんはちょっと不機嫌なのであった。
………………。
学園の敷地の内外を隔てる高い石の壁までやってきたレンヤたち。
「コッソリ戻ろうぜ。まあ見張ってるヤツなんかいやしねえが」
一行を振り返ってウィンクするニコラス。
そして彼らは召神の力を借りて高い塀を乗り越えたのだが……。
「ようやく戻ったか。この不良学生どもがッ」
待ち受けていたのは巨体と吐き捨てるかのような低い声。
ニコラスとハザンとで、今日は立て続けに二人の巨漢と遭遇してきたレンヤであったが本日三人目はその二者をも凌ぐさらなる巨体の持ち主であった。
(げええええッッッ!!!??? ゴリセンッッッ!!!!)
その男を目の当たりにし、ニコラスが思い切り顔を引き攣らせた。
2mを優に超える背丈に全身を覆った分厚い筋肉。
頭はスキンヘッドであり、眉毛まで剃っていて盛り上がった目の上の肉が作り出した影の中から鋭い眼光が発せられて校則違反者たちを射抜いている。
彼は学園教師ゴルドー。元はゴル先が彼のあだ名であったが、いつしかゴリラも交じってゴリ先に変わっていった。
威圧感というものを体現したかのような男である。
ゴルドーは教師陣の中でも特に厳しい男として知られており、時として行き過ぎた指導が問題視される事もある。とはいえ学生たちも十二分な戦闘力を持つこの学園では彼のような抑止力も必要なのであった。
ギロリと黄色く光る細い目をレンヤに向けるゴルドー。
威圧感に思わずレンヤはウッと首を窄めるのだった。
(なんつー眼光だ。ビームでも撃てそう……)
「キサマがレンヤ・クサナギか。念願の召神を手に入れてハメを外してみたか?」
「いや待ってくれセンセーよ。レンヤは俺が無理やり連れ出したんだ」
間に入るニコラスだが、ゴルドーはそんな彼に視線を移してフンと冷たく鼻を鳴らす。
「幼児でもあるまいし、そんな事で罪が軽くなるはずがないだろうが……愚か者どもが!!」
クワッと両眼を見開いたゴルドー。その彼のスキンヘッドの頭頂部に召喚紋が浮かび上がる。
ゴルドーの耳にも昨日のベルトリュートとレンヤの起こしたトラブルの話は入ってきている。
あのアシュロッドを倒した召神を所持しているとなれば教師陣としても要注意生徒の筆頭格だ。
早いうちに叩き、規範意識というものを叩き込まなければ。
生徒指導の達人の目が猛禽類のように輝きを放つ。
彼は使命感に燃えていた。
「ヒヨッコめ!! 俺が本当の召神の扱い方というものを教えてやるわッッ!!!」
怒号と共に現れた無数の灰色の巨岩。
それらは重力などないかのように浮遊して組み合わさり歪な人型になる。
しばしば制裁の為に呼び出されるこの巨岩兵は学園教師たちの召神の中でも特に畏怖を持って知られていた。
「……邪魔くさい」
鬱陶しそうにそう言い放ってゼクロアが巨岩兵を殴り飛ばした。
それほど力を入れたようにも見えない無造作な一撃だった。
轟音が響き渡り、無数の破片となった巨岩兵が吹き飛びながら周囲に散らばる。
「キャアアアア!!!?? マルガリータ!!!?? アタシのマルガリータがぁぁッッッ!!!??」
何故か内股になって女言葉になった挙句に悲鳴を上げながら散らばった自分の召神に駆け寄るゴルドー。
その様子を呆然と見ているレンヤとニコラス。
「……姐さん、これからワシの事は舎弟と思ってくだせえ。何でもやりますぜ」
そしてゼクロアに向かって深々と頭を下げるハザン。
……キャラの割には処世術というものを心得ているトラの男であった。




