オトモダチ……できますか?
大陸中から優秀な召喚士候補生たちが集められた巨大学園アルマギアス。
早朝、その会議室に大勢の教師たちが集まっている。
いずれも学園内では地位の高い上位の教師たち。
灰色の軍服姿の彼らの表情は一様に厳しく、場の空気は張り詰めている。
「……わからなかった、で済まされることか?」
一人の教師が重々しく口を開く。
髪を短く刈り上げた頬に刀傷のある大柄で筋肉質の男だ。
「勿論その可能性は考慮され調査は行われておる。しかし、実際に見つけられなかったのだ……どうしようもあるまい」
灰色の豊かな口髭の初老の男性教師が答える。
臨時召集された教師陣の今の議題はレンヤと彼の召神に付いてである。
学園での入学時の調査でも彼は「召神無し」という結果が出ていたのだ。
結果としてその調査結果は誤りだったという事になる。
彼の中には契約済みの召神がいたのだから。
「調べたのに何も出てこなかったのは、余程『深く』にいたという事か」
「休眠状態だったらしい。そのせいで反応が薄かったのやも」
他の教師たちも言葉を交し合っている。
一応レンヤがこの件を隠していたことに付いては契約によるものという事で納得はされている。
……それはそれとして「振り回しやがってムカつくなあの生徒」と思っている教師も少なからず存在しているのであった。
「……まあ、この程度の事は想定の範囲内であろうよ」
「まったくだ。何しろ彼はあの御方の紹介だ」
あの御方……その言葉が一人の口から出た途端に広い会議室の室温が下がったような気分になる。
全員がピリッと緊張し、背筋を正す。
あの御方とは学園の卒業生の一人であり、現在の「帝国最強」の七人の将軍「七響天」の一人。
わずかな沈黙の時間の後で一人の教師がボヤくように口を開いた。
「在学中からムチャクチャなヤツだったけど、卒業してからもしょっちゅう顔出してトラブル起こすんだよなぁ……」
「恩師をアゴで使うし……。あれで地位が行くトコまで行っちゃってるからタチ悪ぃわぁ」
はぁ~あ、とバカでかいため息が唱和する会議室であった。
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同時刻、学生寮。
レンヤ・クサナギは上機嫌に鼻歌交じりで制服に着替えている。
表情も異様に明るい。浮かれているのは丸わかりだ。
「……なんだよ朝っぱらからえらいテンション高いじゃないか」
二段ベッドの上段からヒョイと顔を覗かせるゼクロア。
空いているベッドの上の段で彼女は昨夜眠ったのであった。
「ああ、おはようゼクさ……」
と、レンヤがそっちを見上げて……。
「ホわッッッ!!!??」
妙な声を張り上げて慌てて視線を逸らす。
一瞬彼の視界に入ったのは艶かしい裸身である。
「はッ、ハダカぁぁッッ!!??」
「そりゃそーだろ。あたしは鎧しか持ってねえんだからよ。鎧で寝ろってのか、お前は」
呆れ顔でそう言ってから大口を開けてゼクロアが欠伸をしている。
そういわれて見ればあまり広いとも言えない室内に彼女の鎧が雑に散乱している。
とりあえずレンヤは慌ててシャツを渡してゼクロアが無造作にそれを着込む。
……上だけだ。流石に男物のパンツを渡してこれ履いてくれと言うのはどうなのかとレンヤは悩んで結論を出せなかったのだ。
結果として彼女は男物のシャツ一枚のみを身に付けた状態となり先ほどよりもむしろ見た目のインモラルさは増してしまった気がする。
「ゼクさん、俺これから登校なんだけど……」
「ああ、わかってるよ。あたしは留守番してる。目覚めたばっかで身体も本調子じゃないしな」
学園内では教師の許可が無ければ召神を実体化させてはいけないのだ。
一時的に異界に戻しておくか、或いは霊体になって召喚主と一体化しておくか、後は寮の自室なり他の生徒の目には触れないように留守番か……そのどれかだ。
ゼクロアは異界に戻しておけないタイプの召神なので一体化か、そうでなければ留守番が選択肢となる。
ゼクロアは長い間眠っていたとはいえ、レンヤを通してある程度の外界の情報を得ていた。
その辺りの学園の事情を把握してくれているのはレンヤとしては説明の手間が省けてありがたい。
「食事とか平気?」
「空腹感はまだないな。お前が戻ってくる前に耐えられなくなる事もないだろ」
自分の腹をポンと叩いて言うゼクロア。
レンヤが勉強した範囲では人型の召神は実体化している時は人と同じように食事をする者が大半であるとの事だった。彼女も例外ではなさそうだ。
ともあれ、行ってきますの挨拶をしてカバンを手にレンヤは寮を出る。
周囲には同じように登校する学生たち。
「……………」
勝手にニヤけていきそうになる表情を意識して引き締める。
何しろ今日は自分にとっては特別な意味がある日。
長らく半分部外者のような立場で過ごしてきたレンヤが初めて正式な召喚士として登校する日だ。
(……長かったぜ。なるべく目立たないように、皆さんのお邪魔にならないように過ごしてきた悲しく虚しい日々とももうオサラバだ! これからは俺も胸を張って堂々と学園生徒だって言える!!!)
さっきまでニヤけそうになっていたというのに今度はこれまでの日々を思い返して必死に涙を堪えている。
朝っぱらから情緒不安定過ぎである。
(いやぁ、どうしよっかな!! もし急に俺がさ!! 実は召神いたってわかってさ!!)
ポワンポワンとレンヤの頭の中に妄想が広がっていく。
何故かクラスで人気者になっている自分。周囲には沢山のクラスメイトが集って、皆が皆自分を讃える言葉を口にしているのだ。
「いやぁ……実はさ、大切な約束があってさ。皆にも話せなかったんだよね……」
歩きながら何やらキメ顔になってブツブツと呟いているレンヤ。
そんな彼を見て周囲を行く他の学生たちが薄気味悪そうに眉を顰めていた。
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そうして、学園での一日が始まったものの……。
「………………」
レンヤの周囲は……あまり変化がないのであった。
休み時間になったが相変わらず彼は独りであり、寄ってくるクラスメイトはいない。
自分に召神がいた、という話はまだ皆には伝わっていないのか? と始めはそう思ったレンヤであったがそんな事はなかった。
(はは……そりゃ、いきなり皆に受け入れられるわけないか……)
内心で渇いた笑いを浮かべているレンヤ。
何ならクラスメイトたちは「いたなら何で隠してやがったんだ? コイツ」みたいに思っているかもしれない。
結局、落ちこぼれのはみ出し者から得体の知れないはみ出し者に周囲の認識が変わっただけで、扱いは前のままなのか……。
「……なんかさ、隠してた召神を急に出してベルト君をブン殴ったらしいぜ」
ひそひそと囁く声がこちらの耳にまで届いてレンヤはげんなりしてしまう。
何だかヘンな噂話が広まっている!!!
ベルト君とは当然ベルトリュートの事だ。
彼は今日欠席していた。レンヤが記憶している限り彼の席が空席になっているのを見たのは初めての事だ。
彼の召神アシュロッドには結構酷い傷を負わせたはずであるが、本体であるベルトリュートは身体的には無傷のはずだが……。
このタイミングで彼が休んでしまっているので何だか無責任な悪い噂話は妙なリアリティを持ってクラス内に伝播してしまっていた。
(チクショウそうじゃねえんだよ!! 絡んできたのはあっちだっつの!! それに本体は殴ってねえ!! 召神は殴ったけど!! 俺に殴られたから今日休んでるみたいな空気にするんじゃねえよぉぉぉぉ!!!)
必死に頭の中で弁明するレンヤであったが、現実の彼は白目を剥いて口を半開きにして小刻みに揺れているだけだ。
その猟奇な有様が益々周囲を慄かせている。
現実に弁明したい所なのだが、今の自分がそれを語ってどれだけ信じてもらえるか。
大体がベルトリュートはクラスどころか学年のカーストの最上位である。
どちらの味方をするのかとクラスメイト達に聞いて回ったら……。
もしかしたら彼を本格的に敵に回した時点で召神の存在云々は関係なく自分は孤立する運命だったのでは? と絶望的な気分になってくるレンヤだ。
「よおッす」
急に肩にポンと手を置かれて思わずビクンと大きく痙攣してしまったレンヤ。
恐る恐る見上げるとそこには褐色の肌に銀色の髪のスタイルのいいニヤけた感じの男が立っていた。長身で筋肉質な二枚目だ。
「ニコラス……」
クラスメイトの一人だ。レンヤも彼の顔と名は当然知っている。
ニコラス・J・マクドゥーガル。
明るくてノリがいい、所謂「陽キャ」の見本みたいな男で前からちょこちょこレンヤにも声を掛けてくる稀有な……というよりか唯一のクラスメイトであった。
最も以前はレンヤの方でそんな彼を避けていたのだが。
何と言うか独特の自由人気質の男子生徒というか。校則であれ何であれ縛られる事を嫌う。
制服を着崩して襟を大きく開けて鍛えた大胸筋を晒していたり、禁止されているアクセサリを身に着けている事があったりと細かい校則違反の常習犯でよく教師にそれで説教を食らっている。
……しかし懲りない。
「聞いたぜぇ? ブラザー。何でもド派手なデビューを飾ったらしいじゃねえか。あのボンボンにヒト泡吹かせてよォ」
キラリと白い歯を光らせて太陽のように輝く笑みを浮かべて話しかけてくるニコラス。
あのベルトリュートの事をボンボン呼ばわりできるのは学年でもこの男くらいかもしれない。
このニコラスも召喚士としては学年屈指の実力者なのだ。
細かい校則違反でも教師にそこまで激しく詰められないのはその実力もあってこそ。
徹底した実力主義である帝国。その教育機関であるアルマギアス学園でも強者にはある程度の自由が許される。あくまでもある程度ではあるが。
「ズリーじゃねぇかよ~。アイツは俺もその内ブッちめたろうって狙ってたのによォ。先ィ越されちまったなぁ」
ニコラスはレンヤに向かって大げさに肩を竦めて嘆いてみせる。
「……い、いやぁ、その、アハハハ……」
なんと返答してよいものか思いつかずに愛想笑いをするしかないレンヤだ。
そんな彼の反応を見てふと笑みをけしたニコラスが目を細めた。
「否定はしねえんだな。ま、どうせコナかけてきたのはあっちだろうがよ」
「う……」
言葉に詰まったレンヤ。
それを見て再びニヤリと笑ったニコラス。しかしその笑みは先ほどまでの人懐っこいそれではなく、獲物を見つけた肉食獣のような目の輝きを伴った、どこか獰猛な笑い顔である。
「よォっし!! ちっとフケるとすっかぁ!! 付き合えよブラザー!!」
突然ガバッと肩を組んできたニコラスが席からレンヤを立ち上がらせる。
レンヤもまあまあの体型をしているというのに彼はまったく重さなどないかのように軽がるとスッポ抜いた。
「おわッ!!!? ちょいと!!?? 授業が……!!!」
「まーまーカテー事は言いっこナシだぜ!!」
喚いてもがくレンヤをヒョイと軽く肩に担ぎ上げるとニコラスは教室を飛び出していく。
そしてそんな二人を呆気に取られて見送るクラスメイトたちであった。




