口のデカい男、おともだちになる
夕食の時のこと。
ダイニングテーブルを囲んだレンヤたち四人。
本日のメニューは普通に食堂から受け取ってきた寮生共通ものだ。
イグニスは特別な時しか料理はしないし、後の三人は全員料理などできない。
昼間ウィルバーンと出かけて帰ってきてからやや興奮気味のレンヤ。
彼はリアクションを交えて食卓でも大いに饒舌であった。
「いやぁ、ギア様ってのはやっぱ素晴らしいお方だな!! 俺は前からそう思ってたけどな!!」
「そうなの。よかったじゃない」
熱く語っているレンヤに対してややそっけないイグニス。
とはいえこれは毎度のことだ。
盛り上がっているときのレンヤはまともに付き合うと疲れるので……。
「召神が帝国民にね……。そういう法がある事は知っていたけど、作ったのがギア将軍だったとはね」
ユーリが上品な所作で食事を取りながらそう言うと隣に座っているゼクロアが「えっ!?」という顔で彼女を見る。
どうやら金色の女神はその法に付いては知らなかったらしい。
「……………」
上機嫌なレンヤにチラリと視線を送ってイグニスは思案する。
恐らく……というか確実にギアは善意ばかりで動いたわけではないだろう。
色々と計算した上で最終的に払うコストに対して自分にとってのメリットが勝つと思ったので彼女はそうしたのだ。
そこで善意や情だけで動くような者があそこまで上り詰める事はできまい。
……それはそれとして。
そんな事をわざわざ喜んでいるレンヤに告げる程自分は意地悪でもない。
だがしかし、言っておかなければならない事はある。
「それはいいけど……」
イグニスのやや低い声にレンヤがハッとなって動きを止めた。
長年の付き合いで彼にはイグニスが「釘刺しモード」に入ったことを察したのだ。
「ギア将軍が素晴らしい人で、あんたに何かと目をかけてくれてるからってヘンな勘違いするんじゃないわよ。あの人はこの国の一番高い所にいる人なんだからね」
「……そ、そうね。ちゃんと弁えないとね」
妙に冷や汗をかきながらカクカク肯いているレンヤに一瞬イグニスが「ん?」というような表情になった。
しかし幸いにもそこから追及が飛んでくることはなかった。
(ふぃ~っ、危ねえぜ!! 告られたとか言ったらどんなんなっちまう事やら。色々想像できるがどれも俺がロクな目に遭わねえ事だけは固定されとる!!)
内心胸を撫でおろしながらレンヤは以前ギアの研究室を訪れた時のことを思い出している。
……………。
「……ダーリン、忘れないで欲しい。私はキミの事を愛している。どのような要求にも応えよう。今すぐキャラメル買ってこいというのなら私は駄菓子屋へと走ることだろう」
「いや走らせねえけど……」
街の中この人が走ってたら皆ビックリするだろうなと思うレンヤである。
「私にとってのキミは長いこと観察対象ではあったがありふれたどこにでもいる男の子だったよ。それが今や私の中の雌の部分を満たせるこの世でただ一人の雄になったのだから運命とは面白いものだ」
「メスって……」
年上の美女が言う生々しい台詞にレンヤは気後れするようなゾクゾクするような不思議な気持ちになる。
すると首のあたりにふわりと温かく柔らかい感触がした。
いつの間にか後ろに回り込まれている。背後からギアがレンヤの首に手を回して頭を抱き込んだのだ。
「……キミが自分の中のオスを開放したくなったら」
耳元で囁かれる。
甘い吐息が掛かる。
「いつでも言ってほしい。精一杯のご奉仕をさせてもらうよ」
「にゅおおおおおおァァァ……っっ!!?」
脳髄をとろけさせるかのようなギアの囁きにヘンな声を上げながら痙攣したように身を震わせるレンヤであった。
……………。
(いやぁ、キライじゃねえよ。何度だって言いますけども。そりゃ。キライにはなれねえだろあんな美人に好きだって言われたら……。俺が独りぼっちだったら今頃とっくにあの人に溺れきってたかもしれねえ)
ただ、自分が独りだったら恐らくギアとの接点はなかったわけで……。
上手くいかないものだとレンヤはままならない巡りあわせを笑った。
「……ハハッ」
「何なの、急に。そんなニヒルな感じで……」
急に乾いた感じの笑い声を出したレンヤを半眼で見るイグニスであった。
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学園のお昼休み。
その日の昼食はニックたちと取る事にしたレンヤ。
トレイを受け取って開いている席を探しているときにふと気付く。
(……おっ、この間の娘じゃねえか)
白銀の長い髪に白い肌の人形のような小柄な下級生。カツカレーの娘。
相変わらずの独特な神秘的な空気を纏っている彼女。
その周囲だけが騒がしい昼時の学園から切り離された異空間のようだ。
彼女はトレイを手にまったく迷う様子も無く外へ向かう。
初めから外で食べると決めていたように。
「………………」
あの日は自分がいたので隣で食べていた彼女だが……。
今日も彼女は唐突に誰かの隣に座るのだろうか?
それならいいのだが、レンヤの頭の中に浮かんだ映像は彼女がぽつんとベンチに独りで座って食べている画だ。
(なんだかねぇ。妙に気になるな。好きでそうしてんならまったく問題ねえんだけどな)
こんなにも心のどこかに彼女のことが引っ掛かるのは、きっと一年時や二年になったばかりの頃の自分自身とかぶるからだろう。
独りでいたいわけではないのに独りでいるしかなかったあの頃。
彼女がもしもあの時の自分と同じ気分でいるのだとしたら……。
……………。
そうしてまた、別の日だ。
空は気持ちよく晴れ渡っている。真っ青な空に僅かばかりの白い雲がゆっくりと流れていく。
絶好の屋外ランチ日和の昼休み。
トレイを手に独り中庭に出てきたレンヤ。
持ってきたものはハンバーガーである。
なるべくあの日を再現してみようという意図だ。
(呼び出しの儀式ってワケじゃねえけどよ……いくぜッッ!!)
クワッと目を見開き、口も大開きにしてハンバーガーへいざかぶりつこうとしたその時……。
「こんにちは。……今日も男らしい歯並びですね」
(……来たッッ!!!)
声を掛けられた。聞き覚えのある淡々とした女の子の声。
言われた言葉が「今日も口デケエですね」じゃなくてよかった。
見ればあのカツカレーの子が隣にいて、レンヤの方を見ている。
「……よ、よう」
彼女に再会する為にやった事ではあるが、いざ現実になってみるとちょっと気恥ずかしさを覚えるレンヤ。
口デカい方が声掛けやすいかなと思って必要以上に大口開けていたし……。
「隣、よろしいですか?」
「ああ、遠慮なくドーンといってくれ」
どうも、と軽く頭を下げてから彼女はあの日のようにレンヤの隣に腰を下ろした。
(そして……やはり多い!! だが俺も成長する男だ。今日は安易にビビったりはしねえぜ)
今日の彼女はあの日のようにカツカレーというわけではなかった。
親子丼である。……しかし例によってほぼ二人前のサイズだ。
「育ち盛り……なので」
レンヤが何も言っていないのに彼女は勝手に説明している。いや言い訳か?
「健康な証拠だしな。いいじゃねえか、一杯食べる子は好きだぜ」
「ありがとうございます」
また軽く頭を下げて彼女が食べ始める。
レンヤもハンバーガーを食べ始め……やがて、思い切って気になっていたことを聞いてみることにした。
「なあ、余計なお世話だったらスマンが……一緒に食う友達とかは、いねえのか?」
「お友達は……いませんね。残念ながら」
やはり淡々と少女は答えた。
嗚呼……やはりそうなのか。お前はあの頃の俺なのか。
悪い方の想像が現実になってしまい、レンヤの胃のあたりがいきなりズーンと重くなる。
「父にも相談したのですが、『そういうものだから、諦めなさい』と」
「ぬあッ!!? ちょ、ちょい待ってくれよ。友達がいねえのをそういうもんだって言い方はちょっとアレだ……流石にパパさんでもちょっとアレで……」
言いながら語尾がどんどん尻すぼみになっていくレンヤ。
喋っている内に「いやこれ他所様の家庭の話に俺みたいのが口挟んでいいのか?」とちょっと冷静になってしまったのだった。
「よし、そんなら……俺とおっ、オトモダチになろうじゃねえか。勿論あんたがイヤじゃなければだがな」
家庭の事情に口を突っ込む事はできなくても、そっちならどうにかなる。
自分でそう望んだわけでもなく独りでいる娘を放っておくわけにはいかない。
「よろしいのですか……?」
彼女はほんの僅かに目を見開いたように見えた。
「ああ、でも言っておくが俺は平民の出だし学年じゃちょっと浮いてる変わりモンだ。後になって、なんか思ってたのと違うわってなったら遠慮なく返品してくれて構わねえぜ」
「大丈夫です。私も学年ではかなり浮いていますから」
なんだか哀しい事を告白しあっている二人である。
「よしじゃあ決まりだな! 俺は三年のレンヤ・クサナギだ。ヨロシク頼む。いつもここで食ってるワケじゃねえが、見かけたら黙って近く来ていいぜ。俺が誰かと一緒だったとしても遠慮はいらねえ」
「二年の……リヴェータ・フローライトです。よろしくお願いします……レンヤ先輩」
二年だったのか……と、名乗ったリヴェータに対してちょっと驚くレンヤ。
体格から一年生だと思っていた。
まあしかし、一年生か二年生かで自分の対応が変わったわけでもない。
二人の学年のはみ出し者同士が熱く握手を交わす。
「……ま、それはそれとして食うとするか」
「そうですね。休み時間が終わってしまいます」
相も変わらず淡々と言うリヴェータなのであった。
……………。
そんなレンヤとリヴェータの微笑ましい? 交流のシーンを密かに窺う者が二人いる。
一人は付近の植え込みの向こう側で芝生の上にだらしなく両足を伸ばしてベタッと座っている痩せた長身の男……スレイダー。
(ヒヒッ、いいねェ。流石だよレンヤ……俺が見込んだ男ってだけの事はある。……その娘はちっと難物だが、上手くやれよぉ?)
薄笑いを浮かべながら持ってきていたみたらし団子に齧り付くスレイダー。
流石にこれが昼食というわけではなく食後のデザートだ。
(デカくなってくれよなァ。俺はお前に張ってんだからよお)
ニヤニヤと笑いながら団子を缶の緑茶で流し込むスレイダーであった。
……………。
一方で帝国軍第Ⅵ軍、司令官室。
「むギギギギギギッッッ!!!! ギヒィィィッッッッ!!!!!」
奇声を発して頭を掻きむしり床の上を転がり回っている娘がいる。
……オルトワージュだ。
ごろんごろんと彼女が転げる度に床の上のレンヤをプリントした紙が舞い上がったりくしゃくしゃになったりしている。
「私のッ! 私の……レンヤきゅんにぃぃッッ!!! くそジャリがぁぁぁッッッ!!!!」
血走った目で口の端に泡を浮かべながら七響天が慟哭していた。
……まさに哭天。
積み上がった大量のモニターにはレンヤとリヴェータが握手を交わすシーンが様々な角度から映し出されている。
それを見てオルトワージュは嫉妬で狂っているのだった。
「バラっバラにしてやるぅぅぅッッッッ!!!! 私のデバちゃんで……今すぐ!! 今すぐにあのクソ生意気な小娘をッッッッ!!!!!」
不意に、怨嗟の叫びをブチ上げながら悶えていたオルトワージュの動きが止まった。
すこしの間を空けて彼女は大きくため息をつく。
「ってぇ……言いたい所だけどぉぉ。流石にあの小娘にゃ手が出せないわぁ~。ゴメンねぇ、レンヤきゅん……宮仕えのツライとこだよねぇ。もっと私が自由な身だったらねぇ……あの小娘を肉片に変えてレンヤきゅんとラブラブ逃避行に出るんだけどねぇ」
しょんぼりと肩を落として食事のカロリーブロックを乱暴に口に放り込むオルトワージュであった。
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第二学年女子寮、三階。
とても広い部屋にぽつんと小さな少女が独り。
彼女は机に座ってその上に置かれた何かの機械と向き合っている。
それは非常に精密かつ高額な魔道式の通信機器であり一般家庭は愚か上流の者たちの間にもほとんど普及していないものだ。
「……ごきげんよう。お父様」
通信機に向かって淡々と呼び掛けるリヴェータ。
『変わりはないか、リヴェータ』
通信機のいくつかのランプが瞬き、スピーカーから低い男の声が聞こえた。
彼はこの帝都にはいない。
離れた国へ仕事で赴いている。
帝国民なら知らぬ者はいないと言っていい。
そんな人物を父に持つリヴェータであった。
「変わり……。少しあったかもしれません」
『何があった?』
娘の声も淡々としているのなら父の声もまた淡々としている。
言葉に感情の色がほとんど見られない父娘である。
「お友達ができました」
『なんだと……?』
父の言葉が初めてほんの僅かに揺らいだ。
そして、沈黙。
数十秒間親子の会話が途切れた。
『そうか』
やがて再び聞こえた父の声はもういつもの無感情で硬質な声に戻っている。
『いいか、リヴェータ。お前はこの「極天」レガリアスの娘。そして偉大なる我が父ヴェルガナン皇帝陛下の孫娘なのだ。その事を常に忘れず節度を守って他者に接しなさい』
「わかりました。お父様」
通信機に向かって小さく頭を下げるリヴェータ。
『すまないが父は行かなければならん。また話をするとしよう。次はお前の友人の話を聞かせてくれ』
「はい。お父様……ご武運を」
もう二年ほど父親と顔を合わせていないリヴェータであるが、その間三日と間を空けずにこうして彼とは通信機でやり取りをしている。
元から過保護だった父だが、母を亡くしてからその傾向は一層強まった。
『毎日毎日雪と氷ばかり眺めていて気が滅入る。こういう戦場こそ「氷天」の独壇場だと思うのだが、あれはあれで北へ送り込まれるのは気が乗らぬらしい。ままならんものよ』
彼なりの諧謔のつもりだったのか、最後にははっと短い笑い声を添えて父は通信を終えた。
そうして広い室内には静寂が舞い降りた。
……かと思いきや。
「さて定時連絡も終わったことですし。いっちょ盛り上がっていくとしましょうか」
セリフの割には相変わらずその口調は淡々としているリヴェータ。
「今日は独りタコパの気分です。ソースどばどばかけちゃいましょうかね、いえーい」
全然盛り上がってそうじゃないイエーイを口にしながらリヴェータが卓上タコ焼き機の準備を始める。
「いつか先輩と一緒に食べられる日も来るのでしょうか」
そうして、プレートのスイッチを入れながらポツリとつぶやくリヴェータであった。




