丼の湯気の向こうに英雄王
アルマギアス学園の昼時の学食は結構混雑する。
何だかんだでここで食事をとる学生が一番多い。
「おーし、ここにすっか」
開いている席を見つけて座るレンヤ。
彼が手にしているトレイの上にはカツカレー。
先日の謎のカツカレー少女が食べているのを思い出して自分も食べてみたくなったのだ。
しかし量はあの時の少女ほどの多さではなく、並盛りで。
「あーぁ。ハラが減ったぜ。ようやくメシだ」
「こらこら、乙女がはしたないよ」
正面に座ったゼクロアと隣に座ったユーリ。
昼食時にこの三人が揃う事は非常に稀である。
特にユーリが昼を一緒にする事はほとんどないのだ。
レンヤが校内ではあまり目立ちたくないと思っているし、ユーリとしてもそこは同感なようで日中は行動を共にしようとはしない。
ただ、今は食堂がこれだけ混んでいれば自分たちだけが目立つという事もないだろう。
「……ヘヘッ、ちょいとココ失礼するぜ」
男の声がして……ゼクロアの隣、ユーリの正面の椅子を誰かが引いてそこに座った。
ニックかベルトリュートか? と思ったレンヤが顔を上げると……。
「いやぁ、ウワサの美女召神が二人揃ってると壮観じゃねえのよ」
そこに居たのは二人ではない別の男子生徒だ。
ひょろりと背が高くやや痩せ型で梳っていないやや長めの黒髪を無造作に垂らしている。
顔の前に簾のように垂れた髪の隙間から除いているのはやや垂れ目気味の長い目だ。
ニヤけた感じの二枚目半の男。
「……誰だよ、コイツ」
ゼクロアは本人ではなくレンヤに向かって聞いてきた。
急になんだ、というような不快げな感じを隠そうともしていない。
「いや、知らん奴だ」
「おい知っといてくれよ。クラスメイトだろ~?」
言われて改めて男の顔をまじまじとレンヤが見る。
そういえば……いたかもしれない、が。
特に接点があるわけでもない。名前も覚えていないクラスメイトであった。
大袈裟に傷付いたーというような仕草をしている黒髪の生徒であるが実際にはそのようなことはあるまい。顔はニヤついている。
「まあいいさ。丁度いい機会だ。アンタらが揃ってんの見かけて声掛けさせてもらったぜ。俺はスレイダー……スレイダー・マクシミリアンだ。よろしくな」
「ああ、よろしくな」
ヘラヘラと笑って自己紹介してきたスレイダーに無表情で軽く会釈をしたレンヤ。
どことなく胡散臭い男で大喜びで仲良くしたいとは思わないが、クラスメイトだし邪険にしたいとも思わない。
「急に声掛けてきやがって何コイツみてーに思ってるだろうがな。そこはまあ大目に見てくれよ。こっちはもうずっとお前さん方と仲良くしたくってよぉ。機会を窺ってたんだぜぇ?」
「気色悪い奴だな」
相も変わらずスレイダーに冷たい視線を向けるゼクロアだ。
しかし彼はその対応にむしろ愉快そうにヘラヘラ笑っている。
「いいねェ、ゼクロアさん。そういう反応はスゲーいいぜ。愛想笑いされるよかずっとな。俺ももうちょい誠実そうで信頼されそうなキャラでいきてえんだがよぉ。生まれ付いたもんでどうしようもねーのよ。いひひひ」
胡散臭いのが素なんです、と男はニヤニヤ笑っている。
「俺ぁもう去年からお前には目ぇ付けてたんだ。俺はデカい奴とデカくなりそうな奴が大好きでよ。そういう奴にくっ付いておこぼれに預かろうってのが俺の生き方よ」
「しょうもない奴だな。自分が上に行けよ」
相変わらず当たりが強いゼクロアとそれを意に介する風もなく楽し気なスレイダー。
「俺は自分の器ってモンがよーぉっくわかってるからなぁ。できねえ高望みはしねえのさ」
器か、そういえばつい最近器が大きいと言われたっけかと思い出しているレンヤ。
例のカツカレーの少女だ。
「それで……」
それまで黙って食べていて会話には加わっていなかったユーリがフォークを止める。
「そのおこぼれに預かりたいスレイダーは、どう我々の役に立ってくれるというのかな?」
口元だけで微笑んでいるユーリを見てスレイダーがニヤリと笑った。
「図書室のユーリ様は話が早くっていいねぇ。何ができんのかって言われりゃあ何でもよ」
「大きく出たね」
自分は何でもできると豪語するスレイダー。
ユーリはそんな彼に向かって口元の笑みを……作り笑いを消した。
「そういう看板でやってるもんでね。……てワケで、改めてヨロシクなレンヤ。俺は役に立つ男だぜぇ~? 仲良くしてくれるんならソンはさせねぇよ」
言いながらスレイダーが立ち上がった。
ずっと喋っていたように見えたがトレイの上の食器は綺麗に空だ。
そういえばお茶漬けと簡素なおかずのみ昼食だった。
「お近付きのシルシによ、ここの払いは俺に任せてくれ」
「いや引き落とされてんだしムリだろ」
学食の利用料は学費と合わせて一括で振り込まれているものだ。
一食だけ奢るとかはできない。
半眼で指摘するレンヤにスレイダーは、うひゃひゃひゃと酔っ払っているかのような笑い声を上げながら去っていってしまう。
「何なんだアイツは……薄気味悪い」
去っていく後姿をチラリと一瞥してゼクロアは渋い顔だ。
「ただ、口にした事全てが出任せという感じではなさそうだよ。少なくとも何でもできると言った時の彼の眼の奥には確たるものがあるように見えたね」
「ああ、それにアイツ……召神を出してたな。あたしたちのすぐ近くにいた」
ゼクロアの言葉にユーリが少し驚く。
「本当かい? 凄いね、私は全然気がつかなかった」
「なんとなくこっちを窺ってるような気配があった。その事自体は校舎内じゃ別に珍しくはないんだが、それにしてもこっちに集中してたみたいだしあいつの挙動と連動してたような部分があったからな。多分あいつの召神だ」
ゼクロアの言葉にはレンヤも驚いていた。
勿論自分もそんな気配は欠片も感じていない。
ゼクロアの感覚があまりにも鋭敏なのでようやく捉えられた微かな気配なのだろう。
すぐ側にいたというのに……姿が見えず気配も感じさせない召神か。
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週末、今日は学園は休みの日。
……レンヤの部屋に意外な人物が訪ねてきた。
いや、人物と言うのだろうか?
「……やあ、レンヤ。今日は少し外へ出てみないかね?」
「いや、あの……えっと」
突然、寮の自分の部屋にやってきたその男にレンヤは思わず言葉に詰まってしまう。
部屋にいたイグニスがユーリに小声で尋ねる。
「……どちら様?」
「ギア将軍の召神だよ。ウィルバーン……異界の英雄王だ」
かの英雄王は今日は随分とラフな格好である。
いつぞやの戦いの時のような鎧マントに宝冠の類は一切身に着けてはおらず、今日はネクタイを締めてチョッキにスラックス……そしてベレー帽を被って眼鏡を掛けている。
そうしていればとても召神には見えない。
二枚目老舞台俳優のオフといった様相だ。
「何かギア様の用事なんスかね?」
「いや、そうではない。今日は私の意志でここへ来ている。たまには食事を一緒にどうかね。よければゼクロアたちも」
ダンディに笑って皆も誘うイケ爺であったが……。
「行くかバカ! 年寄りの湿った昔話なんか聞かされる身になってみろ!!」
と、凄い剣幕でゼクロアは断るのだった。
まあかつて殺し合った宿敵同士なのだししょうがない、と思うレンヤである。
ウィルバーンは笑って気にしている様子も無かったが。
……………。
結局、ゼクロアたちは皆辞退したのでレンヤだけがウィルバーンに同行する事になった。
彼にしても何でだ? という戸惑いはあるもののウィルバーンはレンヤにとっての大恩人であるギアの召神である。その誘いを無下にする事はできない。
例によって外出許可は既に下りており、レンヤはウィルバーンの運転する車の助手席に納まって今は市街を走っている。
慣れた様子でハンドルを握るウィルバーン。
帝都ではまだ自動車は一般家庭にまで普及していない。
利用しているのは軍とごく一部の有力者たちだけで個人的な移動手段の主流はまだまだ馬車だ。
なのでとても裕福な家庭の子女ばかりが集まっているアルマギアスの生徒たちですら自動車には乗ったことが無いという者が多い中で……。
召神が運転する自動車に乗った者など学園でも自分くらいなものなのではないかとレンヤは思う。
なんだか丸っこい小さな可愛らしいデザインの車だ。
以前の重厚な軍用特別仕様車とは真逆の方向性の車体というか。
「これはギア様の車なんスかね」
「いや、私の車さ。どうだい……可愛いだろう?」
フフ、と自慢げに渋く笑っているウィルバーンにレンヤはえらい驚く。
彼の車? 召神が車持ってんの? と……。
てっきり将軍のプライベート車だと思っていたのに。
「驚いたかね。私は帝国の運転免許証もちゃんと持っているよ。それだけではない。ちゃんと帝国民として登録もされていて帝都には私の家もある」
「召神なのに……?」
あまりにも荒唐無稽な話でどう受け取っていいのかよくわからない。
更に聞けばウィルバーンはちゃんと帝国軍人としての身分も地位もあり、帝国から給金も受け取っているのだそうだ。
「召神なのに、だ。今日は食べながらそこの所を話そうか。私とギアの話をね」
そう言って少し遠い目をする運転席のウィルバーンであった。
……………。
ギア・メルフィナが召神ウィルバーンを召喚し契約したのは大森林にあるエルフたちの国で暮らしている頃であった。
彼女はエルフ族でも飛び切りの変わり者であり、この頃から既にエルフたちの国を出て人間社会で生活する事を望んでその為に着々と準備を進めていた。
当時のギアとウィルバーンの関係は一般的な召喚主と召神の関係とまったく同じもの。
ウィルバーンは彼女にとっては戦闘時のみ呼び出す武器か兵器であった。
だが、この頃から既にウィルバーンには他の召神たちにはない彼独自の目的があった。
ゼクロアを探したいという目的が。
普通に考えるのなら、この世界にゼクロアが流れ着いているはずがない。
どこともわからない異界に呼ばれて、その世界が封印された自分の宿敵が流れ着いていた先とたまたま一緒でした……等と、そんな事がありえるはずがないのである。
にもかかわらず、ウィルバーンには奇妙な確信があった。
この世界に……ゼクロアがいる。彼女を封じたあの石像はここに流れ着いている。
理屈ではない。だがどういうわけか強くそう思った。
彼女の行方を知ることをあれほど強く望んでいた自分が呼ばれて辿り着いた世界だ。
ゼクロアに無関係のはずはない……と。
ある時、彼は意を決してギアに自分の望みと、協力してほしいという旨を打ち明けた。
戦闘時のみ呼ばれて現界する自分では彼女を探すのは不可能だからだ。
「そう言われてもねぇ。私にも色々としなくてはならない事があってね」
それに対する彼女の返答は冷たいものだったが、それに対する失望のようなものはとくに感じなかったと記憶している。
普通に考えるのなら当然の反応だったからだ。
途方もない時間と金が掛かるであろうことはウィルバーンもよくわかっている。
よく切れるからと言って名剣を手に入れてみたら、ある日急にその剣がとても金と手間のかかる頼み事してきた……これでその頼みを聞いてくれる所有者はいないだろう。
そういう話だ。
……そうして、時は流れた。
ある時、呼び出されて現界したウィルバーンはギアから書類の束を渡される。
「やあ、随分と待たせてしまったね。それに署名してくれたまえ」
「……? これは?」
怪訝そうに書類を見るウィルバーン。
それは召神を帝国民として登録するための書類であった。
「帝国法を変えさせるには相応の地位まで出世しなくてはならないのでね……。随分と時間は掛かってしまったが、そういう事だよ」
「私を帝国民の身分にして、何がしたいというのだ?」
ウィルバーンが問うとギアは何を言っているんだというかのように露骨に顔をしかめる。
「はぁ~? やりたい事があるのだろう? 地位と金と時間が手に入るのだから自分でやりたまえという事だよお爺ちゃん。私の副官待遇なのだからお給料はちょっとしたものだぞ。人を使って君の望みを叶えるだけの分は十分に賄えるさ。今日からは何事も無ければキミを現界しっぱなしにしてあげるからやってみたまえ。どうしても行き詰ったら私が手を貸そうじゃないか」
ギアは……自分の頼みを断ったのではなかった。
今はまだその時ではないと水面下で動いてくれていたのだ。
巷では彼女はペットに市民権を与えたがるような変人として見られていたがそんな事は気にした様子も無い。
……………。
そこかしこに湯気が漂っている店内のテーブル席でレンヤはウィルバーンと向かい合って座りラーメンを啜っている。
格式ばった店に連れて行かれるものと身構えていたレンヤは意外に思ったがラーメンは好物なのでありがたい。
「そういう理由で彼女は私にとっては召喚主であると同時に友人なのだ」
「いい話っすね」
長年の調査の結果、ウィルバーンは遂にゼクロアが封印された石像を見つけ出した。
例のレンヤたちの近所であった成金貴族の屋敷に保管されていると。
さらにそれが破壊された経緯からレンヤへと辿り着いた。
そうして……現在に繋がっているわけだ。
つまり、今のレンヤとゼクロアたちの生活は諦めずにゼクロアを探し続けた老英雄王と彼の望みに力を貸した七響天がいてくれたからこそのものだと言えるだろう。
……………。
同時刻、第Ⅴ軍のギアの研究所。
なんだか騒がしい室内。
喧騒から逃れるようにマックスウェルが定位置の止まり木から部屋の端っこの方へ避難している。
「よーっしでかしたぞお爺ちゃん!! その調子で私のイイ話をダーリンにガンガン注ぎ込むんだッッ!!! ひゃっほぅ!!」
酒瓶を振り回しているギア。
既にかなり出来上がっている。
まあまあ酒豪の彼女がここまでベロンベロンになるほどの酒量……周囲には空瓶が無数に転がっている。
「いいなぁ~……私の召神はそういう事はしてもらえないからなぁ~。いい子なんだけどぉ」
隣ではやはりグラスを手にしたエルザがポロポロ涙を零している。
酔うと感情が増幅される系のエルザはその時々で大喜びしていたり泣いていたりとリアクションが一定ではないのだった。
「ぬははは、大丈夫だ友よ! 今の話聞いててわかっただろう! 私は友人は絶対に裏切らないッ!!」
「こっちには聞こえてないってぇ……。雰囲気から何となくギアの良さ気なエピ語ってもらってるんだろうなっていうのはわかるけどさぁ~」
両手で持ったグラスをグイッと呷ってまたもさめざめと泣くエルザであった。




