青空にカツカレー
今日も気持ちよく空は晴れ渡っている。
昼休みになり、レンヤはトレイを手に中庭に出てきた。
一人だ。昼はよくニックやベルトリュートと一緒になるレンヤであるが、別段そういう約束があるわけではないのだ。いれば一緒に食べるというような気楽な感じで。
(お~っ、空が綺麗だぜ。絶好の外メシ日和ってヤツだな!)
この前連れ出されてから外での昼食にちょっとハマってしまっているレンヤである。
今日は外でも食べやすいようにハンバーガーを持って来た。
白いベンチに腰を下ろし手を合わせてから大口を開けてハンバーガーに齧り付こうとして……。
(……んがッッッ!!!??)
そこではたと気が付いた。
……なんといつの間にやら自分の隣に女の子が座っているではないか。
(いるのに気付かねえで隣に座っちまったか? いやいやあり得ねえ! そこまで注意力散漫じゃねえよ俺は!!)
つまり彼女は自分が座ってから隣に来たという事だが……。
(イヤなんで!? 他いくらでも空いてるだろ……!? っていうかむしろここ以外のベンチ全部無人だぞ!!)
見渡せば周囲のベンチはどこも誰も座っていないのだ。
もう少し経てばぱらぱら埋まってくるだろうが、レンヤは真っ先にやってきたので。
だというのに……この少女はわざわざレンヤの座っている隣に座ったらしい。
「…………………」
大口を開けたまま固まってしまっているレンヤ。
すると隣の少女が視線に気が付いたのかレンヤの方を向いてきた。
彼女の大きな瞳にアホ面で大口を開けている自分の顔が映る。
「……こんにちは」
「あ、あぁ……どうもな……」
にこりともせず無表情で淡々と挨拶をしてきた彼女に何とか反応する。
見れば……随分と美少女だ。小さくて細くて色白で、まるで人形か妖精のようである。
銀色の長い髪はボリュームがあり所々でカールした房がある。
瞳が大きく鼻と口は小さい。
総じて、神秘的で儚げでありどこか現実感のない、そんな不思議な少女であった。
(ちっせえなぁ、一年生か? こんな細っこい身体で学園の授業に付いていけてんのかね? 余計なお世話だろうけどよ……)
アルマギアス学園とは召喚士の為の士官学校だ。軍人を養成するための学園なのである。
その為日々の授業は鍛錬が中心で体力や身体能力に優れている者でなければ付いてくるのは難しい。
いくら召喚士とはいえ、戦闘とは……軍人とは最後は体力勝負な部分がある。
だから女子生徒でも体格に優れている娘が多いのだが、少なくともこの子は今までレンヤが見てきた中では一番小柄で、そして細い。
身長は150と少々くらいか……。
「……御席、御一緒しても?」
今更ながらに聞かれた。
いいかも悪いかもない、もう彼女は座っちゃっているわけだが。
「あ、あぁ。好きにしてくれ。ここは誰のモンでもねえよ」
レンヤがそう答えると少女はぺこりと会釈をする。
「ありがとうございます。器の大きい人」
「いや、この程度の事で器がデカい判定されると恐縮しちゃうが……」
ともかく、なんとなく変わった子であるという事はわかった。
あまり彼女の言動についてあれこれ深く考えない方がよさそうだ。
そうして改めて食事をするかと思ったレンヤだが、その時ふと少女の膝の上のトレイに目が行く。
「多ッッッ……!!!!」
思わず叫んでしまった。
トレイの上にはカツカレー。
サクサクの衣のトンカツが茶色いカレーの上にドンと乗っていて美味しそうだ。
それはいいんだが……量が多い。
ご飯、カレー、カツが全部二人前くらいある。
割と健啖家であると自認するレンヤでも体調が万全ではない日には勝負をご遠慮させて頂きたい量だ。
少女がゆっくりとレンヤを見て、二人は再び顔を見合わせた。
「……育ち盛りなので、一杯食べます」
そしてやはり彼女は淡々と感情を感じさせない声音でそう語った。
「お……おぅ、いい事だな。一杯食えるっていうのも強さだもんな」
「ありがとうございます」
またも律儀に会釈をしてからスプーンを手にしてカツカレーに挑みかかる謎の少女。
(……遅いッッッ!!)
静かにお上品にカツカレーを食べている少女だが、咀嚼のスピードはともかくとにかく一口が小さいのだ。
昼休みの間に食い切れるのか? とついついレンヤは心配してしまう。
「たまに外で食べるのですが……」
ぽつりと少女がそう口にした。
前方を見て喋っているがレンヤに向けているのだろう。
「今日は、何やらお口の大きい人がいらしたのでお隣で食べさせて頂こうかと」
「……そんなデカかった? 俺の口」
あーコイツ口でけぇな! 隣で食うかあ! ってなるか? とひたすら疑問なレンヤである。
それってハンバーガーに食い付こうとしてたからそう見えたんじゃないの? と言い訳したくなる。
とりあえず人から口がデカいとは初めて言われた。
それきり会話は途切れる。
その分周囲には他の生徒たちが増えてきて昼休みらしい賑やかさになってきた。
わいわいと賑わっている中庭でただ二人は並んで黙って食事を取る。
(なんだかなぁ、よくわからん多分他の学年の娘と急に並んで食う事になったっつーのによ)
不思議と居心地の悪さは感じないレンヤであった。
早々に食べ終わり何をするでもなく物思いに耽っている内に眠気が襲ってくる。
うつらうつらしていると隣で立ち上がる気配がした。
「……では、失礼します」
謎の少女が立ち上がっておりレンヤに向けてぺこりと頭を下げて去っていく。
トレイの上の皿は綺麗に食べ終えてあった。
(ちゃんと全部食ったんか。スゲエなぁ。あの細い身体のどこにあんな入ったんだ)
気が付けば昼休みも終わりかけている時間だ。
自分もトレイを戻しに行かなければ。
よっこらせ、と立ち上がって校舎に向かって歩き出すレンヤであった。
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帝城ヴァルケンシオンス大廊下。
鮮やかな赤い絨毯の敷かれた幅7,5mものこの広い直線の廊下で『帝国最強』の肩書を持つ将軍同士が行き会った。
七響天『識天』ギア……ギア・メルフィナ。
黒に近い緑色のストレートの長髪で眼鏡を掛けたスタイルの良い長身の美女。
七響天『轟天』ミラ・メティス・グリモワール。
ボリュームのあるピンクのツインテール頭にややツリ目の勝ち気そうな美少女である。身長は140少々しかない。
共に複数の従者を引き連れた七響天同士の邂逅に周囲の者たちは背筋を震え上がらせた。
大廊下の空気がまるで戦時中のそれになる。
互いに……廊下の中央を進む二人の将軍。
どちらも脇へ避ける気配はまったくない。
周囲が固唾を飲んで状況を見守っている中……両者の距離は1秒ごとにどんどん接近していって……。
そして、ゼロになる。
「……ぐッッ!!!」
「ふんがッッ!!!」
譲らず、速度を緩める事も無く両者は早足のまま正面衝突した。
腹部に頭突きを食らったような体勢になり呻くギアと跳ね返ってきた反動で後ろに倒れたミラ。
「痛ってえのだ!!! このデカ女ッッ!!!」
バネ仕掛けのように跳ね起きてきたミラがグワッと牙を剥いてギアに食ってかかる。
「おやおや、これは失礼したねちんちくりん。小さすぎて視界に入っていなかったよ」
それを眼鏡の位置を直しながら余裕の笑みで受けるギアであったが、その口元は頭突きの痛みでやや引き攣っていた。
そしてそのまま両将軍は険しい視線をぶつけ合わせて動かなくなる。
このようにこの二人は酷く仲が悪いのであった。
それは互いの種族に由来する感情である。
ギアはエルフ族。ミラはドワーフ族なのだ。
お互いの種族は犬猿の仲と言われており相容れない部分が多い。
結局どちらも道を譲らないので双方の従者がどうにか二人をやや横にずらして……。
それでできた空間で辛うじてすれ違っていく二人である。
「あーハラ立つのだ!! エルザ、今すぐあいつの車のボンネットの上でうんこしてくるのだ!!」
「嫌ですよ。あちら以上に私が終わるんですけど……」
本気で嫌そうな顔をしているのはミラの斜め後ろを追従していた側近エルゼリエル・シュラインゼック少将である。
(まったくもう……片や魔術や召喚学を一気に数世紀分進歩させたっていう天才、そしてこっちも蒸気機関の開発で帝国の文明レベルを爆発的に上げた天才だっていうのに……)
はぁ、と憂鬱そうに嘆息するエルザは数日前の事を思い出す。
………………。
帝国軍第Ⅴ軍研究所……所長室。いわゆるギアのプライベートな空間にエルザは来ていた。
書類やら書物やらが雑多に散らかっている部屋の中で彼女は落ち着かなそうである。
「……あの、ギア様。正直呼び出しはご容赦頂きたいのですが」
来いと言われたので来てはいるものの、自分の直属の上司の宿敵である彼女の本拠地をこっそりと訪問していたなどとバレたらどんな事になるのやら。
それを想像しただけでエルザは眩暈がしそうな心地だ。
「気にする事はないよ。何か言われたら公人としてではなく私人として友人を訪ねただけだと言えばいいさ」
(猶更悪いっちゅーの……)
わかっているのかいないのか。
手ずからコーヒーを淹れて出してくれるギアはいつもの悠然とした笑みを浮かべていてその真意を探る事は難しい。
「折角仲良くなれたんだ。この機会に親睦を深めておこうじゃないか……エルゼリエル」
「いえ! この前の事はあくまでも緊急時であったからで……」
危ない、とエルザは気持ちを引き締めて背筋を伸ばす。
ギアは自分を取り込むつもりだ。断固として一線は引いておかなければ……。
色々と問題もある上司ではあるが、エルザはミラの事は敬愛して忠誠を誓っている。
識天にここで絡め捕られるわけにはいかない。
「……ダーリンの事、好きではないのかな?」
「へあッ!? 何??? ダーリンて……」
意表を突かれて思わず素が出てしまうエルザ。
思い浮かぶ顔など今の自分には一人しかいないが……。
「私たちがダーリンと呼ぶ男なんて一人しかいないだろう」
「……………」
顔色を失うエルザ。
頭の中に思い浮かぶのは見た目はそんなでもない、ありふれた声のデカい少年だ。
(……あいつ、あいつ何よ! 天下の七響天にダーリンとか呼ばしちゃってんの!!?)
混乱し過ぎて目がぐるぐるしてくるエルザだ。
手ごわいライバルが多い事は自覚してはいたが……まさかそこにこの女までが噛んでいるとは。
道理で随分彼の世話を焼くと思った。
「そこを見込んでキミに助けを求めたのだがね。お陰様で一時危ない事になりかけていたダーリンの立場も問題なく学園で日常生活を送ってもらえる程度に回復する事ができたよ」
「そ、それは、よかったです、けど……」
何を言いたいのだろうか、彼女は……と怪訝そうなエルザ。
というわけであいつは自分の男なのだからこれ以上余計な手出しはするなと釘を刺すつもりか?
「勿論私とダーリンは愛し合っているのだが、私としては彼を縛り付けておきたいとは思わないんだ。キミのことだって例外ではないよ、少将。彼がキミの事を選ぶのなら私はそれを祝福したいし、恋人としての地位でキミが私の上位に立つというのならそれも受け入れる。……私は彼に捨てられさえしなければ、それでいいのだから」
(こ、この人……)
ようやく話の輪郭が見えてきたような気がするエルザ。
それと同時に彼女は先ほどにも増して今、戦慄している。
(……卑屈!!! 卑屈すぎるわどうしてこんなんなっちゃってるの!!! この方のキャラってむしろ傲岸不遜でしょ!!? 普段は『私よりエライ人? うーん、辛うじて陛下かねぇ』くらいの感じで生きてるのに!!!)
それは多分にエルザの先入観も混じったイメージではあるが、現実のギアとそこまでズレているというわけでもない。
何故だか恋愛方面に関してだけは奥手を通り越して小動物並みの臆病さになってしまっているギアである。
「私は今ダーリンに捨てられることを何よりも恐れている。彼が私に興味を失って、私の下を去っていってしまう日の事を想像しただけで泡を吹いて失禁して意識を失うくらいにね」
「弱ッ……!!」
思わず声に出して言ってしまったエルザに対してギアが「うむ」と重々しく肯いた。
「愛とは……恋とはこんなにも人を脆くしてしまうのだね。この恐ろしさも知らずに天才を自称していただなんて汗顔の至りといったところだ」
ふーっと辛そうに息を吐き出しながらギアは首を横に振る。
「そこで私は考えたんだよ。そうだ、彼の他のカノジョたちに口を利いてもらえばいいのだ、とね。皆と予め良好な関係を築いておけば、いざ私が捨てられそうになった時に彼女たちに『そこまでしなくてもいいんじゃない?』と取り成してもらえるかもしれない……」
「卑屈ゥーッッッッ!!!!!????」
エルザの声はもうほとんど悲鳴であった。
「大体がそもそも、私自体がまだ彼に受け入れてもらえたわけではなくてですね……」
段々と語尾が小さくなっていくエルザの声。
何だか気付かないうちに随分レンヤに深入りしてしまって惹かれているのは事実だが、向こうが自分をどう思ってくれているのかはまだ全然わからない。
「なるほど、そうか! では乙女協定を結ぼうじゃないか、エルゼリエル少将。私たちはお互い自分と相手の恋の成就を願って共闘して、またお互いのピンチにはこれを助け合うのだ」
「………………」
この時、エルザの脳はかつて無い高速で回転していた。
正直、日常やや離れた場所にいる自分がイグニスやゼクロアに割って入ってレンヤを我が物にするにはちょっと厳しくないか? と思い始めていたところだった。
オマケにこのギア……随分恋愛面で自分を低く見積もっているようだが、同性から見ても問答無用の超美人であり天才で軍人としての最高位まで上り詰めている成功者でもある。
彼女が自分の魅力を正しく自覚して攻めに転じたら強敵なんてものじゃない。
ワンサイドに持ち込めるだけのポテンシャルがある。
そしてギアは昔からのレンヤの後援者でもあるのだ。
そちらの立場も強い。
……だとするのなら。
「わかりました。手を組みましょう、ギア様」
自分は『大人のオンナ』だ。子供のように単純に好きだ嫌いだという感情だけで動くわけにはいかない。
クレバーに計算して立ち回らなければ……。
唯一の女になれそうもないのなら、複数の内の一人になる!
彼は稀有なる複数の召神を使いこなす召喚士だし、その召神もどちらもド級の強さを誇っている。将来性は十分! 後は地位に見合った甲斐性を身に付けてもらえばよし!!
「わかってくれると信じていたよ、少将。私の事はプライベートな場では呼び捨てで構わない。こちらもエルザと呼ばせてもらうよ」
フッフッフ、とお互い低い笑い声を出しながら固く握手を交わす二人であった。




