三年生ですよ、レンヤくん
広大な敷地に聳え立つ無数の白い校舎。
その壮麗さは大国の宮殿もかくやという光景である。
ここはアルマギアス学園。
異界より呼び寄せた従神を使役する召喚士の為の士官学校。
大陸……いや、世界最大と言って良いこの育成機関には世界中から素質のある者たちが集い、今日も研鑽を積んでいる。
そして現在……。
学園敷地内の舗装されている道を靴音を鳴らして進む長身の男。
学園の制服である白いブレザーに身を包んだ美丈夫だ。
怜悧な右の眼と黒い眼帯で覆った左の眼。
ブロンドを風に揺らして歩む彼の名はベルトリュート・シュラインゼック。
「あいつか、去年の二年の代表生徒ってのは」
「事故で片目なくしたのに首席取るとはなあ。大したもんだよな」
そんな彼の姿を見て他学年の生徒たちが囁きあっている。
そう、ベルトリュートは第一学年に続いて第二学年でも代表生徒選抜戦を勝ち抜き首席の座を射止めていた。
「……けどよ。あいつより強いのがいたんだろ?」
「ああ。なんか負けたことがあるって話だよな。そいつは代表戦には出てこなかったって話だが……」
耳に届いたその言葉に一瞬ベルトリュートの意識が持っていかれる。
しかし、彼は歩みを緩めることも止めることもないのであった。
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昼休みになった。
今日は快晴だ。
青空の下、中庭で三人の男子生徒たちが集って食事を取っている。
「気に食わん」
今朝の風聞にベルトリュートは腹を立てている様子だ。
ベンチに座った彼は不機嫌にサンドイッチを齧っている。
「別に言わせときゃいいじゃねえのよ。外野なんて好き放題言うもんだろ」
芝生に直に腰を下ろしてホットドッグを食べつつ言うニック。
そして……もう一人。
「そういうこった。お前が実力で取った代表生徒だろ。堂々としてりゃいいんだよ」
丼を手にソバを食べているレンヤである。
二年時とあまり変わっていない三人。彼らは今は第三学年へと進級していた。
「つか、なんでブラザーは屋外でソバ食ってんだよ」
「お前らが急に外で食うとか言い出したからだろうが!!」
元々は校舎内の食堂で食べるはずだった三人。
第三学年に上がってクラスがバラバラになってしまった彼らはよく昼食を一緒にしているのだ。
ところが今日はレンヤがソバを席まで持ってきた所で急にベルトリュートが外へ出ると言い出した。
「ここまでこぼさんように持ってくんの結構大変だったんだぞ……ったく」
「すまんな。少々毒を吐きたかったんでな」
素直に謝罪するベルトリュート。
そこで先ほどの「気に食わん」に続くわけだ。
「お前が出てきていないのに首席だ代表だと言われてもな……」
「そんなもん俺の都合で勝手に降りてんだからお前が気にするこっちゃねえ。こっちの不戦敗だよ」
レンヤは結局三学期の代表戦にも出場しなかったのだ。
これによりレンヤはどの学期も代表になっていないので年度末の代表生徒選抜戦への出場資格を得ることはできなかった。
ベルトリュートとニックは出場し、見事にベルトリュートが勝ち上がって第二学年の代表生徒になったというわけだ。
「遠慮があるのか?」
「遠慮ってか……う~む」
ベルトリュートに問われたレンヤが箸を止めて唸る。
「なんつーのかね、やっぱ俺は普通の召喚士とは違うトコがあるからなぁ。ゼクさんらの事で特別扱いもして貰ってるしよ。別にそれが悪いことだとは思っちゃいねえが、それでもそういう召喚士としての強さを比べ合う場所にノコノコ出てっていいもんかってのは自分でもちっと……疑問がある」
複数の召神。そして、異界へ戻すことのできない特異性など。
あまりにも自分は世の一般の召喚士と比べて異質な存在なのだ。
同じ条件の者たちが集っているというのならいいが、そうでない場所に自分が出ていくのは……。
そもそもがレンヤにしてはゼクロアかユーリのどちらかだけを出す、となった時点でそれは「舐めプ」に相当するのである。自分は一度に二体を使役して戦わせることができるのだから。
片方を出しただけでも学年内なら無双できるのに、同時に出せばそれはもう蹂躙だ。
既に同学年はレンヤにとって腕試しができるような場ではないのだ。
「……まあ、そもそもがよ。首席とったベルトの前で言うのもアレだが、あんなもん小さな世界の勝敗の話だからなぁ。何しろ学年の30%くらいは召神見せないで卒業してくもんだしよ」
「そうだな」
ニックの言葉に素直に肯くベルトリュート。
そう、学年代表とは「他者に召神の姿を晒している者たちの中での最強」なのだ。
彼の言うように三割程度の学生は一度も他人に召神を見せることなく卒業していく。
完全非公開というわけにはいかないので、ごく一部の教師たちには見せているはずだが情報は厳重に管理されていて外部に漏れることはない。
「初見殺しに特化してるヤツとかもいるからな。そういうのは一度攻撃方法がバレちまえば死活問題だ。相性の問題だってあるし……。だから結局んとこ代表が学年最強かどうかなんてわかったもんじゃない」
ホットドッグの最後の一口を飲み下し、それを炭酸飲料で流し込むニック。
「だからデケー面すんじゃねえって言ってるんじゃねえぜ。俺の持論だが、召神と堂々と他者に晒せるってのも強さの内だしエライと思ってっからよ」
ニックの言葉に二人が肯いた。
そんな男連中に向かって何かが飛んできている。
「おーいレンヤ。なんだよこんな所にいたのかよ。……おっと危ね」
やってきたのは学園の制服姿のゼクロアだ。
トレイの上に丼を乗っけてそれを持ったまま飛んできた彼女。
レンヤたちの近くまで飛んできて停止した彼女は丼の中身をこぼさないように慎重に角度を維持している。
「今日はお前はソバの気分だったから食堂だと思ってたのにさ」
そう言う彼女のトレイに乗っているのもソバだ。
「悪ぃなゼクさん。急に青空ソバしたくなっちまってよ。『繋がり』で探してくれりゃよかったのに」
『繋がり』とは召喚主と召神の精神的、魔力的な接続のことである。
契約を結んでいる双方は互いの現在位置をそれで知ることできるし、簡単な呼び掛けや言葉のやり取り無しにある程度の意思疎通ができる。
「緊急事態でもないのに一々そんなもので居場所を探られたんじゃお前も落ち着かないだろ。誰にだって独りになりたい時はあるだろうしな。あたしが探して見つかる程度なら別にそういう時じゃなかったってことだ」
「姐さんはいい女だなぁ」
契約者のプライベートも尊重している様子のゼクロアに感心しているニックである。
褒められてゼクロアはちょっと得意げだ。
「そういやユーリさんの方はあんまメシ時には来ないんだな」
「んだな。あんまベタベタすんのは好きじゃねえらしい」
肯きながらも「人前では」と心の中で付け足すレンヤである。
確かに平時はレンヤとある程度距離を置いているというかあまり傍には来ないユーリ。
しかしその分第三者の人目がない場でのスキンシップは一番過激でもある。よくそれでゼクロアがむくれるくらいには。
彼女はパブリックな自分とプライベートの自分を使い分ける主義なのだろう。
ゼクロアがソバを食べている間もレンヤたちは他愛のない雑談に興じていた。
「さぁーってそろそろ戻るとするか。午後も張り切ってオベンキョーだ」
飲み終わった缶をゴミ箱へ投げ入れるとニックが立ち上がる。
「お前ら、クラスでイジめられたら俺にちゃんと相談しろよ。慰めてやるからよ」
サムズアップして白い歯を光らせるニック。
「余計なお世話だ」
「解決してくれるんじゃねえのかよ」
そんなニックに軽口を返しながらレンヤたちも校舎へと引き上げていく。
そうして誰もいなくなった中庭で……。
ベンチの下からスルリと影が滑り出てきた。
その影はむくっと隆起して蛇のように鎌首をもたげ……その先端にパチッと大きな目が開く。
影から伸びた不気味な目……召神だ。
その目はレンヤの去っていった方向を見つめて何度か瞬きをした後再び影に沈んで消えていくのだった。
……………。
帝国軍第Ⅵ軍本部、司令官室。
常に窓が閉め切られてシャッターまで下りているこの部屋。
闇の中で青白い光を放っているのは無数のモニターだ。
大小さまざまなモニターが何かを映し出し、その光で椅子に座っている女性の顔を闇の中に浮かび上がらせている。
「あはっ……あははは……うふふ……」
笑っている。彼女以外は誰もいない部屋に不気味な笑い声が響いている。
見た目は若い。十代後半くらいか……顔立ちは整っている。
しかし大きく眠そうな瞳の下には濃い隈ができており青白い顔色とも相まってなんとも不健康な面相だ。
毛量豊かな赤紫色の髪の毛は二つの編み込みにされて両方の鎖骨の上から前方へ垂れ下がっている。
「カッコいいよぉぉ……レンヤきゅん~。私のレンヤきゅん~……大好きぃ~」
夢見るようにうっとりと言うお下げの女。
半開きの口にだらしのない笑みを浮かべながら。
目の前に映し出されているのは全てがレンヤだ。
様々な角度から彼を映したものが全てのモニターに表示されている。
「あっはぁ~……もう何時間でも見てられるよぉ。今日も新しいショットを沢山入手しちゃったぁ~……幸せぇ……」
ガーガーとプリンターが鳴り始め、レンヤの顔を大写しにした紙を吐き出し始めた。
「……おソバ好きなんだねぇ。ウンウン、わかるよぉ。私も大好きぃ~。アホほど七味ブッかけて食べると美味しいよねぇ~……。後でレンヤきゅんが食べてるトコ見ながら私も食べるからね~」
薄気味悪い猫撫で声で言いながら刷り出された新たなレンヤの画像を壁にピン留めしている。
そこには既に夥しい数のレンヤの画像が貼りだされている。
彼女は七響天……哭天の名で呼ばれる第Ⅵ軍団の指揮官オルトワージュ。
オルトワージュが皇帝ヴェルガナンの命令でレンヤの監視を始めてから数か月。
初め数日はぶつくさと文句を言いながらやっていた彼女であるが三日目くらいからもうずっとこんな感じである。
レンヤについては外見と公的書類に記されているデータ程度しか知らないオルトワージュ。
しかし彼女の妄想世界ではレンヤはステキな恋人であり二人は激しく愛し合っているのだった。
「……式場はどこがいいのかなぁ~。可愛いドレスを仕立てなきゃねぇぇ~。レンヤきゅんだって卒業までなんて絶対待てないよねぇ。私の……私のカワイイお嫁さん姿をねぇ~」
うふふとオルトワージュが一人で不気味に笑っていると部下の来訪を知らせる赤いランプが灯った。
チッと舌打ちした七響天がブーツ鳴らして鉄扉に近付く。
「なんですか? 私は忙しいと言ってあるはずですが」
鋼鉄の扉越しに冷たい声で言うオルトワージュ。
「申し訳ありません閣下。前線の我が軍からどうしても閣下に急ぎでと……」
「………………」
彼女はムッと不快そうな表情になる。
オルトワージュの指揮する帝国軍第Ⅵ軍は現在、大陸南西部の国に侵攻して軍事行動中である。
彼女はこうして帝都にいるが、現地へは彼女の召神を派遣してある。
「問題などあるわけがないでしょう。現地へは私のデバちゃんを送ってあるのに」
召神『むさぼるもの』
影に潜み影と一体化して襲ってくる凶獣。自身を分裂させて個別に活動することが可能であり、ここ数か月レンヤを観察しているのはこのデバウアーの小片とも言える分身体だ。
そして本体とも言える一番メインの部分が戦場へ送り込まれているのだが……。
現地までの距離はここ帝都からおおよそ6,000㎞。
これだけの距離、召喚主から離して召神を使役できる者など彼女の他には誰もいない。
その100分の1の距離であろうと絶無である。
これは特異なデバウアーの性質とオルトワージュの類稀な召喚士としての才能が合わさった結果の神業なのだ。
「……はい、そのデバウアー様が少々……食べ過ぎてしまっておりまして。このままでは我らが勝っても手に入るものが荒れ野のみとなってしまうので、少々控えて頂きますようにと……」
部下の言葉にはぁ、と大きくため息をついたオルトワージュ。
(まさか相手が弱すぎるので配慮しろと言われるとは……)
彼女はそう思っているが実際のところ相手の軍は弱いどころか精兵揃いである。
現時点まで帝国に併合されていないという点がそれを示している。
どのような強国であれ大国であれ力で飲み込んできた帝国がまだ自国の領土とできていないのだから。
「わかりました。全体の半分……いえ60%くらいを戻します」
彼女の言葉に敬礼をした扉の前の側近が去っていく気配がする。
「……まったく、私たちの幸せな時間を邪魔するヤツばかりで嫌になっちゃうよねぇ、レンヤきゅん~」
……そうして、再び彼女は室内を埋め尽くしたレンヤの画像に視線を戻してへにゃっとだらしのない笑みを浮かべるのであった。
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所変わって今度は帝国軍第Ⅴ軍研究室。
「なんだ……これはッ!!」
珍しく苛立たし気に報告書類を乱暴にデスクの上に放ったのはギア・メルフィナ。
いつでも薄く笑って余裕の様子の彼女が今は眉間に皴を刻んでいる。
「何事かね?」
ロッキングチェアにゆったりと座ってパイプを口に新聞を広げているウィルバーン。
召喚主と召神……戦闘の相棒であると同時に友人でもある奇妙な間柄の両者。
ギアはよく平時もこうしてウィルバーンを現界させて好きに過ごさせているのだった。
「……第Ⅵがどうもダーリンに監視を出しているらしい。どういう事だ……? ダーリンやゼクロアを皇帝府はやはり危険だとみなしたのか? それならまず私の所に話が来るはずだ。彼らは私の管轄なのだから」
「ふむ。彼は好青年なのに厄介ごとばかりに巻き込まれて気の毒だな」
憂うように虚空に紫煙を吐いた英雄王。
彼はゼクロアの件からレンヤに対する評価が非常に高いのである。
「日中トイレに行った回数から昼のメニューはおろかどのおかずから箸を付けたのかまで記録されているじゃないか……。腹立たしいな! 誰に断って人のダーリンにこんなにベッタリと!!」
眉を顰めながらデスクの上の書類に手を突いたギア。
その手に力が入って書類にクシャッと皺が寄った。
「しかし……偏執的過ぎる。こんな危ない職員が学園にいるのか? 監視にしても視点が偏り過ぎている気がするんだが……。そして、日中の事はここまで詳細に記録しているのに夜間の記録は一切なしか……ゼクロアとユリアーシアは優秀な召神だからね。夜間の監視は無理だと割り切ったか」
これは皇帝府に届けられた報告書だ。
そこにレンヤの名前があるのでコピーを横流しさせたもの。
経緯はよくわからないものの、皇帝府は第Ⅵ軍によるレンヤの監視を把握はしている。
「……ダーリン、安心してほしい。ダーリンの事は何があっても恋人の私が守るからね……」
呟くギアの後姿見守るウィルバーン。
英雄王はこの時、頭の中で「へえ~この二人ってお付き合いすることになったんだー」と呑気に考えているのだった。




